そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜

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第四篇 ~蘇芳に染まらない情熱の空~

85項

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「それにしても……『奴は余所者なんだぞ!?』とか『村がこんな状況で何処に行くんじゃ!』とかって、もっと反対してくるかと思ったけど、案外普通に見送って貰えて良かったわね」

 村を出て開口一番にレイラはそう話す。
 彼女の言葉にソラは頷きながら笑みを浮かべた。

「それだけ村の皆もロゼを認めてくれたってことだよ!」

 何故か自分のことのように嬉しそうに語るソラ。その足取りもいつになく軽く見えた。

「俺は…どっちかというとソラのことを信じてるからこそ、村の人たちはロゼも信じられると思ったんだと思うな」
「あたしを?」
「それもそうよねえ。ソラって番犬みたいとこあるから余所者になかなか懐かないじゃない?」
「だから…さっきから人を犬呼ばわりすんな!」

 と、そこでいつもの二人のじゃれ合いが始まる。
 ソラとレイラの指先が互いの頬を抓り出したところで、ため息交じりにカムフは仲裁に入った。

「とりあえず! まずはエナバの出ている町まで行って。それで王都へ向かおう」
「あ、ちょっと待って!」
「何よ此処まできて」

 そう言ってレイラは皆を引き留めるソラを睨む。
 4人は丁度、村の外を出た先の林道にいた。

「い、一応さ…あたしのわがままでこんなことになってさ。皆には迷惑掛けることなっちゃったから…その、ごめんって―――」
「ストーップ! アンタの暴走はいつものことだから、今更謝られてもむしろ迷惑だわ」
「めいわく!?」
「…まあ、それに今詫びられるよりもロゼさんと再会したときにお礼を言ってくれれば良いからさ」

 レイラの言葉にまたしてもふくれっ面を見せるソラであったが、すぐに破顔すると彼女は拳を空へと突き上げた。
 
「わかった…よし、行こう、エクソルティス王都に―――!」
「あ、そういうのはいいから」
「エナバに乗り遅れると困るからまずは急いで町まで行かないと…」

 無情にも急ぎ足でソラを通り過ぎていく、レイラとカムフ。
 彼女の拳は虚しく突き上げられたままであったが、悲しそうな彼女を見兼ねたキースは軽く拳を上げてくれていた。



 こうしてソラたち四人はロゼを追うべくエクソルティス王都へと向かうこととなる。
 だがこの選択によって、とてつもない大きな―――王国の命運をも左右する程の騒動に巻き込まれてしまったことに、ソラたちはまだ気付いていない。



 *



 ―――某時刻。
 闇夜に紛れ、森林の中に響き渡る二つの声。

「グリートさん!」
「グリートさああぁん!」

 森中に響く声によって鳥や獣たちは慌てて逃げ出し、漆黒の空へと羽ばたいていく。

「…そない大声出さんでも聞こえとるわ…」

 と、何処からともなく聞こえてくる男の声。
 直後、声の主―――もといグリートは大木から飛び降りて姿を現した。
 そこにいた例の男二人組は安堵した様子でグリートを見つめた。

「ああ良かった…無事だったようで」
「アホ抜かせ、これが無事に見えるんか」

 グリートの身体には無数の傷が刻まれていた。まるで鋭利な刃物で切られたかのような傷痕からは鮮血が流れている。

「グリートさんがまさか負けることがあるなんて…」
「ああそうやな……こないな大敗は初めてやなあ」

 そう語る彼の口許は悔しさと喜びによって歪んでいた。
 その禍々しい気迫に男たちは無意識に後退る。

「それで…グリートさん、これからどうするんでさぁ?」
「決まっとるやないか。けばけば野郎の―――ロゼの鼻っ柱をへし折らんと気がすまへんわ」

 怒りというよりも闘志に燃えているようで。任務のことすら眼中になくなっているようであった。

「あ、あの…へし折るのは良いんですけど…本来の任務はちゃんとやった方が…」

 呑気に身体の怪我や切り裂かれた衣服を確認しているグリート。
 悠長に過ごしている合間にも遠くから火災を聞きつけたのだろうアマゾナイトらしき者たちの声が聞こえてくる。
 一刻も早くこの場から撤退するべきだ。と、二人組は焦燥感から汗を滲ませる。

「ここは一旦逃げやしょうや。町まで戻ってそれから次の策を考えた方が良いでさあ」
「せやな。けど…策はもう考えとんねん」

 意外な返答に目を丸くする二人組。
 するとおもむろにグリートはごまをする二人組の片割れ―――小太りの弟分の頭を掴んだ。

「へっ?」
「……と、その前に後始末はしとかなあかんなあ」

 次の瞬間。小太りの弟分の身体から炎が溢れ出した。
 まるで火を灯された油紙の如く、弟分の身体は瞬く間に炎に包まれる。
 その炎の勢いは凄まじく、弟分の悲鳴なのか何かが爆ぜる音かもわからないほどだった。

「なッ、ゴッ、ン……!!!」

 突然の事態に困惑と動揺の余り、兄貴分の男は腰を抜かしてしまう。
 グリートはその場に尻餅をつく情けない男を見下ろして、自身の歪んだ笑みを見せつけた。

「オレはな…別にお前らが気に食わんわけやないんやで? ただな……を一目でも見られたら、相手がガキだろうがジジババだろうが…容赦なく消すことにしとるんや」

 呼吸することも忘れ、怯えた顔で兄貴分の男はグリートを見つめた。
 真っ赤に燃え盛る炎を背に、不気味に笑う灰燼の怪物グリート
 だが、切り裂かれたニット帽の隙間から窺える双眸には、一切の感情がないに映った。

「お前…そのめ―――!!」

 しかし、男が気になった箇所はそこではなかった。
 男は思わず叫ぼうとしたが、その前に口をグリートに掴まれた。

「短い間やったけど…楽しかったわ。ほんならな?」

 直後、大きな炎の柱が迸る。
 燃え盛る炎はそのまま周囲の森林にも燃え移ろうとしていたが、運悪く雨が降り出したことでそれらは瞬く間に鎮火していった。

「あっちゃー、まさか雨が降るとは…ほんまついてないわ」

 グリートは何事もなかったかのように黒焦げとなったそれらを捨てて、森の中を彷徨い歩く。

「けどまあ……楽しみが出来たからええわ。ロゼ…として最っ高の舞台で戦わせたるわ…!」

 クツクツと喉を鳴らし笑う彼の声は、漆黒の森に不気味に轟いていた。






     
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