そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第二篇 ~乙女には成れない野の花~

49連

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 ラライは眼光を鋭くさせ、兵士の懐へと踏み込む。
 しかし彼の矛先はその若い兵士ではなく、同僚の兵士だった。
 逃げようと後退る兵士の肩を強引に掴み、引っ張った。

「…それは本当か……?」
「あ……は、はい。誰が言い出したか知りませんが…そんな噂が…」
「皆そう言ってるのか…?」
「いえ! あくまでも噂ですから…」

 同僚の兵士は慌てて「自分はエミレス様を見たことないので…」と付け足す。
 彼もまた怯えた様を見せ始め、ラライは閉口したまま兵士の肩を放した。

「一応王族の姫様だってのに寄って集って腫れもの扱いやら面白半分に陰口やら。本当に平和過ぎで腐った城なんだな…」

 すっかり退け腰で尻餅を付く若い兵士を見下ろすラライ。
 生憎兵士からは翳るラライの表情を覗くことは出来なかった。
 が、殺気にも近い覇気だけは痛いほど伝わってきていた。

「…情報ありがとよ。その礼だ、受け取れ……!!」

 その瞬間、若い兵士の目に火花が散った。
 避ける暇もなく、一瞬のことだった。
 頬に一発。ラライの鉄拳を食らった兵士はそのまま倒れてしまった。
 同僚の兵士は、放心状態となった若い兵士を慌てて抱える。

「兵士に突然の暴行は罪になりかねませんよ…!」
「あー? 姫様への暴言は罪にならないってのにか? よく言うぜ」

 鼻で笑い返すラライ。
 同僚の兵士も言ってはみたものの、仲間の非も理解しているため、それ以上は何も言わず。
 踵を返すラライの背を黙って見つめていた。

「噂してた奴らに言っとけよ。そんなよた話してる暇があるなら鏡で自分の顔を確認しろってな」

 去り際にそう言い残したラライは発散しきれない怒りを抑え、舌打ちを洩らす。
 それから、目的地へと目掛けて走り出した。
 しかし、ラライが目指した場所は先ほどの兵士が言った場所ではない。
 
(…ちっ……オレだって他人のこと言えやしないってのにな……)

 その場所へ向かいながら、ラライは心の中で酷く苛立っていた。
 良くも悪くも兵士たちのおかげで気付いてしまったことを後悔していた。
 そしてそれは、自分にも見に覚えがあったことだからこそ、余計に腹立たしくなっていた。
 彼はすっかり忘れていたのだ。
 孤独というものについて。






 
 ラライは王城屋上庭園の壁伝いにエミレスの部屋へとやって来た。
 すっかり慣れた様子で窓から潜入すると、エミレスはいつものようにベッド隅で蹲っていた。
 その光景に少しばかりの憤りを感じつつもラライは彼女とは対角線上のベッド端へと座った。

「…」

 感情に任せつい来てしまったものの、いざとなっては何を話せば良いのか。
 ラライは何も考えていなかったことに気付く。

「あー、あの、な……」

 ただ一つ確かなことは、自分の言動は人を傷つけやすい。ということ。
 言葉を選んで口に出せと、これまで何度師に拳骨を喰らったかと思い返しつつ、ラライは口を開く。

「……これは王女様とは関係の無い…オレの話しだ。まあ気楽に聞いてくれ」

 深く呼吸をした後に言ったラライの言葉。
 エミレスが、少しばかり反応したように見えた。
 組んでいる二の腕から僅かに顔を上げ、彼女はラライ―――の手元を見ているようだった。
 と、不意にも一瞬だけ、二人の視線が偶然交わった。
 ラライは鼓動が高鳴り、慌てて目を逸らす。
 相手を思いながら話すのは、どうにも面倒で苦手だ。
 と、内心思いながらラライは話を続ける。

「…こう見えてオレは貴族の生まれなんだ………笑うか?」

 おもむろに見たエミレスの顔。
 彼女は彼の話しに興味を持ったらしく、無言のままであったが頭を左右に振って答えていた。

「…王城暮らしほどじゃないが物心付いた頃までは田舎の一等地で何不自由なく暮らしていた」

 と、ラライの表情が段々と、無意識に鋭くなっていく。
 鋭くなる、と言うよりは曇っていく、と例えた方が良いかもしれない。






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