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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
112項
しおりを挟むカムフが宿へ戻ると、既に皆が部屋で待っていた。
真っ先にカムフへとすっ飛んで来たのは意外にもレイラで。
「皆もう戻ってたんだね」
と、悠長に話すカムフの鼻先に、彼女の食指が押し当たる。
「どう見てもアンタが遅いだけじゃない。もしかして、情報収集に感けてのんびり王都内を楽しんで観光してた、なんてことはないわよね?」
「や、やだなあ……”灰燼の怪物”で持ち切りのこの状況下で、観光を楽しむなんてこと。出来るわけないだろ?」
カムフは咄嗟にそう言い返したものの、実際は偶然出会った女性とウミ=ズオ談義に花を咲かせていた。とは、とても言えず。
カムフは精一杯の笑顔を作りながら、急いで話しをすり替えた。
「そ、そう言えば……皆はロゼについて何か情報はあったのか?」
話題を変えられてしまい、不満げに眉を顰めるレイラ。
だが、まあ良いかとばかりに肩を竦めながら返した。
「あると言えばあるけど、わたしのは大したほどじゃないと思うわ」
「ソラの方は?」
「うん、一応……」
ソラは返答こそしたものの、俯いたまま、何処か上の空と言った様子でいる。
思いつめたような、何か迷っているかのような。真剣な表情でいる彼女に、カムフは頬を掻きながら言った。
「だったら、とりあえず時間も時間だし。まずは夕食を食べながら報告会といこうか」
「あら、じゃあどっかに食べに行くの?」
「いや、実はこの辺に有名なホットサンドの店があるって聞いてさ。並んで買ってきたんだ」
そう言うとカムフは、手にしていた紙袋から紙に包まれたホットサンドを取り出す。
実は彼が部屋に入ったときから既に、室内には芳醇なチーズの良い匂いが漂っていた。
「聞いて、並んだ~? やっぱり観光楽しんできたんじゃないっ!?」
案の定、レイラの鋭い突っ込みが出る。
カムフは慌ててかぶりを振った。
「ち、違うって。せっかくだし、みんなで美味しいもの食べようって思ってさ。ここのハニーチーズサンドが絶品らしいからさ……」
まだまだカムフを責めたいレイラであったが、室内を満たしていくホットサンドの香りは魅惑的で。
思わずレイラの腹の虫がなりそうになってしまい、彼女は腹部を押さえながら咳払いを零した。
「……しょうがないわね。腹が減っては何とやらって言うし。ここはちゃんと味わってあげるわ」
レイラはそう言うとカムフの持っていた包み紙を奪うようにして取った。
そしてそこからホットサンドを一つ、ベッドに座っていたキースへと手渡す。
「はい、キースもちゃんと食べないとね」
キースは差し出されたホットサンドに一瞬驚いて肩を震わせる。
が、直ぐに大きく頷き、それを受け取った。
続けてレイラはソラの分も手渡そうと、彼女の前に立つ。しかし、未だに上の空状態であるソラに、レイラはため息を一つ零した。
「ったく…ソラってばいつまでも沈んでないで、コレでも食べて元気出しなさいよ」
「え? 別にあたし落ち込んでるわけじゃないけど」
「違うの? まるで注射を打たれる前後みたいな……この世が終わる~、みたいな顔してたけど?」
レイラの挑発めいた言葉に、ソラはすぐさま顔を真っ赤にして反論する。
「はあ? あたし、別に注射怖くないし!」
ムキになって怒鳴るいつもの彼女に、レイラはクスっと笑った。
「あ、なーんだ。いつものアンタに戻れるじゃない」
「誰がいつも怒ってるってーの!」
「わたしが言いたいのは…色々気難しく考え込むより、そうやって感情剥き出してわめいてる方が、アンタらしいって言ってんのよ」
そう言いながらレイラはソラへ、持っていたホットサンドを手渡す。
渋々とホットサンドを受け取ったソラは、しかめっ面で言い返した。
「それって結局褒めてないじゃん」
それから、思いっきりホットサンドを頬張った。
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