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虹色の瞳1(ルカside)
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十五歳の誕生日を迎えてから、周囲の大人たちは露骨に変わった。
期待。評価。打算。
誰もが、同じ目をしている。
――値踏みする視線。
それは大人だけじゃない。
同じ年頃の少女たちも、いつの間にか距離を詰めてくるようになった。
理由は、分かりきっている。
甘い声。
意味ありげな視線。
偶然を装った接触。
(……うんざりだ)
彼女たちの視線は、俺自身を見ていない。
見ているのは、立場と将来と、名前の重みだけ。
優しくすれば、期待される。
距離を取れば、冷たいと噂される。
拒めば、傲慢だと囁かれる。
誰も、「ルカ」という個人を知ろうとしない。
そう気づいてから、誰にも触れられたくなくなった。
――女の子が、嫌いになったわけじゃない。
ただ、向けられる感情があまりにも軽くて、あまりにも都合がよくて。
その視線を受け止め続けることに、心が擦り切れていっただけだった。
だから、息が詰まりそうになるたび、姿を変え、名を隠し、町へ出た。
覚えたての魔法でプラチナシルバーの髪をくすんだ灰色にし、誰からも好かれないような姿へ顔を変えた。
唯一変えられなかった琥珀の瞳を隠すように、髪をぐしゃぐしゃと乱暴に崩し、俯く事で輝きを隠した。
使用人に廃棄するボロボロの服を譲ってもらい、意図的に整えない立ち居振る舞いをする。
――ほら見ろ、この見た目では、誰も俺に期待しない。
誰も、媚びない。
誰も、欲しがらない。
その自由だけが、唯一、心を休められる時間だった。
まさか、そこで――
見返りも、打算もなく、ただまっすぐな目で手を差し出してくる少女に出会うなんて。
その時の俺は、まだ知らなかった。
ーーーーー
最初に気づいたのは、笑い声だった。
嘲るような、軽い声。
聞き慣れているはずのそれが、今日はやけに耳についた。
(……またか)
顔を上げる気はなかった。どうせいつものことだ。
どの町に行っても、こういう視線と声は少なからず向けられる。
初めて訪れたこの町も、同じか、と落胆する気持ちに心が冷めていく。
「おい、顔を上げろよ」
「気味悪いんだよ、その顔」
囲まれているのは分かっていた。
この町の子どもだろう。高圧的な視線を向けてくる男は、平民にしては良い身なりをしているから金持ちの商家の子で、リーダー的な存在なんだろう。
逃げる気も、言い返す気もなかった。何を言っても無駄だ。
そもそも、あえてこの姿にしているのだから、相手にするのも面倒だ。
こういう時は、反応せず、しばらく黙ってやり過ごせば、彼らは飽きて行ってしまう。
そう思った、その時。
「――やめなよ」
空気が、変わった。
澄んだ綺麗な声だった。
怒鳴るでも、怯えるでもない、
ただ“当たり前”を告げる声。
思わず顔を上げてしまった。
そこに立っていたのは――
花みたいに可憐な少女だった。
路地裏の薄暗い道の中でも、金色の髪が、光を含んで揺れている。
瞬く瞳は、淡く、儚く、でも芯のある視線を向けていた。
(……なんだ?)
彼女がこちらを見る目に、嫌悪も、好奇も、恐れもなかった。
ただ、まっすぐ俺を見る。
「人を笑うのは、よくないよ」
その言葉が、冷えた心に優しく落ちた。
そんな当たり前の言葉を聞いたのは、いつぶりだろう。
周囲の空気が一気に荒れるのが分かった。
金持ちの家の息子。彼の感情が揺れたのも、分かった。
でも、彼女は一歩も引かなかった。
(……ああ、この子は危ない)
思った瞬間には、もう遅かった。
「ちゃんとしてるかどうかって、外見で決まるの?私はそんな事で友達を選んだりしないよ」
その言葉一つで、落ちてしまいそうになる。
去っていく彼らの背中を見送りながら、俺はしばらく言葉を失っていた。
「……大丈夫?」
心配そうに覗き込む顔。
(……なんで)
なんで、こんな俺に。
なんで、こんな優しい声で。
「……ありがとう」
精一杯そう言うと、彼女は笑った。
「当たり前のことだよ」
その瞬間
胸の奥で、何かが静かに崩れた。
――ああ、まずい。
そう思った。
「じゃあ…パン、食べに行こう」
彼女が躊躇せず、汚れた俺の手を引いて歩き出した時、正直、頭が追いついていなかった。
(なにをしているんだ、俺は)
知らない町。
知らない少女。
知らない善意。
なのに、彼女の手は温かくて、離せなかった。
パン屋の中は、不思議なほど安心する匂いがした。
「この子はルカっていうの」
その呼び方がやけに自然で、胸の奥がむず痒くなった。
(……名前を呼ばれるだけで、こんなに)
パンを一口食べた瞬間、思わず目を見開いてしまった。
――美味しい。
こんなにゆったりとした時間の中で食事をしたのはいつぶりだろうか。マナーも関係ない、嫌気がさすような視線もない。ただ純粋に、食事を楽しむ時間。
この状況が、信じられなかった。
横で笑う彼女を見て、俺は気づいてしまった。
(……綺麗だ)
外見だけじゃない。
声も、仕草も、考え方も。
全部が、眩しい。
(だめだ…近づきすぎるな)
必死に距離を取った。これ以上、踏み込んではいけない。
それなのに、俺の戸惑う気持ちなんてお構いなしに、虹色の彼女の瞳は俺を映す。
「また会える?」
そんなふうに言われて、思考が一瞬、止まった。
(……ずるい)
そんな顔で、そんな声で。
拒めるわけがない。
「……また今度、アイリスが嫌じゃなければ」
初めて、名前を呼んだ。
その瞬間、彼女が嬉しそうに笑った。
(……ああ。完全に落ちてしまった)
期待。評価。打算。
誰もが、同じ目をしている。
――値踏みする視線。
それは大人だけじゃない。
同じ年頃の少女たちも、いつの間にか距離を詰めてくるようになった。
理由は、分かりきっている。
甘い声。
意味ありげな視線。
偶然を装った接触。
(……うんざりだ)
彼女たちの視線は、俺自身を見ていない。
見ているのは、立場と将来と、名前の重みだけ。
優しくすれば、期待される。
距離を取れば、冷たいと噂される。
拒めば、傲慢だと囁かれる。
誰も、「ルカ」という個人を知ろうとしない。
そう気づいてから、誰にも触れられたくなくなった。
――女の子が、嫌いになったわけじゃない。
ただ、向けられる感情があまりにも軽くて、あまりにも都合がよくて。
その視線を受け止め続けることに、心が擦り切れていっただけだった。
だから、息が詰まりそうになるたび、姿を変え、名を隠し、町へ出た。
覚えたての魔法でプラチナシルバーの髪をくすんだ灰色にし、誰からも好かれないような姿へ顔を変えた。
唯一変えられなかった琥珀の瞳を隠すように、髪をぐしゃぐしゃと乱暴に崩し、俯く事で輝きを隠した。
使用人に廃棄するボロボロの服を譲ってもらい、意図的に整えない立ち居振る舞いをする。
――ほら見ろ、この見た目では、誰も俺に期待しない。
誰も、媚びない。
誰も、欲しがらない。
その自由だけが、唯一、心を休められる時間だった。
まさか、そこで――
見返りも、打算もなく、ただまっすぐな目で手を差し出してくる少女に出会うなんて。
その時の俺は、まだ知らなかった。
ーーーーー
最初に気づいたのは、笑い声だった。
嘲るような、軽い声。
聞き慣れているはずのそれが、今日はやけに耳についた。
(……またか)
顔を上げる気はなかった。どうせいつものことだ。
どの町に行っても、こういう視線と声は少なからず向けられる。
初めて訪れたこの町も、同じか、と落胆する気持ちに心が冷めていく。
「おい、顔を上げろよ」
「気味悪いんだよ、その顔」
囲まれているのは分かっていた。
この町の子どもだろう。高圧的な視線を向けてくる男は、平民にしては良い身なりをしているから金持ちの商家の子で、リーダー的な存在なんだろう。
逃げる気も、言い返す気もなかった。何を言っても無駄だ。
そもそも、あえてこの姿にしているのだから、相手にするのも面倒だ。
こういう時は、反応せず、しばらく黙ってやり過ごせば、彼らは飽きて行ってしまう。
そう思った、その時。
「――やめなよ」
空気が、変わった。
澄んだ綺麗な声だった。
怒鳴るでも、怯えるでもない、
ただ“当たり前”を告げる声。
思わず顔を上げてしまった。
そこに立っていたのは――
花みたいに可憐な少女だった。
路地裏の薄暗い道の中でも、金色の髪が、光を含んで揺れている。
瞬く瞳は、淡く、儚く、でも芯のある視線を向けていた。
(……なんだ?)
彼女がこちらを見る目に、嫌悪も、好奇も、恐れもなかった。
ただ、まっすぐ俺を見る。
「人を笑うのは、よくないよ」
その言葉が、冷えた心に優しく落ちた。
そんな当たり前の言葉を聞いたのは、いつぶりだろう。
周囲の空気が一気に荒れるのが分かった。
金持ちの家の息子。彼の感情が揺れたのも、分かった。
でも、彼女は一歩も引かなかった。
(……ああ、この子は危ない)
思った瞬間には、もう遅かった。
「ちゃんとしてるかどうかって、外見で決まるの?私はそんな事で友達を選んだりしないよ」
その言葉一つで、落ちてしまいそうになる。
去っていく彼らの背中を見送りながら、俺はしばらく言葉を失っていた。
「……大丈夫?」
心配そうに覗き込む顔。
(……なんで)
なんで、こんな俺に。
なんで、こんな優しい声で。
「……ありがとう」
精一杯そう言うと、彼女は笑った。
「当たり前のことだよ」
その瞬間
胸の奥で、何かが静かに崩れた。
――ああ、まずい。
そう思った。
「じゃあ…パン、食べに行こう」
彼女が躊躇せず、汚れた俺の手を引いて歩き出した時、正直、頭が追いついていなかった。
(なにをしているんだ、俺は)
知らない町。
知らない少女。
知らない善意。
なのに、彼女の手は温かくて、離せなかった。
パン屋の中は、不思議なほど安心する匂いがした。
「この子はルカっていうの」
その呼び方がやけに自然で、胸の奥がむず痒くなった。
(……名前を呼ばれるだけで、こんなに)
パンを一口食べた瞬間、思わず目を見開いてしまった。
――美味しい。
こんなにゆったりとした時間の中で食事をしたのはいつぶりだろうか。マナーも関係ない、嫌気がさすような視線もない。ただ純粋に、食事を楽しむ時間。
この状況が、信じられなかった。
横で笑う彼女を見て、俺は気づいてしまった。
(……綺麗だ)
外見だけじゃない。
声も、仕草も、考え方も。
全部が、眩しい。
(だめだ…近づきすぎるな)
必死に距離を取った。これ以上、踏み込んではいけない。
それなのに、俺の戸惑う気持ちなんてお構いなしに、虹色の彼女の瞳は俺を映す。
「また会える?」
そんなふうに言われて、思考が一瞬、止まった。
(……ずるい)
そんな顔で、そんな声で。
拒めるわけがない。
「……また今度、アイリスが嫌じゃなければ」
初めて、名前を呼んだ。
その瞬間、彼女が嬉しそうに笑った。
(……ああ。完全に落ちてしまった)
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