シキサイ奏デテ物語ル~黄昏の魔女と深緑の魔槍士~

緋島礼桜

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真実と対峙する夜へ

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「あの…どうしても頂きたいものがあるんです」

 アスレイの台詞に男は顔を顰める。

「頂きたいもの…?」
「正しくは少しの間貸して貰いたい、っていうものなんですけど…」

 そう言ってアスレイは、自分が借り受けたいについてを彼らへと熱心に説明する。
 だが、話を聞いた直後の兵団たちは何故か複雑な表情をし、互いを見合っているだけであった。

「いや…あれは――」
「やっぱり駄目なんですか? でも、どうしてもあれが必要なんです!」

 困惑顔で言葉を濁す青年へ、アスレイは深く頭を下げ懇願する。
 しかし、別の男が即座にかぶりを振った。

「駄目だ」

 たった一言。それだけ告げると、男は口を閉ざす。

「お願いします!」

 何度も繰り返し頭を下げ、それが必要であると何度も説明しようとも。
 男は態度を変えはせず、アスレイに背を向ける始末。

「どうしても必要なんです! カズマを襲った犯人を見つけるために…必要なんです!」

 しかし、それでもアスレイは諦めず、更に頭を低くさせる。

「必要だと言われてもね…そういうのは事件解決への重要な手がかりの一つだからさ。不用意に他の一般人へ貸すわけにはいかないんだよ」

 丁寧にそう説明を返す衛兵団の青年。
 彼の最もな正論に、これ以上何も言うことが出来なくなり、アスレイは俯いたまま硬直する。
 解ってはいた。
 重要なを、一般人なんかに貸してくれるはずがない。ましてや現場に居合わせた人間――容疑者でもある自分に貸そうなど、思うはずもなく、むしろ怪しむのが当然であった。
 だが、それでもアスレイにはが必要であった。
 が無ければ犯人に辿り着く事が出来ない。犯人を問い詰める事が出来ないのだ。
 はカズマが残してくれた、たった一つの、重要なメッセージだからだ。



 必死に、ずっと頭を下げ続けるアスレイに対し、兵士たちは互いに見合しては怪訝な顔を浮かべている。

「いい加減にしろ。本当に帰ってくれないか」

 男たちはそんなアスレイの肩を押し、強引に顔を上げさせる。
 見上げる彼の一所懸命な表情に見向きもせず、兵士たちは無情にも背を向ける。
 その後ろ姿が「察しろ」と語っているようで。これ以上、アスレイに出来ることは何もなかった。

「…失礼します」

 力強く握り締めた拳をそのままに、アスレイは最後の一礼をし、踵を返した。
 立場上仕方がないという諦めもあったものの、反面、悔しさと歯がゆさもまた残っていた。
 後ろ髪を引かれる思いの中、アスレイは何処へと歩き出していく。




「―――カズマさんが言っていた」

 と、兵士の男の声が聞こえ、アスレイは足を止める。
 振り返ってみると、二の腕を組んだままの壮年男性がおもむろに彼へ言った。

「同郷の少年に会って、久しぶりに生まれ故郷の情景が浮かんだ。とても懐かしかったと…珍しく嬉しそうな顔で話していた」

 男の言葉を聞き、アスレイの瞳に光が灯る。
 真っ直ぐ輝く双眸で見つめるアスレイの視線から逃れるように顔を背け、男は続けて言う。

「俺たち…俺個人としては正直、あのカズマさんが気を許したお前を犯人と疑いたくはないんだ。だからこれ以上容疑が深まるような、不用意な行動は取らないでくれ」

 怒りこそあれど、決して薄情なわけではなかった。
 アスレイを思うその言葉に、アスレイは温かいもの感じ、口元をほころばせる。

「はい、忠告ありがとうございます」

 アスレイは男へもう一度、深く礼をすると足早に詰所を去って行った。



 立ち去っていく青年の姿を、兵団の男は黙って彼方まで見送り続ける。
 と、彼の傍らにいた部下の男が、眉尻を下げながら告げた。

「もっとしっかり釘刺しておかなくて良いんですか? 多分彼、諦めないで事件に首突っ込み続けるつもりですよ」

 上司である男は目を細めると、短くため息を吐き出しながら無造作に頭を掻きまわした。

「そんなん誰かに任せりゃいいってのにな…カズマさんの言っていた通り、ありゃお節介で真っ直ぐ過ぎる男だ」

 そう言うと男は踵を返し、詰所の奥へと戻っていく。
 彼にはこれ以上、事件について余計詮索をしてほしくない。それは男の本心であった。
 だからこそ、彼に諦めるよう促したつもりだった。
 だが、あの様子からして、彼が諦めることはしないだろうとも察していた。
 ああ言ったタイプの人間の、諦めの悪さはよく知っていた。

「本当、昔のカズマさんによく似ている。あの人が目に掛けてた理由もよくわかるってもんだ…」

 乱雑に椅子へ腰掛けると、男はそう独り言を洩らして苦笑する。
 男に続き室内へと戻って来た部下の青年は、怪訝な顔を浮かべたまま遠くへと視線を向けた。

「それだけじゃないですよ。そもそも彼が要求していた遺留品…本当は既に此処にはないって、正直に言うべきだったんじゃ――」
「言えば何故ないのか、理由を聞いてくるだろ。それにその事情こそ、他言は厳禁…そう言われたんだからな」

 そう言うと上司の男はおもむろにテーブル上のカップを手に取り、部下を鋭い眼光で見つめる。
 部下の男はその双眸に思わず息を呑み、口を噤む。

「…俺らが出来ることは一刻も早い事件解決と、彼がこれ以上事件に巻き込まれないと願うことだけだ」

 男はそう言い、静かにカップのコーヒーを啜った。






   
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