82 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
10連
しおりを挟む「リョウ…!」
急ぎ追い駆けようとしたエミレスだったが、目の前を歩く人が邪魔で上手く進めず。
遠くで辛うじて耳に届いていたリョウ=ノウの声もあっという間に聞こえなくなってしまった。
「待って…お願い…!」
しかしエミレスの願いは虚しくも誰の耳に届くことはなく。
立ち止まりたかったものの、人の流れに逆らうことも出来ず。
エミレスは彼を追うことも出来ず、ただただ人波に流され続けることとなった。
(どうしようどうしよう…どうして、こんなことに…)
辺りを見回してみても、そこには見知った特徴の男性はたくさん居た。
誰かに声を掛けようと試みもしたが、どうにも声が出ない。
「ふふふ…」
と、どこからか誰かの笑う声が聞こえてきた。
だが、喧騒にかき消されてしまうその声は、直ぐに誰のものかわからなくなってしまう。
そんな、知らない人たちの突き刺さるような笑い声。
賑やかで活気ある街の市場を歩いているのだ、それは当然の声でもあったのだが。
これまでほとんど外に出たことのなかったエミレスにとって、それは何よりも耐え難い凶器でしかなかった。
と、エミレスの目の前に人混みを掻き分け数人の女性たちが姿を現した。
『フフ…見てあの子、可愛くないのに』
『気持ち悪いわ』
『可愛くない。まさに田舎の娘ね』
『不細工』
聞こえてくるはずのない言葉が、妄想となって彼女の耳へと囁く。
細身で、背も高く、化粧を施し、旅先の踊り子のような民族衣装に身を付けている女性たち。
彼女たちと自分を見比べた瞬間、それまで迸り続けていた熱が、急激に冷めていく。
思い思いに露店の商品を眺め、売買をしている眼差しが、今度はエミレスを嘲る視線に見えてしまう。
(私なんか綺麗じゃないし可愛くない…そんなことわかってる。けど怖い、怖い…!)
孤独という不安と、どうすればいいか打開策がないという恐怖が重なり、エミレスの体温は一気に冷え込んでいく。
つい先ほどまで不快だった汗が冷却装置へと変わり、エミレスを震え上がらせる。
(リョウ…リャン……助けて……!)
全てに後悔しても時既に遅く。
人波に流され立ち止まることも出来ず。
心の中でしか助けを呼ぶことも出来ず。
エミレスは市場の賑やかさも人たちの笑顔も他所に、感情が高ぶり涙を流した。
「お母さーーんっ!!」
と、丁度エミレスの間近で迷子になったのだろう子供が、ワンワンと泣き始めたのだ。
その大きな叫びに人たちは立ち止まり、心ある者たちは子供を宥めながら母親を捜そうとしていた。
しかしそのせいで、誰もエミレスの涙には気がつかなかった。
すすり泣く声も、顔に流れているものも。
全ては喧騒の彼方へ溶け込んでしまっていた。
「うっ……」
思わず洩れた声を必死に押し殺す。
だが、いっそのことその子供のように大声で泣けば、誰かが助けてくれるかもしれない。
エミレスがそう思ったときだった。
ドン。
人波に合わせてエミレスも足を止めた拍子に、彼女の肩が誰かに当たってしまった。
謝ろうにも涙が止まらず、声も出ない。
恐怖で顔を上げることさえ、出来ない。
そんなエミレスへお構いなしに、ぶつかって来た男が声を荒げる。
「おいっ!」
表情を見ずともその声が男の感情を物語っている。
俯いたまま謝罪もしないエミレスに、男は険しい顔付きで更に文句を言おうとした。
「―――すみません、連れが粗相をしたのならば代わりに謝罪致します」
しかし、次に聞こえてきた声は、その男のものではない―――別の声だった。
落ち着き払った若い男性の声であり、そしてリョウ=ノウの声でもない。
エミレスは恐る恐る顔を上げた。
「いや、ちゃんと謝ってくれりゃあいいんだよ」
そう言うと中年の男性は険しい顔そのままに、そそくさと人混みの中へと消えていった。
と、エミレスの肩から優しい温もりが伝わって来る。
「人が多いので取り敢えずここから離れましょうか」
エミレスの両肩を支える男性は、彼女の背後で優しくそう囁く。
恐らく初対面であろう他人に連れられる。勿論恐怖心はあった。
だがそれ以上にエミレスは一刻も早くこの場から抜け出したかった。
相手がどんな人物か、振り向く勇気もないまま、エミレスは小さく頷く。
そして、その男性に連れられて、彼女は市場を抜け出した。
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる