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この夜を超えて(母:ロザリアside)
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アイリスの寝息が、静かに部屋を満たしているのを確かめてから、私達はそっと扉を閉めた。セドリックが扉を閉める前にほんの一瞬だけ振り返り「おやすみ、俺たちの宝物」といつもの台詞を告げるのを見て、この人と結婚して本当に良かったと改めて思う。
――十三歳になったアイリス。
背は伸びたけれど、まだ眠る顔は幼いまま。
閉じた瞼の奥に、あの虹色が眠っている。
少し前まで、あの子は“恋のようなもの”をしていた。
ようなもの…というのは、本人が自覚する前に、その火が消えてしまったから。
アイリスに会いに来ていたあの少年は、かつて同じ教室で学んだ彼の息子だった。その立場から、きっと少年は忍んでこの町に来ていたのだろう。身分を思えば、会えなくなってしまったのは当然のこと。むしろ半年近くアイリスに会いに来ていた少年の気持ちは揺るぎないものだったと、私にはわかる。
けれど、アイリスは少年の素性も、消えた理由も知らない。
夜、アイリスがひとりで泣いている事に私は気づかないふりをした。母として抱きしめるべきだったのかもしれない。
けれど――
あの少年からあの子が遠ざかったことに、この町にアイリスが留まることに安堵してしまった自分がいた。
この小さな町の中でしか、大切な娘を守れない自分が本当に不甲斐ない。最近ようやく笑顔が戻った娘を見ながら、何度も心の中で謝った。
階段を降りて1階のリビングへ戻ると、暖炉の火が揺れていた。
二人掛けのソファに並んで座ると、かすかにセドリックの体温が伝わる。昔から変わらない、私の居場所。
国に捨てられ…殺されるはずだった私を連れて、セドリックが必死に守り、森を抜けたあの日からずっと。私の隣も心も全て、セドリックだけのもの。
私は胸元にそっと触れる。服の下、心臓の上に隠している冷たい感触。
あの夜から、肌身離さず持ち続けている。
「……今回の討伐で、最後にしましょう」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「私達は十分に責任を果たしたわ。それに…もとより恩なんて受けていない。恩返しなんて、最初から存在しないのよ」
セドリックは何も言わずに聞いている。
暖炉の炎の光が横顔を橙色に染め、影を落とす。
「セドリック……あなたを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
私は無意識にネックレスを握りしめていた。
今でもフラッシュバックする。
十歳の誕生日の前夜。
血の匂いが混じる冷たい風。森の闇。追手の男達の声。
ただ、怖くて。でも、生きたくて。
そして、大好きな彼を巻き込んでしまった。
その後悔が今もなお私を苦しめる。
彼は小さく息を吐いて、私の手をゆっくり包む。
「ロザリア、謝る必要なんてないさ。俺は自分の意思で国を出た。愛する君と一緒に、生きるって決めたんだ。アイリスが生まれて、今こうして三人で過ごす日々が何よりも幸せだよ」
その言葉に、喉が詰まる。
「でも……アイリスは……」
言葉が崩れる。
「あの子を、巻き込んでしまったわ」
涙がこぼれた。
虹色の瞳を持って生まれた、あの子。
あの輝きは、祝福ではなく――追跡の灯火。
受け継ぐべきではなかった。私にはなかった虹色が…どうしてアイリスに、と不安でどうしようもなかった。
あの日、セドリックの未来を犠牲にして闇から逃げたはずなのに、その闇から今もなお逃げ続けている。
私はネックレスを外す。鎖が小さく音を立てた。
セドリックが目を見開く。
「……それは」
私は彼の手を取り、掌の上にそっと置いた。
ネックレスから外された小さな指輪。
内側に刻まれた、王家の紋章。
「もしもの時に」
彼は首を振る。
「縁起でもない」
「必ずアイリスに渡して欲しいの」
私は微笑む。震えながら。
「この指輪は…あの子が、自分で未来を選ぶ為に必要なものよ」
セドリックはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと指輪を握りしめる。
「……必ずこの町に、アイリスの元へ二人で帰る」
強く、そう言う。
私は頷いた。
でも――
胸の奥に、消えない予感がある。
炎が小さく揺れた。
どうか。
どうか、あの子だけは。
――十三歳になったアイリス。
背は伸びたけれど、まだ眠る顔は幼いまま。
閉じた瞼の奥に、あの虹色が眠っている。
少し前まで、あの子は“恋のようなもの”をしていた。
ようなもの…というのは、本人が自覚する前に、その火が消えてしまったから。
アイリスに会いに来ていたあの少年は、かつて同じ教室で学んだ彼の息子だった。その立場から、きっと少年は忍んでこの町に来ていたのだろう。身分を思えば、会えなくなってしまったのは当然のこと。むしろ半年近くアイリスに会いに来ていた少年の気持ちは揺るぎないものだったと、私にはわかる。
けれど、アイリスは少年の素性も、消えた理由も知らない。
夜、アイリスがひとりで泣いている事に私は気づかないふりをした。母として抱きしめるべきだったのかもしれない。
けれど――
あの少年からあの子が遠ざかったことに、この町にアイリスが留まることに安堵してしまった自分がいた。
この小さな町の中でしか、大切な娘を守れない自分が本当に不甲斐ない。最近ようやく笑顔が戻った娘を見ながら、何度も心の中で謝った。
階段を降りて1階のリビングへ戻ると、暖炉の火が揺れていた。
二人掛けのソファに並んで座ると、かすかにセドリックの体温が伝わる。昔から変わらない、私の居場所。
国に捨てられ…殺されるはずだった私を連れて、セドリックが必死に守り、森を抜けたあの日からずっと。私の隣も心も全て、セドリックだけのもの。
私は胸元にそっと触れる。服の下、心臓の上に隠している冷たい感触。
あの夜から、肌身離さず持ち続けている。
「……今回の討伐で、最後にしましょう」
自分でも驚くほど、声は静かだった。
「私達は十分に責任を果たしたわ。それに…もとより恩なんて受けていない。恩返しなんて、最初から存在しないのよ」
セドリックは何も言わずに聞いている。
暖炉の炎の光が横顔を橙色に染め、影を落とす。
「セドリック……あなたを巻き込んでしまって、本当にごめんなさい」
私は無意識にネックレスを握りしめていた。
今でもフラッシュバックする。
十歳の誕生日の前夜。
血の匂いが混じる冷たい風。森の闇。追手の男達の声。
ただ、怖くて。でも、生きたくて。
そして、大好きな彼を巻き込んでしまった。
その後悔が今もなお私を苦しめる。
彼は小さく息を吐いて、私の手をゆっくり包む。
「ロザリア、謝る必要なんてないさ。俺は自分の意思で国を出た。愛する君と一緒に、生きるって決めたんだ。アイリスが生まれて、今こうして三人で過ごす日々が何よりも幸せだよ」
その言葉に、喉が詰まる。
「でも……アイリスは……」
言葉が崩れる。
「あの子を、巻き込んでしまったわ」
涙がこぼれた。
虹色の瞳を持って生まれた、あの子。
あの輝きは、祝福ではなく――追跡の灯火。
受け継ぐべきではなかった。私にはなかった虹色が…どうしてアイリスに、と不安でどうしようもなかった。
あの日、セドリックの未来を犠牲にして闇から逃げたはずなのに、その闇から今もなお逃げ続けている。
私はネックレスを外す。鎖が小さく音を立てた。
セドリックが目を見開く。
「……それは」
私は彼の手を取り、掌の上にそっと置いた。
ネックレスから外された小さな指輪。
内側に刻まれた、王家の紋章。
「もしもの時に」
彼は首を振る。
「縁起でもない」
「必ずアイリスに渡して欲しいの」
私は微笑む。震えながら。
「この指輪は…あの子が、自分で未来を選ぶ為に必要なものよ」
セドリックはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと指輪を握りしめる。
「……必ずこの町に、アイリスの元へ二人で帰る」
強く、そう言う。
私は頷いた。
でも――
胸の奥に、消えない予感がある。
炎が小さく揺れた。
どうか。
どうか、あの子だけは。
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