そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
237 / 365
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

59案

しおりを挟む
    



 


 ヤヲが絶叫する中、ニコは狂った笑いを浮かべながら彼目掛け突撃してくる。
 だが武器を受け止める術は既に折られてしまっている。まともに動ける状態でもない。

「あづいあづいあづいあづいよおおッ!!」

 不気味な笑い声と同時に、ニコの真っ赤な剣がヤヲの顔面へと伸びる。ヤヲは覚悟し、目を細める。
 と、次の瞬間。ニコのか細い腕の動きが止まった。

「!?」

 突如、がっしりとニコを掴み上げた大きな手。それは容易に彼女の腕をへし折った。

「……やっと、掴まえたぞ…」
「ギャアアァァッ!!」

 断末魔のような叫びを上げるニコ。
 その激痛と反動で彼女が持っていた剣が、地面へ突き刺さる。
 ヤヲはニコを掴む男の顔を見上げた。

「レグ…!」

 痛みに暴れ狂うニコを羽交い締めしつつ、レグはヤヲと瞳を交える。

「すまない…ニコが、突然暴走して…この様だ……」

 言われなくとも判る事実。
 レグの腹部には赤黒い血が流れ続けていた。
 そんな彼が決死の思いで押さえ込んでいる最中にも、ニコは笑い声を上げ、狂ったように暴れ続ける。

「ニコを…ニコを元に戻す方法を知らないか…?」

 見たこともないレグの必死の形相。
 しかし、生憎ヤヲもその方法は知らない。『知らない』と言うよりは『方法がない』と言った方が正しいだろう。
 体感したヤヲだからこそ感じている結論だった。
 
「…多分、ニコはもう―――」
「そうか……もう俺たちは…だめだ…お前は、リデと、合流…しろ…」
「そんな…もしかしたら二人共助かる方法があるかもしれないのに…!」

 可能性が全くないわけではない。
 ニコをこんな状態に貶めたチェン=タンあの男ならば僅かだが、助ける手立てを知っているかもしれない。
 だが、レグはヤヲの言葉に耳を貸すことはなく。
 折れた腕を振り回し、まるで駄々っ子のように暴れ狂うニコをきつく、きつく、抱きしめ続ける。

「俺は…復讐という言葉に託けて死ぬ方法を探し彷徨っていただけの人間だ…それがいつしか…せめてこの子たちだけは、今度こそ守りたいと…思うようになっていた、が……それが叶わんのならば、この命に、もう意味もない……」

 そんなことはない、と叫ぶことはヤヲには出来なかった。
 それは少なからず、ヤヲ自身にも当てはまる言葉であったからだ。 
 同じ立場であったならば、同じことをしていた人間だったからだ。

「お前は行け…そしてあの子を……リデを守ってやってくれ…」
「―――貴方とは…もっと早くに、沢山話をしてみたかった…」

 ヤヲはそう言うと静かに踵を返した。
 振り返ることはなく、レグとニコの傍から去って行く。

「……俺も、だ…」

 去り行くヤヲの背をある程度眺めた後、レグはニコが手放した剣を地面から抜き取る。

「ニコ…寂しい思いはさせない…俺も一緒に逝く……!」

 そう言うと彼は最期の、渾身の力で、その剣をニコ諸共自分の心臓目掛け、突き刺した。
 狂気に荒れ狂っていたニコは悲鳴を上げ、次第にぐったりと力を失っていく。
 レグもまた、その場に崩れ落ちた。ニコに刺した剣はレグをも貫いていた。

「はなぜっ! はなぜっ!! あづいっ! あづいのにっ!!」

 ニコは荒い呼吸を繰り返しながらも必死に抵抗し、更にはレグの腕にまで咬みついた。
 もう彼女は『ニコ』としての意識は無くなってしまっているようだった。
 だが、それでもレグは彼女だけは、この子だけは放すまいと、懸命に渾身の力を込めて抱きしめ続ける。

「……ニ、コ…」

 その姿は娘を最後まで守ろうとする父親と同じようであった。
 次第に朦朧としていく意識の中、ニコの力もまた徐々に弱まっていき、静かになっていく。

「…こわい、よ…こわいよ……パパ……」

 最期に彼女はその大きな瞳に涙を浮べ、か弱い声でそう呟いた。
 レグは彼女の言葉を耳にする。
 そして口角を上げ、彼女の頭を優しく撫でながらゆっくりと瞼を閉じた。

「もう、怖いことは、ない…」

 彼女に届くか届かないかの、穏やかな声でそう囁いて。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...