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エレーナの戸惑い
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端に寄ったエレーナは、頭の中でリチャードの言葉の意図を考えていた。
『僕は手放すつもりないから』
この言葉の意味は一体……明らかにエレーナに向かって言った言葉だが、エレーナの何を手放すつもりなのだろうか。それとも何かほかのものの宣言だろうか。
あれからリチャードは他の令嬢達に対してにこやかに応対し、踊っていた。その大半が今年のデビュタントの子達。エレーナと踊ったことで、彼女達も王子殿下と踊りたいと思ったのだろう。
リチャードは他の人と踊るつもりがないのかと思ったがどうやらそうでは無いらしい。
(なら私と最初に踊らなくてもよかったのではないかしら……?)
もやもやとした気持ちがエレーナの中に生まれる。
どうして、なぜ、それが頭を占める。
(もしかして今までみたいな距離感?)
これなら納得出来る気がした。自分で言うのもあれだが、他の人よりかはリチャードとの距離は近くて遠い。たとえ花嫁を選んだとしても今まで通りの距離感が良いと言うことを言いたかったのだとしたら、一応筋が通る。
(うーん。これ以外に思いつかないしきっとそうよね)
そもそも今日はこんなことに時間を使っている暇がない。エレーナは婚約者を決めなければならない。ここはダンスフロアだが、隣のフロアは談笑スペースとなっていて、多くの子息たちがそちらにいる。
見たところエレーナの目的の人達は隣のフロアにいるようだった。
(よし、隣のフロアに行こう)
さっき感じた悲しみも、困惑も、リチャード関連のことは頭の片隅に追いやって、とりあえず目的のことに専念する。
勢いよく裾を翻せばチラリと包帯を巻いた足が顕になる。それはほんの一秒にも満たないくらいで、誰も気がつく者はいないはずだったのだが────
「レーナ」
聞き慣れている声。優しく掴まれた左手が、エレーナの動きを奪った。
「どっ……どうして」
そこには数分前まで他の令嬢と踊っていたリチャードがいた。いつの間にここまで移動してきたのだろうか。気が付かなかった。
驚きで目を見張るエレーナは掴まれた左手を解こうとする。
「レーナ、怪我してるよね」
掴まれた手が離れていき、ビクリと肩が震えた。
「けが……とは?」
一応とぼけて見るが、多分誤魔化せないだろう。
エレーナがリチャードのことを知っているように、彼もエレーナのことを知っているのだから。過ごした年月は短くない。
「嘘をついても無駄だよ。今、見えたから」
指が指したのはエレーナの足だった。
「えっと……」
「貴方の噂を聞いたショックで花瓶を落として怪我しました」なんて言えるはずがない。
口ごもるエレーナにリチャードは優しく誘導する。
「おいで。座れる場所に連れていくよ」
手が伸ばされる。だけど掴むことは出来ない。
「……私は無理です」
放っておいて欲しかった。来ないで欲しかった。今ばかりは、ずっと他の令嬢達と踊っていてよかったのに。
(ずるい。なんでそこには気が付くのに……)
──エレーナの恋心には気がついてくれないのだろうか。
ぎゅうっと二の腕を掴む。
そんなの我儘だって理解している。好きですと口に出したことなんてないのだから。
でも、それでも──と願ってしまうのだ。
「レーナ、歩けないなら運んであげるから終わるまで休んでたほうがいいよ」
動かないエレーナを見てそう解釈したらしいリチャードは、言い終わらないうちに彼女を抱き抱えようと一旦しゃがもうとする。
「そっそれは困ります! 私は結婚してくれそうな婚約者を探しに────」
────今日一番大きな目的が達成できなくなる。
焦ったエレーナは口を滑らせた。一番、バレてはいけない人の前で。
「え?」
リチャードの、表情が、消えた。
「ひっ」
一瞬黒い何かが見えた。いや、エレーナは何も見ていない。何も見てないことにした。記憶から消した。消さないとまずいことになりそうな予感がピンピンする。
「エレーナもう一度」
「はい?」
ビクビクと怯えながら問い返す。
「もう一度、今途中まで言ったこと最後まで教えて」
目の前の王子殿下は見たことがないほど完璧な微笑みを浮かべていた。
だけどエレーナには見える。黒いオーラが。言ったらどうなるのだろうか? きっといいことは無い。でも、言わなかった場合もどうなるか分からない。どちらにしてもエレーナを待っている結末は悲惨以外の何物でもなかった。
エレーナは頭を過去一番の早さで回転させた。そして思いついた。
「私は結婚してくれそうな婚約者を探しに来ました。それはエルドレッドの婚約です」
嘘は言ってない。だってエルドレッドも今婚約者を探している最中だ。エレーナは「私の」とは言ってない。口を滑らせたのは失態だったが、言葉の選択に助けられた。
「ほんとう?」
「ほんとうですよ」
我ながらいい返しだったと思う。だけどバレてる気がする。エレーナは全身で冷や汗をかいて困惑していた。
何故問い詰められているのだろうか。
何故見てはいけないものを見てしまったかのような気がするのか。
何故リチャードに教えなければいけないのか。
何故自分が悪い事をしたかのような後ろめたい思いを今感じているのだろうか。
──訳が分からないわ!!!
にこにこと笑いながらエレーナは内心そんなことを考えていた。
『僕は手放すつもりないから』
この言葉の意味は一体……明らかにエレーナに向かって言った言葉だが、エレーナの何を手放すつもりなのだろうか。それとも何かほかのものの宣言だろうか。
あれからリチャードは他の令嬢達に対してにこやかに応対し、踊っていた。その大半が今年のデビュタントの子達。エレーナと踊ったことで、彼女達も王子殿下と踊りたいと思ったのだろう。
リチャードは他の人と踊るつもりがないのかと思ったがどうやらそうでは無いらしい。
(なら私と最初に踊らなくてもよかったのではないかしら……?)
もやもやとした気持ちがエレーナの中に生まれる。
どうして、なぜ、それが頭を占める。
(もしかして今までみたいな距離感?)
これなら納得出来る気がした。自分で言うのもあれだが、他の人よりかはリチャードとの距離は近くて遠い。たとえ花嫁を選んだとしても今まで通りの距離感が良いと言うことを言いたかったのだとしたら、一応筋が通る。
(うーん。これ以外に思いつかないしきっとそうよね)
そもそも今日はこんなことに時間を使っている暇がない。エレーナは婚約者を決めなければならない。ここはダンスフロアだが、隣のフロアは談笑スペースとなっていて、多くの子息たちがそちらにいる。
見たところエレーナの目的の人達は隣のフロアにいるようだった。
(よし、隣のフロアに行こう)
さっき感じた悲しみも、困惑も、リチャード関連のことは頭の片隅に追いやって、とりあえず目的のことに専念する。
勢いよく裾を翻せばチラリと包帯を巻いた足が顕になる。それはほんの一秒にも満たないくらいで、誰も気がつく者はいないはずだったのだが────
「レーナ」
聞き慣れている声。優しく掴まれた左手が、エレーナの動きを奪った。
「どっ……どうして」
そこには数分前まで他の令嬢と踊っていたリチャードがいた。いつの間にここまで移動してきたのだろうか。気が付かなかった。
驚きで目を見張るエレーナは掴まれた左手を解こうとする。
「レーナ、怪我してるよね」
掴まれた手が離れていき、ビクリと肩が震えた。
「けが……とは?」
一応とぼけて見るが、多分誤魔化せないだろう。
エレーナがリチャードのことを知っているように、彼もエレーナのことを知っているのだから。過ごした年月は短くない。
「嘘をついても無駄だよ。今、見えたから」
指が指したのはエレーナの足だった。
「えっと……」
「貴方の噂を聞いたショックで花瓶を落として怪我しました」なんて言えるはずがない。
口ごもるエレーナにリチャードは優しく誘導する。
「おいで。座れる場所に連れていくよ」
手が伸ばされる。だけど掴むことは出来ない。
「……私は無理です」
放っておいて欲しかった。来ないで欲しかった。今ばかりは、ずっと他の令嬢達と踊っていてよかったのに。
(ずるい。なんでそこには気が付くのに……)
──エレーナの恋心には気がついてくれないのだろうか。
ぎゅうっと二の腕を掴む。
そんなの我儘だって理解している。好きですと口に出したことなんてないのだから。
でも、それでも──と願ってしまうのだ。
「レーナ、歩けないなら運んであげるから終わるまで休んでたほうがいいよ」
動かないエレーナを見てそう解釈したらしいリチャードは、言い終わらないうちに彼女を抱き抱えようと一旦しゃがもうとする。
「そっそれは困ります! 私は結婚してくれそうな婚約者を探しに────」
────今日一番大きな目的が達成できなくなる。
焦ったエレーナは口を滑らせた。一番、バレてはいけない人の前で。
「え?」
リチャードの、表情が、消えた。
「ひっ」
一瞬黒い何かが見えた。いや、エレーナは何も見ていない。何も見てないことにした。記憶から消した。消さないとまずいことになりそうな予感がピンピンする。
「エレーナもう一度」
「はい?」
ビクビクと怯えながら問い返す。
「もう一度、今途中まで言ったこと最後まで教えて」
目の前の王子殿下は見たことがないほど完璧な微笑みを浮かべていた。
だけどエレーナには見える。黒いオーラが。言ったらどうなるのだろうか? きっといいことは無い。でも、言わなかった場合もどうなるか分からない。どちらにしてもエレーナを待っている結末は悲惨以外の何物でもなかった。
エレーナは頭を過去一番の早さで回転させた。そして思いついた。
「私は結婚してくれそうな婚約者を探しに来ました。それはエルドレッドの婚約です」
嘘は言ってない。だってエルドレッドも今婚約者を探している最中だ。エレーナは「私の」とは言ってない。口を滑らせたのは失態だったが、言葉の選択に助けられた。
「ほんとう?」
「ほんとうですよ」
我ながらいい返しだったと思う。だけどバレてる気がする。エレーナは全身で冷や汗をかいて困惑していた。
何故問い詰められているのだろうか。
何故見てはいけないものを見てしまったかのような気がするのか。
何故リチャードに教えなければいけないのか。
何故自分が悪い事をしたかのような後ろめたい思いを今感じているのだろうか。
──訳が分からないわ!!!
にこにこと笑いながらエレーナは内心そんなことを考えていた。
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