そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
170 / 365
第二篇 ~乙女には成れない野の花~

98連

しおりを挟む
   






 彼の言う通りではあると、瞬時にフェイケスは思う。
 先刻、エミレスがその力を扱うところを彼も目撃していたからだ。
 兵器も用いらずに容易く、鉄製の柵をへしゃげさせた強大な力。
 それを意のままに操ってみせた。
 あの頃のひ弱なエミレスであれば、今でも精神的に追い詰めることも可能だっただろう。
 だがもう、あの頃の彼女とはまるで別人になってしまっていた。
 その原因があるとすればそれは―――。
 と、フェイケスは小さく笑った。

「そうか………ようやく理解した。この感情の正体が…」

 そう言うとフェイケスは二人に刃を向けたまま、口を開いた。




「―――俺は、お前がずっと妬ましかったんだ。我らの神に最も近しい力を得ていると言うのに…何も知らず呑気に生きていたお前が…俺には持っていないもの全てを手に入れているくせに、それを知らずに生きていたお前が……」




 ずっとずっと、心の奥底で抱いていた感情だった。
 何も知らず微笑む彼女の顔を見る度に、その感情を押し殺し、だが心の奥では炎の如く燻り続けていた。
 それに気付かないよう接し続けた中、ようやく作戦は決行された。
 やっとこの気持ちから解放されると、楽になれると、心の何処かで思っていた。
 そして、彼女の力が暴走された瞬間、やっと彼女は堕ちたのだと思った。
 そのまま堕ちて、全て失ってしまえと願っていた。
 彼女が消滅することで、ようやくこの感情は消えるのだと思っていた。
 ―――はずだった。
 だが、その願いは叶わなかった。
 だから、彼は今度こそそれと決別をするべく、彼女を此処に呼んだ。




「……これで満足か?」

 フェイケスの言葉に、エミレスは静かに頷く。
 自身の気持ちを語った彼は何処か憑き物が落ちたようで。
 何処か笑っているようにも、エミレスには映った。

「フェイケス―――」

 と、彼女が口を開いたその瞬間。
 フェイケスは屋上の縁の上に立った。
 以前とは違い、彼はロープに繋がれてはいない。

「ならば今度こそ投了だ。もう、思い残すことはない……」
 
 王城よりも高さはなくとも、飛び降りれば一溜りも無い。
 何より、この真下には侵入者対策に設置している鋭い鉄柵が並んでいた。
 突き刺されば命は無いだろう。
 しかし、近付こうにもフェイケスは一向に剣先を二人へ向けて下そうとしない。

「待て!」
「いや…!」

 ラライは制止の声を上げ、エミレスは悲鳴を上げた。
 と、気付けば彼女は無我夢中で駆けていた。
 だが――遅かった。
 フェイケスは背中に体重を掛け、その身体は宙に投げ出されていた。 




「止めてーーー!!」
「エミレス!」

 エミレスはフェイケスを追うように駆け、縁から飛び降りた。
 夢中だったために躊躇も怯えもなかった。
 ただただ、彼を助けたかったのだ。
 助けられるのは自分しかいないと、エミレスは無意識に思ったのだ。

「無茶にもほどがあるだろ…!」

 無謀とも果敢とも取れるエミレスの行動に、ラライは手を出せなかった。
 否。
 手を出してはいけないと、反射的に思ってしまった。
 彼が―――フェイケスが飛び降りる際に見せた刹那の表情から、ラライは悟ってしまっていた。
 その先で仮にどんな結末が待っていたとしても、自分はそこに手を出してはいけない、と。
 何よりも、彼女を信じると誓った自分が彼女を信じなくてどうするのかと。

「アイツ…まだ確証もなかったのに…!」

 次の瞬間、縁の向こう側から眩い閃光が放たれる。







 フェイケスはまるで優しく温かな腕に抱かれている感覚を抱いた。

「ここは天国ノモ…か…」

 眩い輝きにより、いつの間にか閉じていた瞼。
 彼はおもむろに目を開けた。
 眼前には淡く輝く白光の空間が広がっている。
 と、視界から現れた此方を覗き込む顔。

「良かった…」

 エミレスが何故かそこにいた。
「な、何故お前が…!?」

 安堵の息を洩らす彼女の一方で、フェイケスは目を丸くさせる。
 咄嗟にエミレスを払おうと手を出した。
 が、彼女に届くことはなく。
 逆にフェイケスの身体は勝手に彼女から遠退く。

「何だこれは…!?」

 そこでフェイケスはようやく、自分のいる空間の謎に気付く。
 何処が上か下かもわからないような、何処までも真っ白な空間。
 体は水中にいるかのような感覚で、しかし呼吸は出来る。
 身体を泳がせなければまともに進むことも出来ない―――不思議な空間の中に、フェイケスはいた。

「まさか…エナの力、なのか……」

 改めてフェイケスはエミレスに視線を向けた。
 彼女は笑みを返した。
 はにかむような、悲しみを隠すような、そんな笑みを。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...