121 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~
49連
しおりを挟むラライは眼光を鋭くさせ、兵士の懐へと踏み込む。
しかし彼の矛先はその若い兵士ではなく、同僚の兵士だった。
逃げようと後退る兵士の肩を強引に掴み、引っ張った。
「…それは本当か……?」
「あ……は、はい。誰が言い出したか知りませんが…そんな噂が…」
「皆そう言ってるのか…?」
「いえ! あくまでも噂ですから…」
同僚の兵士は慌てて「自分はエミレス様を見たことないので…」と付け足す。
彼もまた怯えた様を見せ始め、ラライは閉口したまま兵士の肩を放した。
「一応王族の姫様だってのに寄って集って腫れもの扱いやら面白半分に陰口やら。本当に平和過ぎで腐った城なんだな…」
すっかり退け腰で尻餅を付く若い兵士を見下ろすラライ。
生憎兵士からは翳るラライの表情を覗くことは出来なかった。
が、殺気にも近い覇気だけは痛いほど伝わってきていた。
「…情報ありがとよ。その礼だ、受け取れ……!!」
その瞬間、若い兵士の目に火花が散った。
避ける暇もなく、一瞬のことだった。
頬に一発。ラライの鉄拳を食らった兵士はそのまま倒れてしまった。
同僚の兵士は、放心状態となった若い兵士を慌てて抱える。
「兵士に突然の暴行は罪になりかねませんよ…!」
「あー? 姫様への暴言は罪にならないってのにか? よく言うぜ」
鼻で笑い返すラライ。
同僚の兵士も言ってはみたものの、仲間の非も理解しているため、それ以上は何も言わず。
踵を返すラライの背を黙って見つめていた。
「噂してた奴らに言っとけよ。そんなよた話してる暇があるなら鏡で自分の顔を確認しろってな」
去り際にそう言い残したラライは発散しきれない怒りを抑え、舌打ちを洩らす。
それから、目的地へと目掛けて走り出した。
しかし、ラライが目指した場所は先ほどの兵士が言った場所ではない。
(…ちっ……オレだって他人のこと言えやしないってのにな……)
その場所へ向かいながら、ラライは心の中で酷く苛立っていた。
良くも悪くも兵士たちのおかげで気付いてしまったことを後悔していた。
そしてそれは、自分にも見に覚えがあったことだからこそ、余計に腹立たしくなっていた。
彼はすっかり忘れていたのだ。
孤独というものについて。
ラライは王城屋上庭園の壁伝いにエミレスの部屋へとやって来た。
すっかり慣れた様子で窓から潜入すると、エミレスはいつものようにベッド隅で蹲っていた。
その光景に少しばかりの憤りを感じつつもラライは彼女とは対角線上のベッド端へと座った。
「…」
感情に任せつい来てしまったものの、いざとなっては何を話せば良いのか。
ラライは何も考えていなかったことに気付く。
「あー、あの、な……」
ただ一つ確かなことは、自分の言動は人を傷つけやすい。ということ。
言葉を選んで口に出せと、これまで何度師に拳骨を喰らったかと思い返しつつ、ラライは口を開く。
「……これは王女様とは関係の無い…オレの話しだ。まあ気楽に聞いてくれ」
深く呼吸をした後に言ったラライの言葉。
エミレスが、少しばかり反応したように見えた。
組んでいる二の腕から僅かに顔を上げ、彼女はラライ―――の手元を見ているようだった。
と、不意にも一瞬だけ、二人の視線が偶然交わった。
ラライは鼓動が高鳴り、慌てて目を逸らす。
相手を思いながら話すのは、どうにも面倒で苦手だ。
と、内心思いながらラライは話を続ける。
「…こう見えてオレは貴族の生まれなんだ………笑うか?」
おもむろに見たエミレスの顔。
彼女は彼の話しに興味を持ったらしく、無言のままであったが頭を左右に振って答えていた。
「…王城暮らしほどじゃないが物心付いた頃までは田舎の一等地で何不自由なく暮らしていた」
と、ラライの表情が段々と、無意識に鋭くなっていく。
鋭くなる、と言うよりは曇っていく、と例えた方が良いかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる