そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

4項

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 溢れ出る恐怖に負じと、ソラはその指先を目の下においた。

「アンタらなんかに負けるわけないし、バーカ!」

 それはソラにとって決死の挑発だった。死を覚悟した人間だから成せる業とも言うべきか。
 あかんべーをして見事に相手の逆鱗に触れたソラ。
 憤りの余り呆気にとられた相手の一瞬の隙をつき、彼女は即座に踵を返した。

「ああ、アニキ!!」
「くそ、あのガキ…なめやがって!!」

 そうして男たちに背を向けるなりソラは、元来た道―――洞穴内の奥へ駆け戻っていく。
 少しでも、出来るだけ遠くに逃げて、その間に鞄ごと『鍵』を何処かに隠してしまおうとソラは考えたのだ。
 だが、しかし。

「あ、わあああっ!」

 ソラの乾坤一擲は無情に終わる。
 運悪く地面の石に躓いて転んでしまったのだ。

「逃げようと思ってたようだが、そんなとこですっ転んじまって…残念だったなあ!」
「しっかり挑発してくれたんだからな…ただで帰れると思うなよ…!!」

 怒声と共にゆっくりと近づく足音。
 徐々に近づくその恐怖にソラは振り返ることさえ出来ず。倒れたまま、思わず固く目を瞑った。
 万事休す。その言葉がソラの脳裏を過ぎり、最悪の結末を受け入れようとしていた―――そのときだった。





 突如、洞穴の向こう―――ソラの前方から突風が吹き抜いた。
 まるで竜巻のようなその突風は、大の大人である男たちを紙屑のように吹き飛ばした。
 彼らは抵抗虚しく転がるように洞穴の外まで飛ばされてしまう。
 一方でソラはというと、運よくうつ伏せに倒れていたためか、突風による直撃を免れていた。
 僅か髪の先で吹き荒ぶ突風それを肌で感じたソラ。

(…あったかい、風…)

 と、不意に思った。

「ぐへっ!」
「がはっ!!」

 洞穴の出口まで一気に吹っ飛ばされた男たち。
 弟分らしき小太りの男の上にもう一人の屈強な男が乗っかかる。

「お、重い…ですぜぃ…アニキ…」

 が、彼の言葉に耳も貸さず。
 兄貴分の男は顔を顰めた。

「い、一体何が起こったんだっ!?」

 まるで全身を思いきり殴られたような痛み。地を転がったせいによる眩暈に顔が歪む。
 と、男は不意に前方を見上げた。
 ソラが倒れる更に奥―――洞穴の奥から響く足音と、その殺気に気付いたからだ。

「おい起きろバカ!」
「アニキが、乗っかってるから…起きれないんですぜ…!」

 弟分の訴えに謝罪することもなく、兄貴分の男は立ち上がり剣を構え直した。
 次いで立ち上がった弟分も同じく、持っていたナイフを取り出して臨戦態勢となる。

「な、何が…どう、なって…?」

 未だ洞穴内で突っ伏したままのソラは現状がわからず、困惑するばかりだ。
 と、そこでようやく彼女も近付いてくる足音に気付いた。

「だ、誰…?」

 その者は颯爽とソラの傍らを通過していく。
 彼女に見向きもしない様子からして、どうやら男たちの仲間というわけではないようであった。

(もしかして…アマゾナイトの人…?)

 まさかの救世主を急いで確認しようとするソラだったが、腰が抜けてしまったらしく。ソラの身体は思うように動かない。
 彼女は状況を把握することが出来ないまま、しかし事態は進行していく。



「―――女の子一人に大の男が二人掛かりだなんて……随分と醜い真似しているのね」

 救世主はそう口を開き、悠然と洞穴の暗闇から姿を現す。
 日の光に照らされた救世主を見るなり、男たちは驚愕に目を丸くした。

「な、なんだコイツは…!」
「ア、 アニキ…!」

 その震えた声色からもわかるほどの動揺を見せる男たち。
 だが、彼らは狼狽えながらも逃げることはせず。

「とにかく…俺らの邪魔する奴はやっちまえ!」
「了解しやした!」

 律儀にも果敢にも愚直にも。救世主へと飛び込んだのだろう男たちの、雄叫びがソラの背後から聞こえてきた。
 男たち二人に対し、その救世主はおそらく一人だけ。数の差では不利と思われた。

「だ、だめ…逃げて!」

 ソラは救世主の身を案じ、思わず叫ぶ。
 しかし。次の瞬間に聞こえてきた悲鳴は、男たちのものであった。
 
「うべあぁぁぁっ!!」
「うぐえぇぇっ!!」

 しかもそれは衝撃や痛みで叫んでいるというよりは、絶望し恐怖したかのような情けない叫び声だった。

「く、くそ…一旦退却だ…!!」
「お、お、覚えてろ…!」

 と、去り際だけは威勢よく、まさに負け犬の遠吠えらしい台詞を吐き捨てて。
 男たちはあっという間に、逃げるように何処かへと消えていったようだった。






   
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