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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
115項
しおりを挟むセイランはいつも通りの、悠然とした立ち振る舞いと微笑で尋ねる。
「私は今、一般民を安全な場所へ避難誘導している最中なのだが、何か用かい?」
だが、警戒は怠らず。彼の片手は剣の柄に触れていた。
すると、傭兵部隊の男は肩を竦めながら言った。
「そう言われてもなあ、俺らも国王から勅命を受けていてよ、”怪しい人間は老若男女、職業問わずに必ず引き留めろ”って、言われてんだよ」
男の言葉にソラとレイラが早速咬みつく。
「職業まで問わずに?」
「引き留めるってどういうことよ?」
また別の男がしかめっ面で答える。
「さあな。『灰燼の怪物とかいう野郎に触発されて、暴動起こすかもしれないから』とか何とか言ってたがな」
「ま、怪しそうな人間の判断基準については、各々に任せるってわけでな……」
「つまり。俺らが”怪しい”と思った奴は、片っ端からひっ捕らえてるってわけなんだわな」
最後の男がガハガハと笑い、少女二人はこれでもかというほど顔を顰めて返した。
「はあっ!? そんなの横暴だよ!!!」
「そうよ! 冤罪よ! 誤認逮捕よ!!」
声を荒げるソラたちだが、傭兵部隊たちは全く以って聞く耳を持たず。
つまらなそうに耳穴を掻いている男までいた。
「とにかく。騒動が落ち着くまで王城内の牢獄にいてもらおうか」
「怪しい奴を一人捕まえる度に謝礼が出るもんでな」
「……って、それが本音じゃん!!!」
「だけど、灰燼の怪物の仲間じゃねえってんなら、牢獄の中に居た方がむしろ安全だぜ? なんせ難攻不落の王城が襲われる、なんてあり得ねえからな」
そう言葉巧みに言いくるめ、何人もの人間を連行したのだろう。
彼らのニヤニヤとした笑みは『また獲物が掛かる』という、獣のソレに見えた。
当然、大人しく捕まるつもりなどない。抵抗するべく身構えるソラたち。
セイランも、警告の意を込め、剣を抜こうとした。
が、そのとき……。
「あー、けどよお。もしかしたら嬢ちゃんが灰燼の怪物を目撃してて、何かを知ってるんだとしたら……参考人として連れてかないとなあ」
それはただの一般人ならば、困惑したり否定したりするだけの、他愛ない質問だった。
しかし、実際に灰燼の怪物との事情を知るソラには、的確な誘導だった。
「えっ……!?」
案の定、ソラは誰が見ても明らかなほどの動揺を見せてしまった。
「なるほど。その反応は知ってそうじゃねえかよ」
「つーことは、お嬢ちゃんは連行確定ってことだな」
傭兵部隊は次々と、持っていた槍や警棒を構え出す。
「下手な抵抗はするなよ。そうなりゃ力づくで連れてくことになっちまうからな」
セイランは眉を顰め、人知れず息を飲み込む。
(まるで目撃をした少女がいると、前もって知っていたような的確な言い方だったな。だとすると……誰かが国王騎士隊にソラのことを話したということになるが、一体誰が――?)
セイランがそんな思考を巡らせていると、ソラが一歩前へと身を乗り出した。
「ちょっと、ソラ……?」
「グリートについて知ってるのはあたしだよ。だから連れてくなら、あたしだけを連れてって」
「ソラ!!?」
予想外の言葉にカムフたちどころか、セイランまでも目を大きく見開く。
驚く彼らの一方で、ソラは明るい顔をして言った。
「だいじょぶだって! あたしがちょっと捕まえられれば済むだけのことみたいだし。ロゼについては、レイラたちに任せたから」
「そんなのだいじょばないでしょ!? アンタがいなかったらロゼを見つけたって、何て説明したらいいか……」
連行される気満々でいるソラ。
レイラは動揺しながらも彼女の腕を掴んで、引き留めようとする。
が、二人のいつもの押し問答が繰り広げられるより、早く。
傭兵部隊の一人が口を開いた。
「――ロゼ? 今、ロゼって言ったか……?」
「ロゼって、あの男のことか?」
眉を顰める男。しかしそれは彼だけではなかった。
他の傭兵部隊の男たちも似たような反応を見せた。
「おじさんたちロゼを知ってるの?」
「知ってるも何も、奴は俺らと同じ”傭兵部隊”に所属していたからなあ。まあ、仲間みたいなもんだぜ。まさか、お前らも知ってるとはな」
そう言って男は親しげな笑みを浮かべる。
カムフは驚いた顔でセイランを一瞥した。
「ロゼが国王騎士隊の傭兵部隊にいた……?」
セイランは肯定するべく、小さく頷く。
一方でソラは、”ロゼ”という言葉を聞いた途端、目を輝かせて男たちを見た。
「そうなんだ! 実はあたしたち、ロゼの友達なんだ」
ロゼの仲間ならば、それを証明できれば、傭兵部隊もむやみに連行しようとはしないはず。
ソラはそう思い、男たちに歩み寄ろうとする。
レイラもロゼという言葉に聞き入ってしまい、気付けば彼女の腕を解いていた。
「なるほどな。アイツには命を助けて貰った恩もあってだな、頭が上がらねえんだよ」
「え、命を……?」
「だけどなあ――」
直後、男たちは単純な少女へ、不気味に口角を吊り上げた。
「ソラっ!?」
即座にカムフが声を上げ、セイランも動き出す。
が、間に合わず。
次の瞬間には、ソラは羽交い締めにされてしまった。
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