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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
72項
しおりを挟む夜空は黒く、煙は灰色よりも濃く、そして遠くに臨む炎は紅く。
そんな光景の中を駆けるソラは内心震えていた。
(あたしだって…あたしだって…!)
煙たさのせいか感情の昂りのせいか、次から次へと涙が溢れてくる。
それでも、ソラはこれが武者震いの猛りだと思い込ませ力強く自分の拳を握った。
父の言葉が、ロゼの後ろ姿が彼女を前進させていく。
「―――うああぁぁっっ!!」
そうして、ロゼと灰燼の怪物が対峙する姿を発見するなり、ソラは掛け声と共に二人の前へ飛び出した。
「ソラっ!?」
「ハハッ! 小便ちびらんでよお立ち直ったもんやな! その意気込みは気に入ったわ」
互いに正反対の反応をするロゼと灰燼の怪物。
心配するロゼを他所にソラは灰燼の怪物の死角を突き、短刀を振るう。
彼女の渾身の一撃はひらりと避けられてしまったものの、充分な間合いを取れる分までは彼を後退させられた。
「どうして戻ってきたの…?」
怒りが籠ったロゼの声。だがソラは気持ちを奮い立たせながら反論する。
「だって…あたしだって、やれるから! 戦えるから!」
無我夢中で短刀を構えるうソラ。頭の中は真っ白だったが、これまでの稽古が実を結んでいたのか。自然と教え込まれた構え方が出来ていた。
「だからって…無謀だわ! 相手はあの二人組とはわけが違うのよ!」
「それでも! あたしだって…ロゼを助けたいんだーっ!!」
ロゼの制止も聞かずソラは灰燼の怪物目掛けて駆け出していく。
武器の構え方に迷いはない。躊躇いもない。間違いなく相手から一本を取れるような身のこなしだった。
―――それが、稽古であったならば。
「ハハッ…ガキ臭い遊びに付き合ってあげたいとこやけどなあ……生憎ガキンチョの相手してやれるほどそこまで今は暇やないねん、オレ」
灰燼の怪物はそう言うと素早く動き出し、軽々とソラの一撃をナイフで受け止めた。それどころか、彼女が握る短刀ごと弾き返してしまったのだ。
短刀は宙を舞い、勢いに負けたソラはその場で尻餅をついてしまう。
「あぁっ!」
「ソラッ!!」
一瞬の出来事だった。ロゼは即座にソラのもとへ駆け出す。
が、躊躇なく灰燼の怪物はナイフを持ち換え、その刃先をソラに向ける。
彼は不気味に笑みを浮かべながらソラを見下ろす。
「大人しくせえや…そうすりゃあその宝物奪うだけにしといたるわ」
寛大な言葉のように聞こえるが、良心的な人間ではないことは明白だ。
『鍵』を渡したところで本当に見逃すとは思えないし、次にどんな行動を取るのか予測もつかない。
ソラは『鍵』だけは守るべく、衣服越しに強く握る。それから、不意に灰燼の怪物の顔を見つめた。
するとニット帽の下に隠された彼の双眸と目が合う。
殺気に満ちた、血走ったその双眸に、ソラは目を見開いた。
「―――真っ赤だ」
引きつった顔で思わずポツリと漏れ出た言葉。
そんなソラの言葉を聞いた途端、灰燼の怪物は顔色を変えた。
それまでの不敵で無邪気だった笑みはなくなり、それまで以上の殺気を放った。
これまでとは明らかに違う、異常な気配にソラの身体は再び狼狽する。
「……それはあかんわ、嬢ちゃん」
酷く低い声。
と、灰燼の怪物はナイフを捨て、唐突にソラの眼前へ掌を翳した。
「―――消し炭になれや」
ソラが逃げ出そうとするよりも早く、灰燼の怪物の掌が光を帯び始める。
そして次の瞬間―――。
彼の掌から炎が現れる。
「え…何……火…!?」
驚きと困惑に震えながらも、何とか声を絞り出すソラ。
だがそのときには既に彼の放った炎がソラの鼻先にまで迫っていた。
まるで生きた獣の如く、炎はソラを飲み込もうとする。
しかし、直後。
ソラの身体は強引に引っ張られ、後方へ吹き飛ばされた。
彼女と入れ替わるようにその前へ颯爽と現れたのは―――ロゼだった。
「ロゼッ!!」
ソラを庇うように現れたロゼへ炎が襲う。
炎はあっという間に彼を呑み込んでいった。
「ハッ…嬢ちゃん庇って自滅とか笑えん最期やなあ」
そう言いながらも灰燼の怪物は手を抜く様子もなく。次々と掌から生み出した火炎の弾をロゼに投げつけた。
炎は徐々に大きな柱となりロゼを襲い続ける。
灰燼の怪物が放った見たことのない技よりも、このままではロゼが助からないという現実にソラは恐怖した。
「や、止めろー! ロゼーッ!!」
恐怖に眩暈すらした。失神した方がいっそ気楽だったかもしれない。
それでもソラは決死の思いで叫んだ。
「悪いのは嬢ちゃんやで…言っちゃあならんこと、言ーてもうたからなあ……」
口角を吊り上げる灰燼の怪物。
だがその声に先ほどまでの陽気さはない。
炎の柱に呑まれたままのロゼを横切り、灰燼の怪物はゆっくりとソラの前へ近付く。
その気迫はまさに怪物そのもののようだった。
ソラは少しだけ後退りしていくものの、逃さんとする怪物の気迫に足が竦んでしまい、思うように動けなくなっていた。
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