そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

28話

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 厳重に巻かれている有刺鉄線や鎖の数々を電熱刀で躊躇なく切り落としていくアーサガ。
 と、その際に見慣れた通路に遭遇し、思わず口元を緩める。

「あの当時のままか…」

 そうして通路の奥、辿りついた広間。
 立派な木製のカウンターには割れたガラスが散乱しており、テーブルや椅子は広間の隅で乱雑に積み上げられている。
 正面に見える舞台は随分と放置されていたからか、埃を被り煤けた木の板は今にも抜け落ちそうだった。
 かつて賑わっていた当時に比べれば大分変わり果てた姿。
 だが、アーサガにとっては、廃墟にある廃材の一つ一つが思い出深く、何も変わっていないように見えた。

「此処か」

 アーサガはカウンターに近づくと、埃を被ったその台に手を添える。
 そしてそこからこぢんまりとした舞台の方を見つめた。
 幼い頃の記憶に残っているあのステージは、もっと大きくて煌びやかで立派なものだった。
 子供の記憶など当てにはならないとアーサガは思う反面、しかしあれから19年も経ってしまったのだ。
 その歳月があれば成人とて記憶も薄れることだろう。
 アーサガはそう思い静かに目を伏せ、幼い記憶を思い返すべくその空間に溶け込んでいく。
 19年前。
 アーサガの運命を決定付けた、彼女との出会いの記憶を―――。










 屈強な体格の男。
 露出度の高い服を着て腰をしならせる女。
 威圧的な双眸を光らせる者。
 フードで顔を隠しながらも、その殺気は隠しきれていない者。
 数多の者たちが酒を浴びるよう飲み、賑わう空間。
 まるで幸福だと言わんばかりに笑みを見せる彼らだが、此処はそんな場所ではなかった。
 外は昼だというのに室内は灯りを必要とするほどに暗く。
 酒や煙草とはまた別の、陰湿な匂いがこの空間で漂っている。
 それは此処が一般的に認められた場所ではないからだ。
 この場所は外の世界――腐敗しきった戦争の世界とはまるで疎遠の場所。
 酒や肉を浴びるほど食する人間が、金を賭けたり良からぬ物を売買したりする場所。
 『シェラ』――それは、奈落を交わす場所。
 闇に生きる者たちの社交場だった。





 そんな社交場の一角に、この場の雰囲気とは全く無縁そうな少女と少年がいた。
 少年はまだ5歳だったが戦争孤児だったが故に拾われた身で、このシェラには住み込みで働いていた。
 一方で彼より6歳年上に当たる少女の方は、此処で働いている訳ではなく。
 彼女に至っては色々と物騒な場所であるというのに、気にする様子もなく遊び感覚で訪れていた。
 と、そんな少女はいつものように働いている最中の少年を強引に引っ張り出し、空いていたカウンター席へ誘っていた。

「ほらっ、こっちに座って」

 少年は無言のまま椅子へと座る。
 するとそこへ、いかにも柄の悪そうな風貌の男が近付いてきた。
 男は少女の座る席にもたれかかり、睨みをきかせる。

「なんでこんなガキがこんな場所に居るんだかしれねえけどよ。そこは俺が先に座ろうとしたんだぜ?」

 全く持って何の証拠もない、単なる言いがかり。
 この男のように、これが挨拶なのかと思う程に言いがかりを付ける輩は多く。
 それによる諍いはこのシェラでは日常茶飯事だった。







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