そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

40連

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「困りましたね…」

 扉は堅く閉ざされ、出てくる気配さえないエミレスに困惑するクレアや侍女たち。

「強引に蹴破りましょうか?」
「そうして貰いたいところですが…アドレーヌ城はかつて要塞として使用されていた場所。故に扉一つにしても堅牢な造りだと聞いております」

 と、強面の兵士たちに説明するクレア。
 しかし、本来この扉には鍵は外側にこそ付いているものの、内側からは施錠出来る仕様ではない。
 なのに扉が開かない理由―――それはおそらく、部屋にあったソファやら家具やらをバリケードとして扉の前に置いているのだろうと思われた。
 開けようにもそれらが邪魔で、彼らは扉を開けることが出来ないでいたのだ。

「これではいつものマッサージが出来ませんよ」
「お勉強もですわ…」

 困った表情を浮かべ話すマッサージ師や教師たち。
 彼らは立ち尽くしながら、首を傾げながら、扉の前で話し合っている。

「昨日までは大人しくしていましたのに…」
「今朝になって急に。何がいけなかったのか…」 




 エミレスが城へと戻ってきて7日間。
 それまでの彼女は大人しく、まるで借りてきた猫のように過ごしていた。
 が、今朝になって急にこのような事態になっていたのだ。
 何がいけなかったのか。
 悪かったのか。
 次第に責任を押し付け合う師たちに、クレアがため息交じりに口を開いた。

「やれやれ…以前はこのような子ではなかったのですがね……ベイル様の仰っていた通り、やはり精神を病んでしまっているのでしょうかね…」

 精神を病んでいる。
 その言葉を耳にするなり、彼らは納得した様子で無言となっていく。
 そして、仕方がないと言い訳を洩らし、逃げるようにその場を去って行った。
 まるで何事もなかったかの如く。
 と、その集団に混じっていた一人の青年が、去り際のクレアに尋ねた。

「あー…ばあさん、精神を病んでるってのは…どういうことだ?」
「いえ……昔、とある出来事をきっかけに精神を病んでしまったようでして、そのせいで彼女は別邸へ行くことになったらしいのです」
「乳母だったんだろ? なのにばあさんはその出来事を知らないのか?」

 青年の問いに世話役は肯定に頷く。

「はい。それよりも前の頃に暇を頂いておりましたもので…ですがその出来事の直後、急きょもう一度従者として戻って来てくれと頼まれましてね…だから私は何も知らないのです」

 そう言うクレアの横顔は何処か寂しげにも映る。
 彼女は丁寧に頭を下げると、足早に何処かへ消えていってしまう。
 そうして、その場に最後まで残ったのは青年が一人。
 彼―――ラライは、扉の方を黙って見つめていた。





 部屋で独り、エミレスは未だベッドに蹲っていた。
 流れ続けていた涙は出尽くしてしまったのか、いつの間にか止まっていた。
 代わりに激しい頭痛、倦怠感が襲い、その場から動きたくもなくて。
 このままどうなってしまうのか。
 いや、どうなってもいいか。
 そんなことを考えて、エミレスは静かに瞼を閉じる。

(あの頃が良かった…あの頃に戻りたい……)

 リャン=ノウ、リョウ=ノウとの懐かしい記憶。
 兄スティンバル、義姉ベイルと過ごした幼い頃の記憶。
 そういった楽しかった頃の記憶を思い返しては、自分にとっての嫌な出来事を思い返す。
 襲われた別邸。帰れない我が家。
 兄たちの冷たい態度。嫌われていた確証。
 兵士達の視線、陰口、嘲笑うような声。

(もう嫌だ…辛い、苦しい、哀しい、寂しい…)

 溢れる感情に胸を押さえ、顔を歪めるエミレス。
 このもやもやとした気持ちを、彼女はどうすることも出来ずにいた。







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