そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
226 / 365
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

48案

しおりを挟む
    







「まさか…いつの間にかロム使いになっていたというのか…僕は…」
「そう聞いたかも、確か。選ばれた人間は対象に触れることでエナを操れるんだってね」
 
 隠れ里ではヲーニイーアにしか使えなかった秘術。
 それを会得出来ればと願った時期もあったが、こればかりは生まれ以っての才であると言われ、すっかり諦めていた力でもあった。

「まさか…今頃選ばれていても……何の役にも立たたないだろうに…」

 複雑な心境に俯き、悲観するヤヲ。
 そんな彼を後目にチェン=タンは飲み薬をずずいっと彼の目の前に押し出す。

「飲むの飲まないの? そんなことは良いからー。けど今飲んどかないと『革命』決行のときに目と腕使えないよー?」

 チェン=タンはそう意地悪っぽく言って笑う。
 ヤヲは顔を顰めつつも、仕方なく飲み薬を受け取った。
 無味無臭の、透き通った緑色の液体。
 それまでは必要なものだと信じて摂取していたが、改めて見直すとそれはとても悍ましい激物にしか見えなくなっていた。
 だが、これを飲まなければ義眼も義手も燃料不足となり動かなくなってしまう。
 そうなれば望んでいた復讐も果たせなくなってしまう。
 ヤヲには飲む以外の選択肢はなかった。
 彼は意を決してそれを飲み込んだ。

「う、ぐっ……!!」

 喉元を流れ落ちていく感触と共に、ヤヲはこれまでとは違う感覚に襲われた。
 疲れ、苛立ち、不安…そう言った負の感情から解放してくれるような快感。
 だがその一方で爆発的な全身の活性化が、熱さと激痛となってヤヲを襲う。
 炎で焼かれるような熱さと針で刺されたような痛み。
 思わず手にしていたガラス瓶を落とし、ヤヲはその場に蹲る。

「―――ッ…これ、は……?」

 恐ろしいのはそんな痛みすら快感と錯覚しそうになっていること。
 ヤヲは意識を失いそうになるが、寸でのところで何とか精神を落ち着かせ、意識を保てた。
 全身から吹き出る汗と涙をそのままに、ヤヲはチェン=タンを睨み上げた。

「やっぱ君最高だね、すごいすごい!」
「いつもの…薬とは…違うじゃない、ですか…こんなこと、今まで一度も…なかった…!」

 崩れ落ち、両膝をついたまま尋ねるヤヲ。
 片やチェン=タンはといえば、無邪気にはしゃぎ、喜びに拍手をしていた。

「配合強めてみたんだ。いつもよりちょっと。これで今まで以上にパワーアップ!」
「馬鹿か貴方は! 今のは確実に…命に係わる状態だった…」

 間違いなく、あの感覚は死の一歩手前だった。
 激痛の感覚こそ落ち着いてきたものの、薬の副作用なのか身体中が震えていた。

「でも君生きてるし、何も後遺症もないみたいだし、やっぱ『選ばれた人間』はすごいねー」
「これ…誰かで試しているんですか…」
「内緒だね、それは」

 他人事の口振りにヤヲの苛立ちは募る。
 だが深く呼吸を繰り返し心落ち着かせると、ヤヲは辛うじてその場から立ち上がり、静かに踵を返した。

「もう良いです…ただし」

 ヤヲの足が止まる。

「貴方との関係はこれで終わりです」
 
 顔を顰めたのはチェン=タンだった。
 彼は急ぎ歩み寄り、ヤヲの顔を覗き込もうとする。

「どして? エナがないと君の腕と目は…」

 しかしヤヲは答えることなく歩き出した。
 チェン=タンの呼びかけに振り返ることも、止まることもしない。
 一人になり、ヤヲは鋼鉄の義手を強く握り締めた。
 復讐を誓う今において義手これは必要不可欠な武器だ。
 が、目的を果たした際には不要となるもの。
 復讐が叶った暁には、彼は義眼も義手も手放そうと思っていた。

(それにこれ以上、エナと…チェン=タンと係わるべきじゃない…)

 それに常々思っていた。チェン=タンと―――彼が扱う品々と、これ以上繋がりを持ってはいけないと。
 彼に近付けば近付くほど、関われば関わるほど。深い深い泥濘の奥底に沈められていくような不穏な感覚に陥ってならないのだ。

(復讐さえ…あの女さえ倒せられれば……)

 薬の作用か、何度か倒れそうになりながらも、ヤヲは何とか宿へと戻っていく。
 その後の記憶は曖昧だった。
 どういった足取りを辿ったのか、誰と話したか話していないかも覚えていなかった。
 ただ覚えていたのは、暗く深い闇の中に落ちていくかのような、そんな泡沫の夢だけだった。






   
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

【完結】愛されないと知った時、私は

yanako
恋愛
私は聞いてしまった。 彼の本心を。 私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。 父が私の結婚相手を見つけてきた。 隣の領地の次男の彼。 幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。 そう、思っていたのだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...