そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

23項

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 旅館内に入ったソラとカムフは静かにエントランスのソファへと座り込む。それから同時に深いため息を吐いた。

「なんか変な汗もかいたしドッと疲れちゃった」
「まあでも村の周囲は警備してくれるみたいだし、これで取り敢えず一安心だろ」
「そうだけど」

 そう言って不満げな顔を見せるソラ。
 嘘偽りはないように見えるが意味深な言葉を残していったあの男ジャスティンをソラはまだ完全に信じてはいない。
 
「―――あら、そこまで悪そうな男には見えなかったじゃない」

 と、階段を下りながらそう話すのはロゼだった。
 怪訝な顔を浮かべるソラへ彼は口角を上げて言った。

「アマゾナイトだって何もかも醜いわけでもないでしょ? だったら先ずは安心して過ごしなさい」
「い、言われなくったって!」

 鼻で笑ったような言いぐさにソラは思わず口を尖らせて反論する。
 ロゼと出会ってまだ三日程度でこそあるが、彼のはある程度理解出来たとソラは自負していた。
 それは、物事をかで判断している。ということだ。
 しかし今のところ彼の口からはという言葉しか聞いていないのだが。

「そうですね。何だったら『鍵』についても説明しちゃって良かったような気も…」
「それは絶対ダメ! アイツの態度好きくないから!」

 ソラはそう言うと強くかぶりを左右に振る。そんな頑固なソラを見つめカムフは人知れず苦笑を洩らす。

「まあまあ、そんな毛嫌いしなくても…」

 八重歯を剥き出しにするソラを宥めるカムフ。
 と、ロゼはおもむろに踵を返し、再度階段を上っていった。

「あ、後で昼食お持ちしますね」

 カムフの言葉に軽く手を振りつつ、ロゼはそのまま自室へと戻っていった。
 その姿が見えなくなるのを確認すると、ソラはぐいぐいとカムフの服袖を引っ張った。

「ねえねえ、結局何しに来たの?」
「多分様子を見に来てくれたんじゃないか?」

 カムフは服袖を引っ張られたまま、思案顔を浮かべて話す。

「あー見えてソラのこと結構心配してるみたいだからさ」

 すっかりロゼの味方となってしまっているカムフに、ソラはふくれっ面を見せる。
 不機嫌な彼女はソファから立ち上がると玄関ドアを勢いよく開けた。

「どうしたんだ?」
「帰るよ。父さんの昼食用意し忘れてたし…村の外に出なきゃ大丈夫だってわかったからさ…」

 意外にもソラの返答には怒りもなく落ち着いたもので。その意外さに閉口してしまい、カムフは彼女をそのまま帰した。



 また一人、自宅への岐路に立つソラ。
 道すがら小石を見つけると彼女はそれを蹴っ飛ばしながら歩いていく。その表情は不機嫌そのもの。
 
「わかってるよ! あたしの方が大人げないってのはわかってるよ!」

 誰に言うわけでもなくそう叫んで小石を思いっきり蹴っ飛ばす。
 ガキっぽくという自覚はあった。
 だが、それでもソラはロゼのような異質な存在を受け入れられずにいた。
 外見面もそうだが、それ以上に彼女の稚拙な直感がロゼをまだ認めたくないと訴えていた。
 ソラはかなりの負けず嫌いだった。

「確かに剣で人を斬ったことなんてないけどさ…でもさ、今度こそちゃんと自分の身は守れるようにするし」

 そう一人呟き不貞腐れるソラ。
 
「てかアイツもさ、仕事とか終わらせてさっさと帰っちゃえばいいのに…」

 彼女は暫くその場に蹲り、頭を抱えていた。その様は少々異様であったが、生憎とそれを見かけた村人はいなかった。
 と、ソラは突如閃いた。

「そうだ! 冒険譚あの本の題材探しだってんだから…何か題材になりそうなものをさっさと見せちゃえばいいんだ!」

 名案とばかりに両手を併せるソラ。
 だがしかし。以前も言った通り、この村には大した観光名所などない。
 一応題材になりそうな話題にこそあったが、それには触れるつもりはなく。
 そうなると、その他に目が付くものとなれば霊峰と呼ばれるエダム山くらいだった。

「ってか…そうだ…別に本当の話題とかじゃなくてもいいんじゃん! 作っちゃえばいいんだ、それっぽい伝承とか噂を!」

 虚偽の伝承などカムフに突っ込まれれば一発でバレてしまうわけなのだが。
 ソラは全く気付く様子もなく早速作戦準備に取り掛かるべく、急ぎ足で家へと帰っていった。






    
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