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歌の力と、代償の罠
しおりを挟む「シーラちゃん、おはよう! 」
「シーラ、朝食にうちのパンはどう? 」
村の朝。
あざが消えた一件からすっかり村になじんだ詩萊は、朝から村人たちのあたたかい言葉を受けていた。
「みんな、おはよう。カーラさん、パンをひとつくださいな」
声をかけてくれた村人と恰幅のいい女性に言葉を返し、詩萊は微笑む。
「しっかし、もったいないなあシーラねえちゃん。あの歌、ぜったい聖女様の力に違いないのにさ」
ノーブルヴェインのやつら、ぎゃふんと言わせてやらないの?ぶうう、とむすくれるルトの頭をふわふわと撫でて、詩萊はふと考えた。
(私の力が聖女の力だとしたら……聖萊ちゃんは? )
聖女の力は、ひとつの時代にひとりしか持たない。祭りの最中に、詩萊の歌の力を見た村人が熱弁した言葉だ。
それが本当なら、自分が聖女なら。
(聖萊ちゃん、あそこでどんな扱いを受けるだろう)
ノーブルヴェインは聖女ではないと判断された自分を、いつの間にか魔女扱いして追い出した国。
ノーブルヴェインで受けた冷たい扱いを思い出して、詩萊は身ぶるいする。
「聖萊ちゃん、大丈夫かな。うまくやってるのかな」
自分をいじめていたとは言え、詩萊にとって聖萊はたった一人の妹で、唯一元の世界を知る人間同士でもあった。
詩萊が考え込んでいると、ふ、と眼の前に影ができる。
「なにか悩み事かい?シーラ」
「キールさん」
影の主――新聞らしきものを持ったキールに微笑むと、キールが微笑み返してくれた。それだけで、詩萊は少し救われたような気持ちになる。
「実は、妹――聖萊がどうしているか気になって……心配で」
詩萊が正直に気持ちを告げると、それならこれを見るといい、とキールが手に持った紙束を手渡してくれた。
「これって……! 」
そこには、笑顔でバルコニーから民衆へ手をふる最初に出会ったノーブルヴェインの王子と聖萊の姿が描かれていた。文字は読めないが、どうやら歓迎されているのが分かりひとまずほっとする。
「アザーアースの聖女、ノーブルヴェインに降臨す。浄化の儀は順調……と書かれているね」
文字を目で追えていないのを察してか、キールから詳しい記事と情勢の解説が入った。
この世界――アザーアースというらしい――で一番の大国、ノーブルヴェイン。
黒い霧を退ける力と、黒い霧から守る加護を物に与える力を持つ「聖殿」と呼ばれる場所を持つ唯一の国で、他の国に加護を分け与えず他国からの評判はよろしくない。
聖殿があるのに黒い霧を浄化する聖女を呼び出した理由は不明だが、どうやら今のところは変わらず落ち着いているようだ。
「……けれどノーブルヴェインで浄化の儀か。聖殿があるのに浄化が必要なのか? 」
キールの気がかりな独り言が気になりつつも、聖女として迎え入れられている聖萊の様子に詩萊は胸をなでおろした。
(私の力はお母さんのお陰で、きっとそれとは別に聖萊ちゃんにもちゃんと力があったんだ。それなら私も聖萊ちゃんも安心だよね)
思い直してほう、と息を吐いた詩萊の頭を、キールの指がそっと撫でる。
「ひゃ!? 」
「良かった、君が元気になって。君がふさぎ込んでいると、私も悲しいよ」
「え、え」
キールの指が、頭を通って今度は頬へと達した。村に来て、数日。鎮魂の曲を一緒に奏でてから少し近くなったキールとの距離とスキンシップには、まだ正直慣れない。
優しい手付きに心臓がうるさくなった詩萊がぎゅっと目をつぶると同時に、ばたん、と大きな音がして扉が開いた。
「大変だ!坑道に行ったやつらが倒れちまった! 」
「なんだって!? 」
キールのらしくない慌てたような大声に、詩萊はびくりと跳ね上がる。村の収入源で、生命線のひとつ。そんな坑道が、村の外れにあると詩萊は村人から聞いたことがあった。
「黒い霧がついに牙を剥きやがったんだ。もう村には安全な収入源がひとつも無くなっちまった! 」
「……」
駆け込んできた村人の言葉に、明らかにキールの表情が曇る。
「安全な収入源がない……って、みんなはまさか黒い霧が出ているところで働いているんですか? 」
詩萊が心配そうに零すと、キールは難しい顔のまま頷いた。
「ああ、働く場所だけじゃない。みんな危険をおかして黒い霧の色濃い場所で生きているんだ。それで、あざのある人が沢山いたんだよ。君のお陰であざは消えたけど……」
「生活する場所が危険だったら、何度でも繰り返して……」
「そのうち、死んでしまう」
「! 」
それが、ノーブルヴェインではない国に存在する人間の運命なんだ。私も、いつかきっと。そう打ち明けたキールは、驚きで言葉が出なくなってしまった詩萊に悲しげに微笑んだ。
「シーラ。君がいるこの区画はまだ安全だから、安心して。村のみんなも君を危険な場所へ連れて行くつもりはないよ」
不自由で、ごめんね。そうキールに謝られた詩萊は、衝撃でうまく回らない頭で必死に考える。
(ああ、こんな状態で、みんな私の安全を考えてくれていたんだ。危ない場所を、怖いところを見せないように。そんなみんなに、私は何ができる?私の力で、できることはなに? )
一瞬の、静寂。
それ破ったのは、ぱん、と詩萊が頬を両手で打った音だった。
「坑道に、私を連れて行って下さい! 」
「坑道に!?駄目だよ、危険過ぎる! 」
「シーラちゃん、よしてくれ!命の恩人を死なせるなんざあっちゃいけねえ! 」
驚く二人の言葉に、詩萊はふるふると首を振った。
「私の歌の力。実は初めて使ったのは霧の濃い場所だったんです。そこが綺麗になったから、もしかすると他の場所も」
「!……聖女の力は、そんなに強力なのか? 」
一定範囲の人間やちゃんとした道具のある場所にしか効果がないと思っていた、とキールが考え込む。少しの間目を閉じていたキールは、しかし、と言葉を続けた。
「やはり君を危険な場所には連れていけないよ、シーラ」
「……! 」
(私の安全を考えてくれているのは嬉しい、けど! )
これじゃあ、指をくわえているだけの役立たずだ。みんなの役に立てる力が、あるのに。
たまりかねた詩萊は、キールの制止も聞かずに走り出した。
方角も、場所も。わからないまま、当てずっぽうに走り回る。そうすると、なにも手がかりがなくともすぐに黒い霧の濃い場所へたどり着いた。
(こんな、ちかくに)
自分が今まで見てこなかった、守られてきた村の危険な場所。元々人が住んでいたのだろう、家や道具、子供のおもちゃがそのままに人だけ居なくなったその場所で、すう、と詩萊は息を吸い込む。
「~♪」
詩萊が歌い始めてしばらくすると、その場所の霧がきれいに晴れた。
(やった!この調子で行けば村全体がきれいになって、きっとみんな安全に住めるようになる)
自分の歌の効き目に、詩萊は目を輝かせる。そうしていると、詩萊の歌を聞いて近寄ってきた村人たちが、詩萊の立つ場所に霧がないのに気がついて声を上げた。
「シーラ!これは、まさか君が!? 」
「はい! 」
他の場所の霧も晴らしたいんです、まずは人が倒れている坑道へ連れて行ってください!そう詩萊が言葉を続けると、慌てた様子でひとりの女性が案内を申し出る。
「夫が坑道で働いているの。助けて、シーラ! 」
女性の言葉に、詩萊は力強く頷いた。
「……ひどい」
村の外れ、坑道。
そこには黒い霧が充満し、たくさんの村人たちが倒れていた。どの人もみな一様に苦しそうに顔を歪め、倒れた時にトロッコが倒れて下敷きになったらしい人まで居た。
「早く、歌わないと……! 」
焦る気持ちを抑え、詩萊はぎゅっとペンダントを握りしめる。
(大丈夫、大丈夫。お母さんがきっと力を貸してくれる)
「あ、ああ、あんた……! 」
道案内を申し出てくれた女性が、ひとりの男性に駆け寄った。そして、涙をいっぱいにためた瞳が、不安げに詩萊を射る。
視線を一身に受けた詩萊は、女性を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、私が絶対に助けてみせます」
そう言って詩萊は歌い出す。
「~♪」
すると、見る見る黒い霧が晴れていき、数分足らずで辺りには黒い霧に侵される前の景色が広がった。
「す、すごい……」
なんて、力なの。
女性の感嘆の言葉が、ぽつりと落ちる。
「やった! 」
霧が晴れて、数瞬の後。詩萊は喜ぶと同時に、一瞬視界がぐるりと回るような感覚に襲われた。
(あ、れ? )
「どうしたんだい? 」
詩萊の様子に目ざとく気がついた女性が、心配そうに詩萊の顔を覗き込む。
「ううん、なんでもないです。さあ、みんなを早く助けないと! 」
詩萊の視界には、歌で多少顔色が良くなっているものの重症だったのか体調が戻りきっていなさそうな村人が何人かいた。
(よし、頑張ろう)
そう詩萊が気合いを入れ直して、息を吸った時だった。
「――っ!? 」
今まで感じたことのない激痛が詩萊を襲う。そして。
「シーラ?……シーラ! 」
詩萊は、その場に倒れ込んだ。
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