そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
240 / 365
第三篇 ~漆黒しか映らない復讐の瞳~

62案

しおりを挟む
    






 森の中。地面に滴り落ちている血痕。
 その血痕はまるで辿ってくれと言わんばかりに、何処かへと続いている。
 会食場とは違う、別の場所へ続いていた。
 キミツキはその血痕を辿りつつ、最後に途切れているその建物へ着いた。
 片膝を上げ、両開き式の大きな扉をゆっくりと開け放つ。
 建物の内部は小ぢんまりとした外見とは一変してとても広く、天井も高く造られている。



 真下を見れば、その床にもまだ新しい血痕が点々と残されていた。
 そうして、血痕を辿っていった先―――真正面の人物を見つけ、キミツキは顔を顰めた。

「よもや…こんな場所で死霊と出会えるとはな…」

 血痕の主が辿り着いた場所、そこは女神と呼ばれるようになった嘗ての女王、アドレーヌが眠る聖堂であった。
 透明なエナ石に閉ざされた女神アドレーヌが眠り続けられるようにと、何度となく建て直されている聖堂。
 だがその反面、女神アドレーヌは一向に老いることもなく、巨大な晶石の中で変わらずに眠り続けているのだという。
 そんな麗しい女神のお姿をキミツキは生まれて始めて見た。
 そして、キミツキと対峙している彼も同じく、此処に訪れたのは生まれて始めてだった。

「それにしちゃあ随分と落ち着いてるな。もちっと驚けよ」
「充分驚いている。が、部下の何名かが言っていたもんでな…『反乱組織の首領は死霊だった』とな』」

 眉を顰めながらそう言うと、キミツキは掴んでいた剣の柄を放す。
 代わりに、結晶体の傍らで虫の息となっているその男の胸倉を掴み上げた。

「久々の再会でその歓迎かよ…リュウジ」

 久しぶりに彼から名を呼ばれ、燻る熱いものにキミツキはより一層と顔を顰める。
 このまま懐かしさに感けて思い出話でも出来たならばどれだけ良かったことだろうか。
 そう思いつつ、キミツキの手は更に力が籠っていく。

「―――ラショウ。何故お前は…お前がこんなことをした…!」

 瞳に捉えている男の姿に、キミツキは哀れみと悲しみ、そして憎しみを覚えた。
 横暴にも見えるそのふてぶてしい態度を見せるその敵は、紛れもない幼馴染みであり親友でもあった男そのものであった。

「…その名は捨てた。今の俺はロドだ。そう呼べよ」







「放せって…こちとらもう抵抗する力も残ってねえってのに…」

 ロド、と名乗った幼馴染みにそう言われ、仕方なくキミツキはその手を放す。
 ずるりと、再度結晶体へと凭れ掛かるロド。

「目的は、復讐か…」

 その問いかけにロドはくくっと喉を鳴らすように笑い出した。
 懐かしい彼の悪癖にキミツキは眉を顰める。

「復讐―――なんてカッコイイもんじゃねえよ……俺はただただ、この国を変えてやろうってダサいこと思っていた。それが使命だと、思い込んでいただけだ…」

 確かに始めは復讐心で、上官を、アマゾナイト腐ったままの軍を、国を憎しみ恨んでいた。
 だが、次第にロドの動力源は復讐心から使命感へと変わった。
 義心臓を与えられ、武器を与えられ、組織を作り、その間の彼は自分に不可能なことなどないとすら思っていた。
 思い上がっていたのだ。それが既に誰かの手の上で踊らされた策謀だとも気付かずに。

「気付いたときにゃあ似たような傷を持った連中が集っていた。俺をリーダーと敬っていた。こんな俺を慕ってくれたあいつらは間違いなく…俺の大切な仲間だったんだよ……」
「ならば尚更何故このような無謀なことを計画した? 義賊にでもなりたかったのだとしても…今回のは余りにもずさんで凄惨だ」
 
 キミツキがそう言って諌めるのも無理はない。
 彼が此処に辿り着くまでに目撃しただけも、敵味方双方に甚大な被害が出ていた。これはもう義賊の革命というよりは殺戮者の惨劇でしかなかった。

「…そりゃあこの状態見りゃ分かんだろ…武器も計画も俺らはから実行したまで……結局は、俺らは奴の都合の良い道化でしかなかったってことだよ……」

 そう言ったロドの顔が、一瞬だけ歪む。
 常に勝気でいる彼が稀に見せるその顔は、何よりも無力な自分に悔いているときの顔だった。
 死して尚、そんな顔を見せる友男に、キミツキはやるせなさと歯がゆさを覚える。

「……黒幕がいるということか…お前を死霊にしてまで利用した…それは一体誰だ…!?」

 キミツキも気になっている点ではあった。
 反乱組織ゾォバは兵器を用いて上手く誘導し、そして警備の目を掻い潜って会食場内へ突撃した。
 まるで何処にどの兵が配置されているのか、全て知っているかのように。
 それはつまり、ロドたちへ情報を売った裏切り者がいる。それが黒幕なのではと、キミツキは推測していた。

「…言ってどうにかなる相手じゃねえよ…だが、そうだな…此処で会ったのも縁って奴か……忠告はしてやる」

 キミツキの熱意に対して、ロドは相変わらず冷めた様子でそう返し、続けて言う。

「これは恐らく…ほんの序の口でしかねえ……」
「この大事件が…序の口、だと…?」
「あいつの目的自体は道化でしかない俺にはわからねえ…が、あいつのやってる行為の先に待つのは……間違いなく王国の破滅だ」

 ふざけた言葉にしか聞こえなかったが、ロドの真っ直ぐな双眸が真実だと語っているようで。
 懐かしいその眼差しに、キミツキは信じざるを得なかった。元より、この男は隠し事こそすれど昔から嘘は下手くそだった。

「だから…お前らアマゾナイトは……せめてお前は、変われ。王国の道化にはなるな…もうじきあいつは王国すらも手にするだろうからな……」

 さもなくば、その先に待つ未来は―――滅亡しかない。

「…とまぁ、実を言うと…これは俺のただの直感…なんだけどな……」
「……それは困る。お前の直感はよく当たるからな…」

 口角を上げ語るロドへ、釣られるようにキミツキも苦笑を洩らした。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

処理中です...