そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

文字の大きさ
253 / 365
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

3項

しおりを挟む
    






 ソラの兄、セイランは王都でアドレーヌ王国平和維持軍『アマゾナイト』の職に就いていた。
 アドレーヌ王国国王より認可を受け、王命とは別に独立で治安維持行為が許されている軍団。
 平民が一番手っ取り早く出世できる職・第一位と称される一方で、門を叩くことすら平民には難しい高い壁とも言われている。
 そんな『アマゾナイト』の任務には時に、過酷なものや王国の機密に関する任もあるとかないとか。
 おそらく、セイランもそういった『アマゾナイト』の秘密の任務でこの箱を預かってほしいのだろう。と、ソラは勝手に解釈した。
 ソラは木箱をがっちりと握り締めると、片手の親指を突きたてながらとびっきりの笑みを浮かべた。

「わかった任せてよ! この箱は絶対誰にも渡さないし開けないから!」
「……ああ、ありがとう。約束だよ」

 そのときに見せたセイランの―――時おり見せる作ったようなその笑みをソラは今も鮮明に思い出せる。
 その後、二人は他愛のない兄妹間の会話をし、別れた。
 別れ際、集団移動エナ車―――通称エナバと呼ばれている―――に乗り込むソラへ、セイランは言った。

「ソラ。本当に、すまないな……」

 思わずソラが振り返った先では、何処か寂しげな兄の顔があった。
 ソラは一瞬顔を顰めてしまったが、直ぐに笑みを作って言った。

「良いの良いの気にしないでって! あたしは兄さんとちょっとだけでも会えるのが楽しみなんだからさ!」
「そうか。ありがとう」

 最後部の席に座ったソラはすぐさま窓越しにセイランを見た。
 間もなく、エナバは発車し兄の姿は遠く、小さくなっていく。
 しかし地平線の向こうへ隠れてしまうそのときまで、セイランはいつものように満面の笑みで手を振り続けてくれていた。
 返すようにソラも両手を振り続ける。兄の姿が完全に見えなくなってから、ソラは名残惜し気に席へ座った。
 いつもと変わらない兄との再会。思い出すだけで顔がほころぶ。
 が、しかし。いつもとは違った僅かな違和感―――別れ際に見たセイランの寂しげな表情が、ソラは頭から離れないでいた。

(なんであんな顔してたんだろ……)

 もしかして兄に不穏なことが起ころうとしているのだろうか。
 そんな一抹の不安を感じつつ、ソラはおもむろにプレゼントのペンダントを握り締め、祈った。

(どうか兄さんの身に何事もありませんように……)








 それがほぼ一日前のことであった。
 ソラはそれからエナバで夜を明かし、早朝には終点の町へと辿り着いた。
 故郷の村にはそこから更にエダム山の麓近くまで、森林の中を歩き続けることになる。
 王国最南端の村であるが故にここまでの遠乗りなのだが、それでも兄に会えるならばソラは何ら苦には感じてはいなかった。
 だが、今日は違った。
 男たちに突如迫られ、追い駆けられ。今までで最低最悪の帰路となった。
 兄の身を案じていた彼女自身が厄介ごとに巻き込まれるとは。全く以って思ってもいない展開だった。




「大人しく鍵さえ渡してくれればてめぇに危害は加えないって約束してやるよ?」
「嘘つけ! めちゃめちゃ悪人って格好してるアンタらを誰が信用するってさ! それにさっきから『鍵』なんて知らないってずっと言ってるでしょうが!!」

 と、叫ぶソラ。
 だがしかし、本当は知っていたのだ。彼らが『鍵』と呼ぶものの正体を。
 十中八九、兄から預かった箱だとソラは思った。
 あの箱の中からは金属音がしていた。大きさ的にも『鍵』のようなものが入っていても可笑しくはない。
『鍵』の正体を確信したソラは、ぐっと目の前の二人組を睨みつけた。

(絶対に何があっても渡すもんか! 兄さんと約束したんだから…!)

 威嚇体勢に入るソラを目の前にし、二人組の一人が仲間に目線を送る。

「あの様子じゃ何が何でも渡さねえって感じですぜぃ…どうしやすアニキ?」

 小太りな男の問いかけに、傍らの男はボサボサの茶髪を掻きながら睨んだ。

「んなもんはなあ、とっ捕まえて身包み剥がしゃあいいだけのことだろーが」
「ああ、なるほど」

 そんなやり取りをした後、二人は改めてソラへ視線を送る。
 強がってこそいるソラだが、相手は大の男二人。父親から剣技を教わったことがあるとはいえど、今はその手に剣も武器も何もない。
 次第にゾクゾクと、恐怖のような感覚に襲われるソラ。自然と唇や手足が震え出してしまい、それを懸命に堪えようとする。
 荒くなっていく呼吸を隠そうと、ソラはゆっくり静かに後退りをしていく。

「おっと動くなよ!」

 が、突如。男がソラへ剣を向けた。
 その長い剣先は、ソラの目と鼻の先で止まる。一瞬にしてソラの全身から汗が噴き出した。
 
(もう駄目だ…!)

 そう思い彼女は覚悟する。しかし、それは『鍵』を渡すという覚悟ではなく。
 例えこの身がどうなろうとも、『鍵』だけは決して渡さないという覚悟だった。






    
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

繰り返しのその先は

みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、 私は悪女と呼ばれるようになった。 私が声を上げると、彼女は涙を流す。 そのたびに私の居場所はなくなっていく。 そして、とうとう命を落とした。 そう、死んでしまったはずだった。 なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。 婚約が決まったあの日の朝に。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ひめさまはおうちにかえりたい

あかね
ファンタジー
政略結婚と言えど、これはない。帰ろう。とヴァージニアは決めた。故郷の兄に気に入らなかったら潰して帰ってこいと言われ嫁いだお姫様が、王冠を手にするまでのお話。(おうちにかえりたい編) 王冠を手に入れたあとは、魔王退治!? 因縁の女神を殴るための策とは。(聖女と魔王と魔女編) 平和な女王様生活にやってきた手紙。いまさら、迎えに来たといわれても……。お帰りはあちらです、では済まないので撃退します(幼馴染襲来編)

処理中です...