そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

10話

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「失礼しまっす!」

 ノックと同時にドアが開いたのは、ブムカイがアーサガとハイリに怒鳴られて間もなくのこと。

「おいおい、こういうのは返答を待ってから入室じゃないの―――って」

 許可を待たずに開かれたことへの不満をやって来た部下に告げるも、そんな彼の隙間を縫うようにして入り込んで来た人影にブムカイは閉口する。

「パパ!」
「ナスカ。起きたのか、よく此処がわかったな」
「うん、そこの人が案内してくれた」

 駆け足で室内へ飛び込んで来たナスカは一目散に父親のもとへ抱きつく。
 アーサガもまたそんな娘を受け入れ、軽々と抱き上げた。

「そこの人って酷いよナスカちゃん。俺の名前はリュ=ジェンだって何度も教えてるのに…」

 そう言ってもの寂し気に項垂れるリュ=ジェンは深いため息を洩らす。
 が、彼は直ぐに目の前の殺気にも近い視線に気付き、緩んでしまっていた気を引き締めた。

「あ、え、えっと…それで迷子になっていた漆黒の弾丸さんの娘さんを案内したものでありまして…会議を忘れてたわけじゃ、ないっすよ…」
「忘れていないのであれば直ぐに会議室へと移動しなさい!」

 甲高いハイリの叱責を受け、リュ=ジェンは即座に踵を返し逃げるように退室していった。
 追い出した後、彼女は鼻息を荒くさせながら眼鏡の蔓を押し上げる。

「いや、退室するときも一応は挨拶してね…」

 一方でブムカイの虚しい指摘は、彼の耳に届く事はなかった。





 木々の向こうから聞こえてくる鳥のさえずり以上に朝から賑やかな一室。
 本来はこれから会議であり、ブムカイとハイリは会議室へ移動しなければならないのだが。

「今の言葉は失礼ですよ! 謝罪を要求します!」
「朝からキィキィ煩くって説明機械はかなりの年代物だって言った程度だろ?」
「それが悪口だと言っているんです、子供の前でそんな軽口を叩いて良いと思っているんですか!?」

 二人の口ゲンカは一向に止む気配はなく。それどころか更に過熱していく。
 ナスカはと言えば二人のケンカを心配そうに怯えた表情で眺めている。
 が、そんな少女の様子に気付く視野は今の二人にはないようで。
 この展開をどう収束させるべきか。ブムカイは一人ため息交じりに模索していた。



 と、そんなときだ。
 予想外の助け舟が軍内放送から流れてきた。

「各部隊に通達! カラメル街道にて火災が発生、ディレイツによるものと思われます。各部隊至急援軍お願いします!」

 それは助け舟と呼ぶには間が悪い報せであった。
 ブムカイは人知れず眉を顰める。

「こんなときにご登場かー…」

 ディレイツの単語を耳にしたアーサガはそれまでの口ゲンカを止め、すぐさま踵を返した。

「丁度良い…アドレーヌの願いを邪魔する奴をとっ捕まえてきてやる」
「え、ちょっと…貴方まで行く気ですか?」
「悪いのか?」

 許可を得ている範囲であれば罪人の確保も許される狩人(ハンター)。
 その彼が出向くこと自体には何ら問題はない。
 しかし、ハイリが気に掛けていたのはアーサガにぴったりとしがみついたままであるナスカだった。

「娘さんはどうするんですか?」
「連れてくに決まってんだろが?」

 当然と言った顔で断言するアーサガ。
 それは娘も同じ様子であり、更にはブムカイさえも諦めているのだ。

「君も聞いた事あるでしょ? 漆黒の弾丸は“子連れ”だって」
「で、ですが…危険です」

 幼い子を危険な場所へ連れていく。それがどういうことか彼は判っているのか。
 そう言いたげな視線でハイリはアーサガを見つめる。
 だが、彼女の言動だけで彼の意思は変わらず。

「ナスカは俺の子で俺の分身だ。自分の子は自分で守る」
 
 そう言うとアーサガはこれまでにない程の、まるで敵視するかのような冷たい形相でハイリを睨みつけた。
 彼の眼光に驚き、思わずたじろぐハイリ。
 閉口してしまう彼女を後目に、アーサガは部屋のドアを開け放つ。

「あ…ナスカちゃんは、それでいいの?」

 それでもハイリは諦めず、今度はナスカを説得するべく訴える。
 が、父の後を迷うことなく追いかける彼女の答えもまた、決まりきっていた。

「ナスカはパパと一緒にいく」

 小さくか弱そうな、しかししっかりとした声でナスカはそう言って父を追いかけていく。
 去っていく親子はそれ以上何も言う事はなく。
 勢いよくドアを閉めた。

「君たち本当に馬が合わないね…こうも的確にお互いの逆鱗に触れるとは……」

 皮張りの椅子へ深く腰掛けながらそう洩らすブムカイ。
 独り言とは思えないその言葉は当然ハイリの耳に届く。

「それは…どういう意味ですか?」

 彼女の質問に、ブムカイは頬杖をつきながら答える。

「アイツにとって愛娘とアドレーヌ女王は何物にも代えられない大事なものってことなんだろうね」

 そう言って静かに席を立つブムカイ。
 おもむろに背後の窓へと歩み寄り、そこから外の景色を眺める。
 三階であるその部屋から見下ろした光景―――丁度基地の入口であったそこでは黒づくめの男と白いワンピースの少女が駆け出していく様子がよく見えた。

「そういやカラメル街道って元スラム街道だっけか?」
「え…は、はい。そうですが…」

 突然の質問に答えるハイリはおもむろにブムカイの隣へと並び、彼が見守る光景を一緒に眺める。 

「かつてはスラム街道などと呼ばれていたそうですが、流石にその名称は良くないと最近になってカラメル街道という名称に変更されたそうで―――」

 と、説明をしていたハイリであったが、不意に見えたアーサガの一瞬見せた表情に気付き、思わず目を見開き閉口してしまう。
 エナバイクに跨りヘルメットを被る直前に見せたその顔は、それまでのしかめっ面とは一変して何処か苦しそうで。そして何故か悲しそうにも見えてしまった。

「え…?」

 しかし、彼は変わらない素振りでナスカにもヘルメットを被らせ、バイクを走らせた。
 地平線の向こうへと消えていくエナバイクを見つめ、残されたハイリは静かに顔を顰めてしまう。
 刹那に見てしまった漆黒の弾丸の表情が、どうにも目に焼き付いてしまっていた。


「あー…、もしかして君も見ちゃったか」

 そう言ってブムカイは小さくため息をつく。
 彼の双眸も隣の彼女と同じく、地平線の向こうへ消えてしまった漆黒のバイクを追っていた。

「―――あいつが、あんな顔するのは久々…だな」








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