そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
135 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

63連

しおりを挟む








 ようやく会えた、会いたかった相手。
 奇跡のような再会に運命を感じ、思わず彼の手を握り返そうとする。

『―――私は醜い貴方がずっと嫌いだった』

 が、エミレスはベイルの言葉を思い出し、一気に顔色を変えた。
 表情を強張らせ、彼女は慌ててフェイケスの手を払った。
 強いショックと溺れたことでの疲弊が重なったのか、彼女はその場で頭を下げ蹲る。

「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい…」

 ずぶ濡れになった衣服が、重圧のように圧し掛かる。
 冷たくなっていく身体が、凍り付いたように痛む。
 だが、それ以上に彼女の心は痛みと重みでバラバラになりそうであった。
 会いたかった念願の彼を前にしても、その悲痛な想いは晴れそうにない。

「醜くてごめんなさい、戻って来てごめんなさい、私のせいで…ごめんな、さい……」




 薄々感じていた義姉の想い。
 しかし気のせいだと思うようにして、エミレスは前に進むことを選んだ。
 ラライに背中を押される形でありながらも、最近はようやく周囲の視線も気にしないようになってきたところだった。
 そんな中でベイルに言われた言葉。
 それは、エミレスのそうした努力を全否定して、言葉の暴力で突き飛ばしたようなものだった。




「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん、なさい……」

 彼女にはもう、泣きながら謝るしか出来なかった。
 否定された自分について、謝ることしか、浮かばなかったのだ。



 エミレスの突然の謝罪に困惑するフェイケス。
 流石に、動揺を隠せなかった。
 震えながら、蹲りながら懸命に、何かに謝り続ける彼女の姿に、思わず眉を顰めた。

「君が謝る必要なんかない…」

 戸惑うも、彼は彼女の肩に触れた。
 エミレスの肩が更に震え、強張っていく。

「私は…がんばっちゃ、駄目だったんだ……生きていちゃ、駄目だった―――」
「そんなことはない…!」

 そう叫んだフェイケスは直後、エミレスの肩を掴み上げた。
 強引に、彼女の上体を起こし、そして抱きしめた。

「君と出会えたことで僕がどれだけ救われたか…あの時間が幸せだったことか…忘れないでくれ……!」

 力強い抱擁に、思わず驚いてしまうエミレス。
 涙も鼻水も垂れ流した顔を見られたくないと、咄嗟に離れようとするが、彼の力には敵わず。
 
「でも、私は…醜いから……」

 無意識にそんなことを言うことしか出来ない。
 だが、彼の抱擁は更に、より強く、そして熱くなっていく。
 
「醜くなんかない! 君はこんなにも繊細で、それでいて純粋だ。なのに…誰も解っていないのが…堪らなく悔しい……」

 フェイケスの言葉はどんな雨音や轟音よりも、鮮明にエミレスの耳へと届いた。
 エミレスの瞳からより一層と涙が溢れ出る。

「僕の瞳を、髪を見て素敵だと言ってくれた君を…こんなにも素敵な目をした君を……僕は絶対に醜いなんて思わない…!」

 フェイケスの腕から解放されると、エミレスは彼の顔を見上げずに胸板を見つめていた。
 高鳴る鼓動、先ほどまで冷たかった体温が、不思議と火照っていくのを感じる。
 と、おもむろにフェイケスはエミレスの顎を掴み、顔を上げさせた。

「僕は…君が…好きだから」

 真っ直ぐに見つめた、久々の彼の顔。
 エミレスの瞳から、また涙が零れ落ちる。

「わ…私も―――」

 だが、その続きを彼は言わせなかった。
 彼の唇と、エミレスのそれが重なったからだ。
 生まれて初めての口付け。
 本で読んだような、痺れるような感覚も、甘酸っぱい味もない。
 一瞬だけの優しい口付けは、まるで水面に口を付けたような透明な感触だった。





 エミレスは嬉しくてたまらなかった。
 初めて恋をした男性が、同じように好きと思ってくれたことが。
 彼は言ってくれた。
 素敵だと、抱きしめてくれた。
 信じていた義姉の裏切りを、絶望にも近かった悲しみを、彼は見事に断ち切ってくれた。
 そんなことをしてくれたのも、言ってくれた異性も、フェイケスが始めてだった。
 だからこそ、彼女は周りが見えなくなるほどに嬉しかった。
 ずっと願っていたかいがあった。
 信じていたかいがあった。

(ああ、フェイケス。ありがとう…私は、貴方だけは信じていても、良いのね…)

 例えこの先、どんなに恐ろしい何かが待っていたとしても。
 今のエミレスは彼の言葉だけで、充分前へ進められそうだった。
 それほどにフェイケスの言葉は的確にエミレスを射止めた。



 


「今日はもう行かないといけない…だけどまた必ず君に会いに行く。だから…それまで絶対に待っていてくれ……約束だ」

 フェイケスの言葉に、エミレスは黙って頷く。
 頷くことしか、頭が回らなかった。
 先ほどまでの苦痛も、悲しみも、その全てを彼が奪い取ってくれたようだった。
 火照る身体のせいか何も考えられず、彼女は素直に彼の言葉を信じることにした。
 彼に残る不自然さにも気付けないほどに、エミレスは冷静な判断が出来なかった。
 出来るはずもなかった。







しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

処理中です...