そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第一篇 ~銀弾でも貫かれない父娘の狼~

47話

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 ―――それはナスカが父親を追いかけ、一人シェラへと辿りついたときのこと。
 後からやって来たハイリに保護される前の出来事だった。

「あんたがナスカだね?」

 そう言って建物の奥から現れた中年の女性。
 何処か気品のようなものを感じる一方で冷たい空気を放っている女性。
 その女性が金の髪を揺らし、口角を吊り上げて見せナスカへ言った。

「あたしはジャスミン。あんたのママのママさ」
「ママのママ…?」
「そうだよ」

 ジャスミンは屈みこむとナスカの頭を静かに撫ぜた。
 その瞬間こそ思わず驚いてしまったナスカだったが、頭部から伝わってくるその優しい感覚に恐怖心は次第に薄れていく。

「ママのママ…」
「フフ…呼びにくいならジャスで良いよ」
「うん、ジャス……ママは?」

 ナスカの質問に、ジャスミンは直ぐには答えられなかった。
 代わりに眉間へ皺が寄っていく。

「あの馬鹿が…なんにも教えてないんだね」
「ナスカのママ知ってる? …ナスカ知らない」
「…」
 
 黙ってしまったジャスミンであったが、暫くして彼女はにっこりと笑顔を向け、もう一度ナスカの頭を撫でた。

「じゃあ、あたしが教えてあげるよ。でも今はあんたのパパと約束があるから。後から此処に追いで? そしたら教えてあげるよ―――全てを、ね」

 そう言って見せたジャスミンの笑みは、先ほどナスカへ向けたものとは全くの別物で。
 ナスカが再び恐怖を抱いてしまうほどに冷たく、不気味なものだった。

「フフフ、ごめんねえ…笑い方が怖いってよく言われるのさね」

 ジャスミンはナスカの反応に気付くと元の笑顔へと変え、それから一枚のメモを用意してナスカへと手渡した。
 受け取ったナスカは、それを大事そうにポケットへとしまう。
 初めて知る、ママへの手がかり。

「此処へはパパに内緒で来るんだよ。わかったね」
「うん」

 二人の約束が交わされると、ジャスミンはまた、闇の向こうへと消えていった。
 ナスカは後を追いかけたかったが、それをさせてはくれなかった。

「あんたは外で待ってるんだよ」

 最後にジャスミンがそう言い残したからだ。
 ナスカは彼女の言いつけを守り、シェラの外で父が戻ってくるのを待つことにした。
 その後、まさか父親に生まれて初めて打たれるとも知らずに――。








「またジャスに会いたい」

 ナスカは静かにそう言った。
 『ジャス』と言うのがナスカの祖母の名前だろうと解釈したハイリは、直ぐには返答せず、沈黙する。
 ようやく感情を表に出してくれた少女。
 そんな彼女の一つの望みを、叶えてあげたいとハイリは思った。
 しかし、ナスカを外へ連れ出すには許可が必要だ。
 が、それを待っていては日が暮れてしまう。
 そうなっては『ジャス』が待ちきれず去ってしまうかもしれない。
 しかし、真面目に規則通りに行動すれば何の問題もないのだ。
 問題なく『ジャス』の待つ場所へ行けるはず。わざわざ規則を反する必要などない。

(ジャスさんがいつまでも待っていてくれるとは思えない…けれど、許可が出るまで絶対時間が掛かってしまう……でも、でも…だからと言って軍務規定違反をしてはブムカイ隊長に合わせる顔が―――)

 暫く、沈黙した時間が続く。
 無言で俯くハイリを、今度はナスカが心配そうに見つめる。
 と、ハイリは優しくナスカの手を握った。
  そして笑みを浮かべて言った。

「―――じゃあ、ジャスさんに会いに行こう?」
「うん!」

 規律を守るか反するか。
 他の選択肢もあっただろうが、ハイリは反する選択をした。
 地図を見たところ遠い距離ではない。日暮れ前には戻って来られるはず。
 それに後悔はしない。
 ようやく少女の満面の笑顔が見られたのだから。

(少しばかり…ブムカイ隊長の心情が解ったような気がする)

 そんなことを考えながら、ハイリはナスカの手を引き、ドアを開く。
 何の手続きもせず、基地の外へと向かう。




「―――あれ、ハイリさん。これからお出かけっすか?」
「は、はい。ナ、ナスカちゃんとちょっと気分転換に…きょ、許可はブムカイ隊長に、貰ってますので!」

 運悪く、たまたま玄関口でリュ=ジェンと出くわしてしまい、咄嗟に嘘をつくハイリ。
 日頃虚言を吐いたことなどない彼女にとってその挙動不審な言動は明白であったが、リュ=ジェンは気に留めることもなく。

「羨まし―――あ、いや。お気をつけてっす!」

 そう答えたのみであった。
 その後も番兵に特別怪しまれることもなく。
 足早に基地を飛び出し、ハイリはナスカを外へと連れ出してしまったのだ。
 ママのママである『ジャス』に会うため――。







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