観客席のモブは、恋をする予定じゃなかった

しろうさぎ

文字の大きさ
8 / 37

虹色の瞳1(ルカside)

十五歳の誕生日を迎えてから、周囲の大人たちは露骨に変わった。
期待。評価。打算。
誰もが、同じ目をしている。

――値踏みする視線。

それは大人だけじゃない。

同じ年頃の少女たちも、いつの間にか距離を詰めてくるようになった。
理由は、分かりきっている。

甘い声。
意味ありげな視線。
偶然を装った接触。

(……うんざりだ)

彼女たちの視線は、俺自身を見ていない。
見ているのは、立場と将来と、名前の重みだけ。

優しくすれば、期待される。
距離を取れば、冷たいと噂される。
拒めば、傲慢だと囁かれる。
誰も、「ルカ」という個人を知ろうとしない。

そう気づいてから、誰にも触れられたくなくなった。
――女の子が、嫌いになったわけじゃない。
ただ、向けられる感情があまりにも軽くて、あまりにも都合がよくて。
その視線を受け止め続けることに、心が擦り切れていっただけだった。

だから、息が詰まりそうになるたび、姿を変え、名を隠し、町へ出た。
覚えたての魔法でプラチナシルバーの髪をくすんだ灰色にし、誰からも好かれないような姿へ顔を変えた。
唯一変えられなかった琥珀の瞳を隠すように、髪をぐしゃぐしゃと乱暴に崩し、俯く事で輝きを隠した。
使用人に廃棄するボロボロの服を譲ってもらい、意図的に整えない立ち居振る舞いをする。

――ほら見ろ、この見た目では、誰も俺に期待しない。

誰も、媚びない。
誰も、欲しがらない。

その自由だけが、唯一、心を休められる時間だった。

まさか、そこで――
見返りも、打算もなく、ただまっすぐな目で手を差し出してくる少女に出会うなんて。
その時の俺は、まだ知らなかった。


ーーーーー


最初に気づいたのは、笑い声だった。
嘲るような、軽い声。
聞き慣れているはずのそれが、今日はやけに耳についた。

(……またか)

顔を上げる気はなかった。どうせいつものことだ。
どの町に行っても、こういう視線と声は少なからず向けられる。
初めて訪れたこの町も、同じか、と落胆する気持ちに心が冷めていく。

「おい、顔を上げろよ」

「気味悪いんだよ、その顔」

囲まれているのは分かっていた。
この町の子どもだろう。高圧的な視線を向けてくる男は、平民にしては良い身なりをしているから金持ちの商家の子で、リーダー的な存在なんだろう。

逃げる気も、言い返す気もなかった。何を言っても無駄だ。
そもそも、あえてこの姿にしているのだから、相手にするのも面倒だ。
こういう時は、反応せず、しばらく黙ってやり過ごせば、彼らは飽きて行ってしまう。

そう思った、その時。

「――やめなよ」

空気が、変わった。

澄んだ綺麗な声だった。
怒鳴るでも、怯えるでもない、
ただ“当たり前”を告げる声。

思わず顔を上げてしまった。

そこに立っていたのは――
花みたいに可憐な少女だった。

路地裏の薄暗い道の中でも、金色の髪が、光を含んで揺れている。
瞬く瞳は、淡く、儚く、でも芯のある視線を向けていた。

(……なんだ?)

彼女がこちらを見る目に、嫌悪も、好奇も、恐れもなかった。
ただ、まっすぐ俺を見る。

「人を笑うのは、よくないよ」

その言葉が、冷えた心に優しく落ちた。
そんな当たり前の言葉を聞いたのは、いつぶりだろう。

周囲の空気が一気に荒れるのが分かった。
金持ちの家の息子。彼の感情が揺れたのも、分かった。

でも、彼女は一歩も引かなかった。

(……ああ、この子は危ない)

思った瞬間には、もう遅かった。

「ちゃんとしてるかどうかって、外見で決まるの?私はそんな事で友達を選んだりしないよ」

その言葉一つで、落ちてしまいそうになる。

去っていく彼らの背中を見送りながら、俺はしばらく言葉を失っていた。


「……大丈夫?」

心配そうに覗き込む顔。

(……なんで)

なんで、こんな俺に。
なんで、こんな優しい声で。

「……ありがとう」

精一杯そう言うと、彼女は笑った。

「当たり前のことだよ」

その瞬間
胸の奥で、何かが静かに崩れた。

――ああ、まずい。
そう思った。

「じゃあ…パン、食べに行こう」

彼女が躊躇せず、汚れた俺の手を引いて歩き出した時、正直、頭が追いついていなかった。

(なにをしているんだ、俺は)

知らない町。
知らない少女。
知らない善意。

なのに、彼女の手は温かくて、離せなかった。
パン屋の中は、不思議なほど安心する匂いがした。

「この子はルカっていうの」

その呼び方がやけに自然で、胸の奥がむず痒くなった。
(……名前を呼ばれるだけで、こんなに)

パンを一口食べた瞬間、思わず目を見開いてしまった。
――美味しい。

こんなにゆったりとした時間の中で食事をしたのはいつぶりだろうか。マナーも関係ない、嫌気がさすような視線もない。ただ純粋に、食事を楽しむ時間。
この状況が、信じられなかった。

横で笑う彼女を見て、俺は気づいてしまった。

(……綺麗だ)

外見だけじゃない。
声も、仕草も、考え方も。
全部が、眩しい。

(だめだ…近づきすぎるな)

必死に距離を取った。これ以上、踏み込んではいけない。
それなのに、俺の戸惑う気持ちなんてお構いなしに、虹色の彼女の瞳は俺を映す。

「また会える?」

そんなふうに言われて、思考が一瞬、止まった。

(……ずるい)

そんな顔で、そんな声で。
拒めるわけがない。

「……また今度、アイリスが嫌じゃなければ」

初めて、名前を呼んだ。
その瞬間、彼女が嬉しそうに笑った。

(……ああ。完全に落ちてしまった)


感想 0

あなたにおすすめの小説

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

生贄として捧げられた「忌み子」の私、あやかし皇帝の薬膳料理番になります ~呪いで拒食症の白虎陛下は、私のおかゆに胃袋を掴まれたようです~

腐ったバナナ
恋愛
実家の「一条家」で霊力なしの忌み子として虐げられてきた凛。生贄としてあやかしの国・天厳国へ捧げられた彼女を待っていたのは、呪いによって食事がすべて「泥の味」に変わる孤独な白虎皇帝・白曜だった。 死を覚悟した凛だったが、前世で培った「管理栄養士」の知識は、あやかしの国では伝説の「浄化の力」として目醒める! 最高級の出汁、完璧な栄養バランス、そして食べる者を想う真心。凛が作る一杯の「黄金の粥」が、数年間不食だった王の味覚を劇的に呼び起こした。 「美味い。……泥ではない味がする」 胃袋を掴まれた皇帝の態度は一変。冷酷な暴君から、凛を誰にも触れさせたくない「超絶過保護な独占欲の塊」へと豹変してしまい……!? 嫌がらせをする後宮の妃や、手の平を返して擦り寄る実家を「料理」と「陛下からの愛」で一掃する、美味しくて爽快な異世界中華風ファンタジー。

好感度0になるまで終われません。

チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳) 子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。 愛され続けて4度目の転生。 そろそろ……愛されるのに疲れたのですが… 登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。 5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。 いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。 そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題… 自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

【完結】「まずい」と騒ぐだけの毒見役は不要だと追い出されましたが、隣国王子の食卓を守ったら手放してもらえなくなりました

にたまご
恋愛
「穢れた血の孤児が王族の食に触れるな」 七年間、王宮の毒見役として「まずい」と言い続けた少女は、ある日追い出された。 誰も知らなかった。彼女が「まずい」と言うたびに足していた調味料が、食事に混ぜられた毒を中和していたことを。 辿り着いた国境の村の宿屋で、フィーアは初めて自分の料理を作った。 毎日通い詰める無口な旅の商人は、体調が悪そうなのに、フィーアの料理だけは「美味い」と言ってくれて—— 彼の銀杯のワインを一口もらった時、フィーアの舌が反応した。 「……にがい」 ※短編完結/追放/ざまぁ/溺愛

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

契約結婚から始まる公爵家改造計画 ~魔力ゴミ令嬢は最強魔術師の胃袋をつかみました~

夢喰るか
恋愛
貧乏男爵令嬢エマは、破格の報酬に惹かれて「人食い公爵」と恐れられるヴォルガード公爵邸の乳母に応募する。そこで出会ったのは、魔力過多症で衰弱する三歳のレオと、冷酷な氷の魔術師ジークフリート。前世の保育士経験を持つエマは、自身の「浄化魔力」で作った料理でレオを救い、契約結婚を結ぶことに。エマの温かさに触れ、ジークフリートの凍りついた心は次第に溶けていく。

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。