328 / 365
第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~
78項
しおりを挟む気が付けばソラは獣の鳴き声も聞こえないくらいの、深い森の奥まで来ていた。
この辺りに炎の被害はなく、青々とした草木が行く手を遮るように鬱蒼と生い茂っている。
いつの間にか雨は上がっており、水と泥を含んだような匂いもしなくなっていた。
しかし、そんなことなど関係なく。というよりもソラは気付きもせず、必死に彼を追いかけていた。
「待って…待ってってば…!」
だがしかし。
本当にその先に彼がいるのか。彼を追いかけられているのかも、ソラにはわかっていなかった。
まるで母を探す迷子のように、がむしゃらに直感的に這いずり回っているようなものだった。
「―――ロゼ!」
だからこそ、彼へと辿り着けたのは奇跡に等しかった。
本当は冷静に地面に残っている足跡を辿っていけば容易に追いかけられたわけなのだが、そんなことなど無我夢中だったソラは露知らず。
だからこそ、それは本当に奇跡的な再会だった。
「待ってよロゼ!!」
息を切らしながらも叫ぶソラ。その大声に羽を休めていた鳥たちが一斉に逃げて行く。
そんな彼女の叫び声が届いたのか彼———もとい、ロゼはおもむろに足を止めた。
一定の距離を置いたまま、ソラは口を開く。
「何処行くの? そっちは村の方向じゃないじゃん。早くシマの村に帰ろうよ…」
相も変わらず闇夜に溶け込んでしまいそうな黒い服装。
だが、彼のいつもとは違うその金の髪だけが、何故か異様にソラの目に焼き付く。
「もう村には戻らない」
振り返ることなく吐かれた言葉。ドクンと、ソラの中の何かが抉られたようだった。
血の気が引いていくような感覚に彼女の身体は思わずふらつき、無意識に胸を押さえる。
「戻らないって…どうして!?」
直後、ロゼは頭を抱えながら深いため息をついた。
「…『どうして?』って……貴方はそれを望んでいたじゃない」
もう一度、先ほど以上の衝撃を心臓に感じた。
反論など、ソラには出来なかった。図星も図星だったからだ。
「私の目的はね―――貴方の『鍵』を奪うためだったのよ」
そう言ってロゼは手にしていたソラのペンダント―――実際は『鍵』と呼ばれるそれを見せつける。
口振りこそロゼそのものだったが、雨のせいで化粧の剥がれたその顔はただただ美しい容姿の青年で。
全くの別人と対面しているような錯覚さえソラは抱いた。
「……で、でも、ロゼはあたしに剣の稽古つけてくれたり、皆とだって打ち解けたりしてたじゃん…それは目的とは関係ないでしょ…?」
「貴方たちを油断させて『鍵』を手に入れ易くするために決まっているじゃない。けど、こうして目的の品を手に入れた以上…貴方たちとのくだらない馴れ合いもこんな寂れた何もない場所に長居する必要も理由もないわ」
出会った当初のような笑み。だがそれはどこか嘲笑的で、いつもの彼ではないような表情だった。
ソラの額から雨の雫と汗が絡み合い、零れていく。
「なんで…なんでそんなこと言うのさ! あたしは……ようやく、ロゼが信じられる人だって思えてたのに…ロゼを信じられるようになったのに!」
「それだけ私に上手く騙されていたことに気付いていなかっただけよ……これだから何もわかっていない単純なガキは大嫌いなのよ」
突き放すような言葉が、ソラには痛いほど突き刺さった。
震える身体は雨に打たれたせいなのか、怒りなのか。それとも別の何かのせいなのかさえ、彼女には判らなかった。
しかし、濡れる瞼を思いきり擦りながら、ソラは尚も食い下がる。
「……何もわかってないガキかもしれないけど! でもロゼのことは解ってたつもりだよ! だから――—」
「貴方に私の何が解るというの!?」
それは今まで聞いたことのない彼の怒声だった。
心の奥から出された、本心だと直感的に察したソラは思わず口を噤む。
「私は醜い人間なの。本当は美しくなんてない…醜悪な感情に身を任せた、おぞましい力を持った…化け物よ」
震えていたのは彼も同じであった。
それでいて何処か寂しげに儚げに憤るその表情に、ソラは言葉を失った。
「もう、会うこともないでしょうし…そのコートは返さなくて良いわ」
気付けば風も止み、周囲からは何の音も聞こえなくなっていた。
そんな無音状態だからこそか、彼の最後の囁きがソラの耳にはっきりと届いた。
「さようなら」
ロゼはそう言うと即座に視線を逸らし、そのまま歩き出す。ソラとは反対の方向へと去っていく。
「待って…ロゼ…」
ようやく絞り出せた、か細い声。
助けを求めるよな、懇願するような声。
だがしかし。その声に彼が足を止めることはなく。
闇の向こうへと静かに消えていってしまった。
「待ってよ…なんで…」
追いかけようにもソラは一歩も動けなかった。
完全に心を折られてしまったせいなのか、その場に力無く崩れ落ちる。
「じゃあなんで……なんで、そんな辛そうな…寂しそうな顔してんのさ! せめてちゃんと…もっとちゃんと話してからお別れしてよぉッ!!!」
彼女の叫びに返ってくる言葉はなかった。
カムフがソラのもとへ辿り着けたのはそれから暫く経ってのことだった。
道なき夜道を追いかけるのは危険であったが、ぬかるみによって出来た真新しい足跡は綺麗な道標となり、追うのは容易であった。
「―――ソラ…」
あの豪雨も止み、風も凪いだ森林は異様な程静まり返っていた。
そんな静寂とした場所でソラは身体を震わせて座り込んでいた。
「何が…あったんだ…?」
全身も顔もずぶ濡れで。汗なのか雨なのか、それとも別の何かなのかもカムフにはわからない。
ぬかるんだ地面に力無く座り込む彼女の横顔は生気が抜けたように青白く、放心状態だった。
「ロゼが…出てった。何も言わずに……」
振り絞って出した、か細いソラの声。
その言葉はカムフの胸にチクリと刺さった。
ソラが見つめるその先を、カムフもまた一瞥する。
どれほどの時が経った後なのか彼にはわからないが、その向こうからは物音も気配すらも感じることは出来なかった。
「とりあえず…今は帰ろうソラ。このままじゃ風邪ひくだろ」
カムフはそう言うとゆっくりとソラの腕を掴み自分の肩へと回す。
おそらく意識もはっきりとしていないようで。ソラは抵抗も反論もしなかった。
ソラを背負うとカムフは元来た道を戻っていく。
暫くして遠くの方から誰かの叫ぶ声が聞こえてくる。おそらくジャスティンのものと思われた。
「おーい!」
「此処で―す!!」
と、そんな二人の周囲に、どこからともなく蛍が姿を現し出した。
何匹と集う蛍はまるでカムフたちの居場所をジャスティンたちへ知らせるかのように淡く輝き、躍り舞う。
「こんなに沢山の蛍が……もし今年の祭が行われていたら最高の年になっていただろうな…」
そんな言葉を洩らしつつ、ソラを背負うカムフはジャスティンたちの呼び声を頼りに村へと戻っていった。
0
あなたにおすすめの小説
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる