そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

21連

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 本降りとなった雨は勢いを増し、ポツポツと雨粒が窓に当たり始める。
 その暗雲によって室内は一層と影が及ぶ中。
 エミレスは大事そうにペンダントの水晶を眺めながら話す。

「これ…珍しい石だって……確か、アドレーヌ様を覆う水晶と同じ石で晶石ロムノーロって名前だって言ってた…」

 彼から聞いた大切な話を忘れないよう、自分の心に刻む込むように。
 エミレスは愛しいものを見つめる双眸で水晶を眺めながら語る。
 本人は無自覚で愛を込めているその傍らで、リャン=ノウの顔色はどんどん暗く影を落としていく。

「―――ああ、そうか…思った以上に早く動き出したんやな…」

 誰に言う訳でもない独り言を洩らし、彼女は次の瞬間。

「これはアカン…ダメダメや…!」

 突然そう叫び、顔を俯かせた。

「リャン…ど、どうしたの…急に…?」

 何か考え込むように顔に手を当て、俯いたままのリャン=ノウ。
 それは幼なじみとも言えるエミレスでも見たことのない、彼女の異様な姿。
 初めてかつ唐突な言動に怯えながらも、エミレスは振り絞った声でリャン=ノウに尋ねる。
 しかし彼女は何故か沈黙したまま、暫くの間、室内は静まり返ってしまった。
 その反面、窓の外では雨が嵐と変わったのか、窓に打ち付ける雨風がドンドンと激しい音を立て始めている。
 遠くの空ではゴロゴロと雷雲の唸るような音も聞こえてきた。

「―――ははっ、お笑い種やな。こんなチンケなもんで釣ろうとか…ホンマ笑えるわ」

 と、リャン=ノウは突如、顔を上げるなり睨むような目つきをエミレスへ向けた。
 そして次の瞬間、リャン=ノウの行動にエミレスは驚愕する。
 リャン=ノウがエミレスのペンダントを強引に、引き千切ったのだ。



 一瞬の出来事で、何が起こったのかエミレスは瞬時には理解出来なかった。
 ただ確かなことは、首に残る絞められたような痛みと、床に転がった水晶玉の音だけ。

「え…?」

 困惑した様子を隠せないでいるエミレスの一方で、リャン=ノウは豹変したかのような言動を見せる。

「そんなくだらんプレゼントよう付けてんなあホンマに! よく見りゃただのガラス玉やっちゅーに! そんなんに心奪われてときめいて…あーホンマめっちゃ笑える!」

 そう言ってはいるが、彼女の顔は全く笑っておらず。
 続けざまにリャン=ノウは一方的にフェイケスの文句や悪口を言い始めた。

「そもそもフェイケスっちゅー奴、絶対エミレスに下心があって近付いたに違いないやろ。エミレスを誑かそうなんてめちゃくちゃ悪どい嫌な奴やんか」

 リャン=ノゥの変貌にエミレスはついていけず、困惑した表情で見つめていた。
 徐々に鼓動は早くなり、口の中が乾き始める。
 静かに喉を鳴らしながら、それでもエミレスの視線は自然と転がってしまったペンダントへと向く。

「どうしてそんなこと言うの? フェイケスは…悪い人じゃないよ」

 だが、エミレスもただただ言われっぱなしにはなりたくなかった。
 沸々と湧き上がる感情に背中を押され、豹変したリャン=ノウへ反論する。

「はんっ! それは偏った見方してるからそう思うんや!!」
「偏った…って、どういう、意味……?」

 尋ねるエミレスへ、リャン=ノウは躊躇うことなく返した。
 悪態ぶった、低い声で。
 
「フェイケスが好きなんやろ?」
「ち、違うよ! と、友達…ともだちだから―――」
「違わない!」

 リャン=ノウは力強く頭を左右に振る。
 と、彼女はぐっとエミレスに近寄り、強い眼差しで見つめてきた。
 今までに見たことのない睨んだ顔。
 しかしいつになく真剣なリャン=ノウの双眸に、エミレスは思わず顔を背ける。

「全然気づいてへんから言うたるわ、アンタのその眼は一目惚れの眼や。リョウのときみたいな淡いもんやない…本当に好いとる奴の眼なんや!」

 エミレスは閉口してしまった。
 少なからず彼女には心当たりがあったからだ。
 リョウ=ノウの時に抱いていた『好き』という感情。
 それ以上に感じたフェイケスへの今までの『好意』。
 頬や胸に高鳴る熱い感情と鼓動。
 頭から離れない彼の眼差しと姿。
 それが『好き』や『恋』というものだったことを、エミレスは今ようやく理解した。

 




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