そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

9話

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 アーサガ親子は、ブムカイからの強引な押しによって軍基地内で一夜を明かしていた。
 毎度のように用意された仮眠室で起きた彼は、未だベッドで眠る娘をそのままに、部屋の外へと出て行く。
 その足は食事の調達に向かうわけでもなく、真っ直ぐにとある一室へ向かう。
 ノックもせず、辿り着いた部屋のドアを開ける。

「おいおいノックくらいしろよー、俺一応お偉いさんなんだぞー」

 ドアの向こうでは、落ち着いた造りの装飾に黒塗りの向かい合ったソファ。その奥には机がドカリと置かれており、其処にブムカイは座っていた。

「どうせ運だけでのし上がった地位だろうが」
「運も実力の内ってな。っていうかマジでこれから会議始まるところだから関係者以外は―――」

 相変わらずの悪態をヘラりと笑い返しつつ、手で追い払う仕草をしたブムカイであったが。
 いつもとは違う様子の―――奥に何かを宿しているような双眸に気付き、彼は笑みを解く。

「朝一番にナスカちゃんも連れずに来たってことは…俺に何か聞きたいことでもあるってか?」

 いつもとは違って素直に基地で泊まったのはそのためか、と内心考えるブムカイ。
 しかも娘を連れて来ないときは大抵物騒な―――狩人としての話しなのだ。
 アーサガもまたそんなブムカイの察しの良さを知るからこそ、面倒な説明を省き単刀直入に要件を言う。

「此処へ向かう道中…ある建造物を破壊して回る義賊がいるっていう噂を聞いた」




 その者は旧王国時代―――この辺りがクレストリカ王国と呼ばれていた頃の“負の遺産”と呼ばれている物を破壊して回っているというのだ。
 『漆黒の弾丸』とはまた別の隠れた英雄『義賊』なのだと、噂は語っていた。
 アーサガはそんな噂に反吐が出る程の不快感と違和感を覚え、真意を確かめるべくわざわざこの基地までやって来たと話した。

「そいつがどんなことをしていようと破壊して回ってる賊は賊だ。俺と同等に並べられんのは不愉快だ」

 そう断言するアーサガに「君も最初の頃は似たようなことしてたよ」と内心突っ込まずにはいられないブムカイ。
 しかしそんな言葉を押し込めつつ、彼はアーサガの質問に答える。

「噂は本当さ。当人が名乗ったのか誰かが呼んだかは定かじゃないけど…その義賊はディレイツって呼ばれてる」
「ディレイツ?」

 その名を聞いてもピンとくることはなく、眉を顰めさせるアーサガ。
 ブムカイは腰掛けていた椅子の背凭れに寄りかかり、話を続ける。

「まあ、辺境の荒野専門の狩人(ハンター)『漆黒の弾丸』だから知らないのも無理はないだろうけど、街じゃちょっとした話題になってる程でね、ディレイツってのは―――」
「狩人(ハンター)の資格もなしに武器を不法所持し、破壊行動を繰り返す…最近現れた賊です」

 説明しようとしたブムカイであったが、それよりも早く的確に説明をするその声。
 言うまでもなく、彼らの背後にはハイリが立っていた。

「おー、ハイリくん!」
「扉を叩いても返答がなかったので、失礼ながら勝手に入室させて頂きました」

 気配もなく登場する彼女を平然と受け入れるブムカイの一方で、油断があったにしろ背後を取られ驚かされたアーサガは彼女を睨みつけ悪態付く。

「何でそう神出鬼没に現れてくんだ。この説明機械が!」
「昨日もそうでしたがその呼び方は侮辱に値します。博識とお呼びください」

 眼鏡の蔓を押し上げるハイリの眉間に皺が寄る。
 かの『漆黒の弾丸』相手と言えど、立て続けに不躾な言動を受け、ハイリは耐え切れず彼を睨み返し反論する。
 チリチリと火花が飛び散るが如くぶつかり合う二人の視線。
 どうやらこの二人は水と油らしく、ここでようやくそのことを察したブムカイは二人の間に割って入るように宥めつつ、説明を補足する。

「まあまあ二人共落ち着いて。ディレイツってのは何ヶ月も前から建造物を破壊して回ってる新王国反対派らしくってね。まあ破壊してるって言ってもスラム街の一角だったりかつての闇賭博場だったりで…旧時代の“負の遺産”って呼ばれる場所ばかりを狙ってるってわけ」

 だからか世間では“負の遺産の清掃人”や“義賊”なのではと呼ばれているという。
 お陰で平和維持軍としては肩身が狭い思いをしている。
 と、ブムカイは肩を竦めながら笑って見せる。
 しかし決して笑える状況ではなく、能天気とも取れてしまう彼の笑いにアーサガとハイリは揃ってため息をついた。

「あ、なんだなんだ二人して。せっかく気を紛らわそうと笑顔を見せてやったっていうのに…そういうときだけ気が合うんだな」
「そんなことはねえ!」
「そんなことはありません!」

 二人同時に怒声を上げ、その視線はブムカイへと向けられる。
 目を丸くさせるブムカイは思わず静かに両手を上げていた。







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