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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
33項
しおりを挟む山中でのあの探索から一週間が経った。
アマゾナイトの警備もあってか例の賊たちとは遭遇することも、姿を見かけたと聞くこともなく。
ソラはまた、以前の平穏な日常を取り戻していた。
のだが。その一方で未だ変わっていないものもあった。
「あーもう! なんなのこれ!!」
『ツモの湯』で轟くのはソラの声だ。
苛立ちに顔を顰めている彼女の手には箒とはたきが握られている。
エプロンにバンダナという清掃用の格好でいる彼女はその怒りの矛先を背後のカムフへとぶつけた。
「もう永遠に終わらないって!」
「まあまあそう怒らず…ほんの十年くらい放置しちゃってただけだからさ」
そう言いながらカムフははたきで丁寧に本棚の埃を落としていく。
二人は現在旅館内にある倉庫―――もとい書庫の掃除をしていた。
近年は開けることもなく、随分と長い間ほぼ封印状態であった書庫。
それ故、山のように積もっている埃と塵に二人は悪戦苦闘を強いられてしまい。数時間掛かってようやく半分が終わった状態であった。
しかし何故、そんな場所を今更になって掃除しているのか。
その原因は単純明快だった。
「それもこれも全部アイツが……『書庫の本をもっと読んでみたい』って言い出したせいだってのに!」
「アイツって…ロゼさんのこと?」
「当ったり前じゃん!」
自称冒険家であり、現在唯一の客であるロゼ。
賊たちはすっかり消え失せたわけだが、一方で彼の方は今も宿泊中であった。
「やっぱ冒険家だし色々調べてみたいんだろ」
「そんな理由だけで数時間も埃やらと格闘したくないんだけど! これで報酬がカムフの晩御飯じゃ割に合わないって!」
ソラの嘆きは再度、旅館中へ響き渡っていく。
怒り心頭なその様子に苦笑いを返すことしか出来ないカムフ。しかも彼女の憤りはそれだけでは収まらない。
「しかも! 言い出しっぺが掃除しないってどういうこと!?」
そう言ってソラは怒りの込められた指先で書庫の外―――扉の向こう側に立つロゼを指差す。
差されたロゼは僅かに眉を顰めつつ反論した。
「客人だもの。当然でしょ? それに…埃塗れで醜くなるのは御免だわ」
「こっちはお蔭様で埃塗れなんだけど!?」
怒鳴り声と共にソラは持っていた雑巾を投げつける。
が、それもひょいとかわされ、ロゼは廊下の向こうへと去っていく。
「ちょっと! 何処行くのさ?」
「まだまだ終わらなそうだから…少しその辺散策してくるわ」
ロゼはそう言うと急いで駆け寄るソラよりも早く、姿を消してしまった。
行き場を失った憤りは古い床に八つ当たる。
「これだもん! ホント…あんなののためにカムフもノニ爺も親切にし過ぎだって…!」
「それはお客さんだから。それに前々からずっと掃除しないとなって思っていたから丁度良い機会だったからな」
ソラを宥めつつ、カムフは木製の壁を丁寧に乾拭きしていく。
「それにさ…なんだかんだ言いつつソラだって最初は乗り気で掃除してただろ?」
「そ、それは…あたしが綺麗好きなだけだし! もういい!」
ソラは顔を真っ赤にし、即座にかぶりを振って否定する。
彼女はふくれっ面のまま大人しく掃除を再開した。
どうやらカムフの言葉が相当効いたらしいようで。そんな彼女の様子を眺め、カムフは人知れず笑みを零した。
この一週間。
ソラは徐々にロゼとの距離を縮めつつあった。
未だ認めたくない部分もあるせいかムキになることも多いが、それでも以前よりは歩み寄ろうとしている節もある。
何より、一週間前のソラならばロゼのために掃除など猛反対していたに違いない。
そこから考えれば大きな一歩だと、カムフは思っていた。
「でもさ…ホントにアイツって何を目的にこの村にいるのかな…?」
「またその話か? だから冒険家としてこの地域を取材したり調査したりしに来たってことだろ?」
「だとしても、何か変じゃん」
口許に巻いたバンダナ越しに唇を尖らせるソラ。
彼女は不満げな表情のまま、先ほど自分が投げた雑巾を拾った。
「変って?」
ソラはおもむろに分厚いカーテンを捲り、窓を覗く。
そこから臨む景色には、丁度何処かへ歩いていくロゼの後ろ姿があった。
「確かに『この村』には何にもないよ。けどさ…一つだけ有名なものがあるじゃん」
「エダム山か……ッ…まさかこの旅館のことを―――」
「違うよ」
即否定され寂しげな目線をソラに向けるカムフ。
しかし彼の双眸に気付くことなくソラは話を続ける。
「……父さんのことだよ」
「…そっ……そう言えば…そうだった…!」
カムフは壁掛け式の鏡掃除の手を休め、思案顔を浮かべた。
「『この村を調べに来た』って言ってたから…すっかりそこは考えてなかったな……けどまあ、一時期有名過ぎて色んな人が取材に来てたわけだし。おじさんのことで改めて本に書くようなことなんて何もないからなんじゃないか?」
「だとしても! あの賊みたいなバカならともかく、色んな調べものしてるはずのアイツが父さんの名前も―――あの日についても一切口に出さないなんて…なんか変じゃん!」
これまでのように鼻息を荒くし意気込むソラ。
カムフは彼女が言ったあの日という言葉に眉を顰めるが、直ぐに吐息を洩らして答えた。
「おじさんのことも…あの日のことも、もうそれだけ過去話になったってことだろ? 流石に考え過ぎだぞ、ソラ」
ようやくそんな言葉を絞り出したカムフは止まっていた手を動かし、掃除を再開する。
「アレコレ考えてもしょうがないだろ。それより早く掃除終わらせようぜ」
と、ありきたりな台詞でまとめ、その会話は終了となった。
半ば強引な終わらせ方にソラはしばらく不満げな顔をしていたが、日が傾いていることに気付くと渋々箒を手に取り、再度埃との格闘を始めたのだった。
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