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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~
27話
しおりを挟むその日の午後は鈍色の曇天によってすっかり日光は隠れてしまっていた。
今にも雨が降り出しそうな程に天候は悪くなる一方で。
そんな中、一台のエナバイクが湿った空気を切って走り続けている。
周囲に独特の起動音と走行音を轟かせながら、漆黒色のバイクはとある目的地へと向かっていた。
目的地へと辿り着いたアーサガはブレーキをかけ、同時にヘルメットを外す。
どこに乗せるとも引っかけるともせず、それを放り投げると彼は目の前の建物に向かった。
入り口には古びた木製の看板がかけられており、『武器販売の店シェラ』と書かれている。
しかし今は誰も使用していない廃墟となっているため、看板の隣には『立入禁止』の立て札と共に、侵入者を防ぐべく有刺鉄線が張り巡らされている。
と、アーサガは懐からナイフを取り出した。
金属製の鞘から抜き身出た刃は、みるみると熱を帯び刀身は紅く染まっていく。
彼はそのナイフで入り口に掛けられている有刺鉄線を斬り始めた。
高熱を帯びたナイフは頑丈な鉄線をまるで蔦を切るかの如く切断していき、人が通れる隙間を軽々と作り出した。
そこから中へ侵入しようとするアーサガ。
が、その焦燥感からか彼は思わず有刺鉄線に触れてしまった。
掌から伝わる鋭い痛みと、滲み出てくる紅い鮮血。
「くそっ……ジャスミン…!」
アーサガは顔を歪めながら傷ついた手を強く握り締め、通路の奥―――その暗がりへと消えていった。
鈍色の曇り空が続く同時刻。
アマゾナイト軍基地を出て真っ直ぐ、舗装されている道を駆け続ける少女―――ナスカの姿があった。
懸命に走り続けていた彼女であったが、次の瞬間、道端の石に躓き転んでしまった。
両手足には血が滲み、服は薄桃の衣装は土埃で薄汚れてしまう。
だが彼女は泣くことなく立ち上がると、手についた土や服の汚れを叩き落としもせず、また走り始めた。
「まっすぐ、すすんださきの…大きな、通りの―――」
肩を大きく揺らし、呼吸を荒げながらも、ナスカはアマゾナイト軍の番兵が教えてくれた道順を忘れないよう口に出し続けていた。
全ては父を追いかけるために。
「パパ…」
今まで、どんな時も一緒に旅をしてきた。
どんな危険な場所でも、嵐の夜でも。
いつも隣には父がいることが当たり前で。
一度だって置いていかれるということはなかったのだ。
「パパ…!」
彼女が冷静な子であったならば、父が娘の身を案じたからこそ置いていったという考えも出来ただろう。
が、常に共に行動をしてきた経緯と、彼女自身の純粋さもあって察することが出来なかった。
だから、ナスカはただ一心にアーサガを追いかけることしか出来なかった。
あれから随分と時間は過ぎ去り、淀んだ空には日もなければ星も月もなく。
暗闇が広がっていた。
そもそも、ナスカはアーサガが何時頃出て行ってしまったのかも知らない。
辿り着いたとして、そこに父が未だに居る保障も無い。
だが、そうであったとしても。そこへ行く他に選択肢など彼女には浮かばない。
不安と恐怖に襲われながら、ナスカは目的地だろうと思われるその廃屋に、ようやくたどり着いた。
「パパどこ…?」
いつもの―――父が傍に居る時であればどんなに暗く怖い建物にだって、迷わず飛び込めた。
だが独りぼっちの今では、不気味さを感じるその屋内へ足を踏み入れる勇気が出て来ない。
震えたか細い声で父の名を呼ぶも、静まり返った周辺からは返事どころか物音一つさえ聞こえてこない。
「―――おや…?」
と、そのときだ。
後方から声が聞こえた。
急ぎ振り返ったナスカは暗がりの向こうで人影を見つける。
「パパ…!」
表情を明るくさせ、駆け寄っていくナスカ。
が、そこに立っていたのは、妖艶に微笑む女性だった。
少女はすぐさま顔色を変え、立ち止まる。
「あんたがナスカだね?」
女性は口角を吊り上げたまま、そう言った。
「おばさん…誰?」
顔色こそ変えないナスカだったが、足元はじりじりと後退していく。
警戒感を露わにさせている少女を見つめ、女性はゆっくりと少女へ歩み寄る。
「知りたいかい?」
ナスカの前へ近づくと女性は屈みこみ、そっと彼女の頬に触れた。
暖かな感触。
そして柔らかい香りにナスカは心地良さを感じた。
今までに感じたことのない、優しい気持ちになる感覚。
恐る恐る女性を見つめるナスカ。
同じ瞳の色。
同じ髪の色。
目が合った女性は、先ほどまで見せていた高飛車な雰囲気は一変し、穏やかな顔色へと変わっていた。
女性はナスカを優しく撫でながら言った。
「あたしはジャスミン。あんたのママのママさ」
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