そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

9連

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 人と待ち伏せなど、記憶している限りでは初めてのことだと、エミレスは思った。
 だからこそ緊張と興奮で胸が高鳴り張り裂けそうだった。
 今日は比較的暖かな天気だというのに、彼女の指先はとても冷たくて。
 何度も指先同士を擦り合わせながら待ち合わせ場所へと辿り着いた。

「多分…ここよね…」

 屋敷から出て街へと向かう道中にある、大きな広葉樹。
 庭師の手入れがあるわけでもないのにこの木は毎年、時期が来ると綺麗な桃色の花を咲かせるのだ。
 これまでは馬車の中から見ていただけであったが、初めて間近で目の当たりにしたエミレスは純粋に感動した。

「本当はこんなにも大きかったのね…」

 近付いて見て初めて知ったことに感激しエミレスから笑みが零れる。
 屋敷に植えられている広葉樹よりも大きくて力強いその幹に、エミレスはそっと触れた。
 と、そのときだ。

「エミレス様、遅くなりました。申し訳ありません…!」

 爽やかな笑みと共に姿を見せたのはリョウ=ノウだ。
 彼はエミレスの傍らへと駆け寄るなり頭を深々と下げる。

「い、良いの…この風景を楽しんでいたところだから…」

 丁寧に謝罪するリョウ=ノウに、エミレスは慌てて頭を振って答える。
 彼女にとっては何気ない風景を見ているだけでも充分満足もので、胸が躍り続けていた。

「では、この風景よりもっと楽しめる場所へご案内しますよ」

 そう言うとリョウ=ノウはエミレスの手を優しく握った。
 リョウ=ノウの手は温かかった。
 男性とは思えない程に透き通った綺麗な肌。
 滑らかな指先が、エミレスの指先と絡み合う。
 突然のことに驚き、恥ずかしさや緊張に混乱し、エミレスは顔を真っ赤にさせてしまう。

「どうかしましたか…?」

 当のリョウ=ノウは全く気にも留めておらず。
 しかしそれは無理もない。
 リョウ=ノウにとってはエミレスをエスコートする際にいつもしていたことであり、これが初めてなわけではないからだ。

「な、何でもないわ」

 再度頭を振って慌てて答えるエミレス。
 紅潮した顔を隠すように俯きながら、彼女はリョウ=ノウに手を引かれ歩き出した。
 恐ろしくも嬉しいこの時間。
 何もない草原と道なりを程なく歩いた先。
 街並みが見えて来るとリョウ=ノウはより一層と力強く手を握る。

「此処からは人も多いので、気をつけてください」

 笑みを浮かべてそう言ったリョウ=ノウは引き続き彼女を人混みの中へと導いていく。





 人人で出来た迷宮はエミレスにしてはとてつもない熱気の渦中で。
 極度の緊張と興奮と感動が、エミレスの体温をも徐々に上げていく。
 全身は汗ばみ始め、呼吸が荒くなる。
 汗によるべた付いた不快感。
 どうしようもなく乾き出す喉。
 どう歩いて良いのかもわからない感覚。
 ちゃんと歩けているのかもエミレスには解らなくなってきた。
 
「リョウ…ちょっと、休も―――」

 前方を進むリョウ=ノウへそう呼びかけた、そのとき。
 するりと突然、繋がれていたはずの手が外れた。
 彼女の掌が特別汗ばんでしまっていたせいだろうか。
 しかしそんな後悔をしている暇も与えず。
 リョウ=ノウの姿は人波の向こうへと消えていく。






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