そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

22連

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「ようやく『恋』を知った箱入りお嬢さんやもん、その男にしたら相当チョロい相手だったやろうな……っちゅーか、そもそもそのフェイケスとやらはイニムっちゅー少数民族なんやろ?」

 少数民族。
 そう吐き捨てられた言葉がエミレスの胸にチクリと刺さる。

「少数民族出の男と王族のアンタ……どう考えても不釣り合いやんか! もう会う必要ないやろ、コレ!」
「そんな…言わなくても……」

 リャン=ノウの言葉がエミレスの胸を苦しめる。
 頭の中で何かがぐるぐると蠢き、吐き気の様な感覚を抱く。
 まるで自分のことを言われているような孤独と絶望感に、まともに立つことも出来ず。
 エミレスは思わずふら付いてしまう。
 だが、そんな彼女が何よりも勝った感情はそれらのどれでもない別のものだった。
 エミレスは落とされた晶石ロムノーロを拾い、握り締めた。



「―――あの人の悪口を言わないで…!」

 初めて出した反抗の荒声。
 興奮と同時に、溢れ出る涙がとめどなく流れ落ちる。
 エミレスは、憎しみとは程遠い悲しみの睨みを、リャン=ノウに見せた。
 リャン=ノウはしばらく黙った後、静かに踵を返した。

「とにかく、金輪際その男には二度と会うな! まあそもそも、今日でお別れやし、もう会うこともないやろうけどなあ!  ホンマ、さよならでせいせいやわ!!」

 その言葉の直後、勢いよく扉が閉まる。
 と同時に、エミレスは全ての糸が切れたように、その場にしゃがみこんだ。
 涙を止めることも出来ず、蹲り咽び泣く。

「何で…そんなこと、言うの…!」

 何故リャン=ノウは突然、あんなことを言ったのか。
 エミレスには到底理解できなかった。
 ただ一つ確かなことは、エミレスにとって最も心許せる人物が、最も大切な人を侮辱したということだ。
 姉のようで妹のようなリャン=ノウだからこそ。
 彼女の吐いた言葉を許したくなかった。

「フェイケス……」

 と、ふと脳裏に過った彼の姿。
 ようやく知った感情。
 こんなにも熱い感情。
 相手に恋するという気持ち。
 こんなにも嫌いな自分を忘れさせてくれる、あの人。
 そんな人と、もう二度と会えなくなってしまったら。
 自分の中の何かが、永遠に終わってしまうような気がする――。

「そんなの…嫌……」

 一度付いてしまったエミレスの炎が、止まることなく燃え上がっていく。
 溢れる感情の抑え方を知らない彼女は、心に思うがままに動き出す。
 涙を拭い、両手に力を込める。
 そして、彼からの贈り物を大切に握り締めた。





 扉を閉めたリャン=ノウは、懐から取り出した鍵でエミレスの部屋を施錠する。
 それから静かに、深くため息をついた。
 瞼を閉じかけるが、廊下の奥から呼び掛けられた声に双眸を見開く。

「―――凄い声が聞こえましたが? どうしたんですか?」

 まだ午前中だというのに嵐によって真っ暗な通路。
 その奥からゆっくりと現れたのはリョウ=ノウであった。

「アンタか…」

 覇気のないリャン=ノウの声。
 その表情は先ほどの激昂とはまた打って変わり、悲しみとも切なげとも取れるものを感じさせる。
 静かにリョウ=ノウを見つめたリャン=ノウは、沈黙したまま扉に凭れ掛かる。

「何かあったんですか?」

 リョウ=ノウの質問に答えようとしないリャン=ノウ。
 が、しかし。
 突如彼女は瞳を閉じ、天井を仰ぎながら大きく開けた。
 
「ハハハッ…ハハ…ハッハッハッハッハーーーッ!!!」

 それはまさに歓喜の悲鳴だった。



 挙動不審と言える彼女の言動に困惑した顔を見せるリョウ=ノウ。
 顔を顰めさせながら、ゆっくりとリャン=ノウに近づいていく。

「いやぁ…思った以上に計画通りに動いてくれたから…嬉しくてたまらんのやわ」

 リャン=ノウは額に手を添え、笑みを浮かべてそう語る。
 一方で不穏な言葉を聞いたリョウ=ノウは更に顔を一層と険しくさせた。

「どういう…意味…ですか?」
「…ああ、計画っちゅーよりかはイチかバチかの賭けみたいなもんやったけどな」

 リョウ=ノウは困惑した顔で、リャン=ノウと対峙する。
 彼女の理解不能な言動と笑み。
 だが双子だからこそ、姉が何を思っているかだけは何となく理解が出来た。
 リョウ=ノウは嫌な予感がして堪らなかった。

「ボクはさ、エミレスを…ちいちゃいときから見てきた。だから…あの子がどんな風に考え、どんな風に行動するかも手に取るようにわかる…」
「そこをどいてください、リャン……」

 リョウ=ノウは静かに剣を取り出し、鞘を抜いた。
 ランプの灯りさえない廊下で、その刃には一瞬の輝きさえ映らない。

「何でそんなん持ってんねん」
「貴方が不穏な言動を見せるからですよ」

 ガタガタと窓の音だけが響き渡っていく。

「―――まあええわ」

 そう言うとリャン=ノウは意外にもすんなりと塞ぐかのように凭れ掛かっていた扉からどいた。
 抜き身の刃もそのままに、リョウ=ノウは急ぎ扉を開けようとする。
 が、鍵が掛かっていたことに気付き、苛立ちと焦りから扉を力任せに蹴り始めた。
 彼の動揺っぷりを後目に、リャン=ノウは話を続ける。

「あの子はな、自分の外見が嫌でめちゃくちゃ引っ込み思案やけどな…自分の大切なもんは真っ先に大事にするし、後先考えんと動きよる……前に風邪こじらしたときもそうやったわ…」

 リャン=ノウの笑みは何処か哀愁も帯びていた。
 一方でリョウ=ノウは何度目かの蹴りでようやく扉をこじ開けた。
 ドアノブの破壊音と同時に勢いよく開かれた扉。
 と、室内からは冷たい風が流れ込んでおり、それによって荒ぶ水滴がリョウ=ノウの頬へと当たった。
 直後、眩い閃光が空の彼方で光り、室内が照らされる。

「人が忠告すればするだけ無視してな、屋敷抜け出して花壇の手入れしてまう子なんやわ」

 部屋にはエミレスの姿がなく、代わりに開ききった窓がバタバタと風によって大きく揺れていた。
 入り込んだ雨が絨毯を濡らし、カーテンは風に踊る。

「要は何が言いたいかっちゅーとな……アンタの思い通りにはさせへんって話や―――この、裏切り者が…!」

 大地を揺らすような雷音が轟いた。






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