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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
97項
しおりを挟むバタンと扉が完全に閉まり、ジャスティンの気配が消え去ったのを確認した後、ロゼは改めて口を開いた。
「予測はついているって……本当かしらね」
顔をしかめながら、ジャスティンが去っていった扉を睨むロゼ。
セイランは新聞を畳みつつ、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「少々残念なところもあるけど、彼はなかなかの切れ者だからね。それに、彼にはとある卓抜した才能があるんだよ」
ロゼは腕を組み、視線を扉からセイランへと移す。
「で、その卓抜した才能って、何のこと?」
「そこは彼の個人情報に関わるからね。そう簡単には教えられないよ」
「そういう肝心なところを教えてくれないのは、相変わらずね……」
ロゼはそう言って、わざとらしく深いため息をついた。
だが、セイランは悪びれるどころか、むしろ誇らしげに微笑みを返す。
「光栄だよ」
「本当、変わらないわね……」
頬杖をつきながら、ロゼはもう一度だけ深いため息を漏らした。
「――それで、君のことだけど。もうしばらくは、ここで待機してもらいたいんだ」
「どうして!?」
セイランの言葉に、ロゼは思わず身を乗り出して声を荒らげる。
一方のセイランは、変わらず冷静な表情で彼を見つめたまま続けた。
「さっき話した通りだよ。状況はあまり良くない。余計な行動を取れば、君はすぐにでも丼鼠の刃の残党という烙印を押され、最悪の場合、捕まることになる……」
けん制のつもりの忠告だったが、ロゼは怯むことなく、むしろ挑戦的に笑みを浮かべて返す。
「随分と醜い烙印だけど……そんなもの、私には関係ないわ。何と言われようと、私は目的を果たすまでよ」
「君がよくても、俺はよくない。何度も言っているけど、今は非常に危険な状況なんだ。みすみす命を落とすような無謀な真似は、やめてくれ」
「危険? いいえ、今が好機よ。灰燼の怪物の騒動に乗じて目的を果たす……それに、仮に無謀だとしても、私は一矢報いればそれで十分なのよ」
ロゼの双眸は、怒りに燃える口元とは裏腹に、氷のように感情を閉ざしているように見えた。
それは、約一月半前にセイランが見た、あの時のロゼの表情とまったく同じだった。
セイランは僅かに眉をひそめる。
(――けれど、すべてが水泡に帰したわけじゃない……)
そう思いながら、セイランは小さく息を吐き、一呼吸おいてから言った。
「ところで……俺と君がした賭け、覚えているかい?」
「ええ、しっかり覚えているわ。その賭けが、私の勝ちだったってこともね」
「ああ。だからこそ、約束通り君の目的のために手を尽くすつもりだ。でも、そのためには準備がいるんだ」
ロゼは鋭い眼差しでセイランを睨む。そこに笑みはない。
セイランも穏やかな口調を保ちながら、その表情から笑みを消し、真剣な眼差しを返す。
「……だから、今だけ──一時だけでいい。そのときが来るまで、ここで待っていてくれ。必ず知らせると約束する」
セイランはそう言って、深々と頭を下げた。まるで額がテーブルに触れるかと思うほどの、深い礼。
彼の必死な懇願に、さすがのロゼもわずかに動揺を見せた。
ロゼは視線を逸らし、静かに言う。
「……わかったわ。少しだけ待ってあげる。でも、なるべく早くして。目的を果たせなくなるのはごめんだから」
その言葉に、セイランは顔を上げ、静かに微笑んだ。
「ありがたいお言葉。心より感謝いたします」
「……敬語はやめて」
彼の微笑みから目を逸らすように、ロゼは不機嫌そうな声で言った。
「じゃあ、俺は一旦アマゾナイト本部へ戻る。明日には帰ってくるから、ちゃんと留守番しているんだよ」
「子どもじゃないんだから……わかっているわよ」
セイランはもう一度だけ微笑みを浮かべてから、椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。
が、その前に足を止めた。
「ちなみに……ソラたちに会うつもりはないのかい? 君を追って、わざわざ王都まで来ているみたいだけど」
「断るわ。言ったでしょ。あなたの妹たちと慣れ合うつもりは毛頭ないって」
頑なに突っぱねるロゼに、セイランは小さくため息をつき、静かに部屋を後にした。
扉を閉めた彼は、今度は深く息を吐く。
(酒にも手をつけていない様子を見るに……かなり切羽詰まっているな。念のため引き止めたが、あの調子だと、おそらく今夜にも勝手に動き出すだろう……となると、時間がない。一刻も早く、俺にできることをやらないと……)
セイランはそんな思いを胸に、足早に歩き出した。
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