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錯綜するものごと
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過去の記憶を振り返ったエレーナは現実に目を向ける。
「は……い……喜んで」
右手を添えればギュッと握られた。それはデビュタントの時と何も変わっていない。
殿下に慕う人がいると知らなかったらとても嬉しかっただろう。だが今のエレーナの心を占めるのは虚しさと悲しさだ。
左右に避けた貴族たちの間を通ってホールの端から中央に連れられる。静まり返った室内は居心地が悪くて、周りの視線も相まって気分が悪くなる。
どうして自分を選んだのか。
尋ねたいのに、心のどこかで傷つくのが怖く、拒絶する自分がいる。声をかける勇気が出ない。
エレーナは目立たぬよう、目で追わないよう、人混みの中に紛れてあちらからは分からない位置にいたはずだった。なのに見つかった。そこまでして申し込んでくる理由が分からない。
(今夜はデビュタントの時のように困っていた訳でもないわ)
もっと近くに王子殿下と踊りたいと思っている令嬢は山ほどいる。その中には自分よりも美人で美しい方や可愛らしい方も。
羨ましそうに見てくる令嬢達。彼女達に言ってしまいたい。殿下には別に慕う人がいるのだと。殿下が許してくれるのならば、いくらでも相手を代わってあげると。
最初の立ち位置に付く。他にも十組ほどのペアが周りを囲って、最初の姿勢になる。すると直ぐに音楽は奏でられ始めた。
今回は少しゆったりとしたテンポのようで、エレーナも過去に何度も踊ったことがある曲だった。
踊る度にぐるぐると回る視界に二人だけの世界。
質量を感じさせない空色のドレスが共に舞って、翻って、エレーナに纏わる。
リチャードのリードはとても上手くて、これが彼と踊れるラストチャンスだと思うと彼の姿を目に焼き付けておきたい。なのにエレーナの瞳はリチャードの姿を映すのを嫌がる。
──いやだ。終わらないで欲しい。でも早く終わって欲しい。私を惑わせるような行動をしないで欲しい。ううんやっぱりして欲しい。
行ったり来たりする感情。揺れ動く心。エレーナはダンスに全く集中できなかった。
踊りながら相手と会話することもある。しかし今回は一切、二人とも口を開けない。それが余計にエレーナの心をざわつかせる要因でもあった。
そうこうしているうちに曲の最後の音色が空気に熔けていく。
(終わって……しまったわ)
繋いでいた手が離れていく。温もりが無くなった自分の手は急速に冷えていった。
「いいひとときをありがとうございました。エレーナ嬢」
「こちら……こそありがとう……ございました。リチャード殿下」
視線を合わせず、うつむき加減に礼をしてリチャードが立ち去るのを待つ。だが、視線の先にある彼の靴はいつまで経ってもその場を動くことがない。
「殿……下?」
不思議に思ってこの日、初めてまともに彼の顔を見た。
「レーナ」
そこにあるのは優しい穏やかな瞳ではなくて、何か陰が蠢き、奥に鷹のような鋭さを持った紺碧。
信じられなくて瞬きをすれば、違和感は消えていつものリチャードだった。
(見間違いかしら?)
目が離すことも、この場を立ち去ることも忘れて、そのままリチャードを見つめていると、彼の顔が近づいてくる。そしてエレーナの横で止まった。
「僕は手放すつもりがないから。ごめんね」
少し動けば唇が当たりそうなほど、耳元の近くで囁かれた言葉は冷ややかで、耳にこびりつく。
なに……を? と口を開く間もなくリチャードはエレーナを置いて立ち去った。
「は……い……喜んで」
右手を添えればギュッと握られた。それはデビュタントの時と何も変わっていない。
殿下に慕う人がいると知らなかったらとても嬉しかっただろう。だが今のエレーナの心を占めるのは虚しさと悲しさだ。
左右に避けた貴族たちの間を通ってホールの端から中央に連れられる。静まり返った室内は居心地が悪くて、周りの視線も相まって気分が悪くなる。
どうして自分を選んだのか。
尋ねたいのに、心のどこかで傷つくのが怖く、拒絶する自分がいる。声をかける勇気が出ない。
エレーナは目立たぬよう、目で追わないよう、人混みの中に紛れてあちらからは分からない位置にいたはずだった。なのに見つかった。そこまでして申し込んでくる理由が分からない。
(今夜はデビュタントの時のように困っていた訳でもないわ)
もっと近くに王子殿下と踊りたいと思っている令嬢は山ほどいる。その中には自分よりも美人で美しい方や可愛らしい方も。
羨ましそうに見てくる令嬢達。彼女達に言ってしまいたい。殿下には別に慕う人がいるのだと。殿下が許してくれるのならば、いくらでも相手を代わってあげると。
最初の立ち位置に付く。他にも十組ほどのペアが周りを囲って、最初の姿勢になる。すると直ぐに音楽は奏でられ始めた。
今回は少しゆったりとしたテンポのようで、エレーナも過去に何度も踊ったことがある曲だった。
踊る度にぐるぐると回る視界に二人だけの世界。
質量を感じさせない空色のドレスが共に舞って、翻って、エレーナに纏わる。
リチャードのリードはとても上手くて、これが彼と踊れるラストチャンスだと思うと彼の姿を目に焼き付けておきたい。なのにエレーナの瞳はリチャードの姿を映すのを嫌がる。
──いやだ。終わらないで欲しい。でも早く終わって欲しい。私を惑わせるような行動をしないで欲しい。ううんやっぱりして欲しい。
行ったり来たりする感情。揺れ動く心。エレーナはダンスに全く集中できなかった。
踊りながら相手と会話することもある。しかし今回は一切、二人とも口を開けない。それが余計にエレーナの心をざわつかせる要因でもあった。
そうこうしているうちに曲の最後の音色が空気に熔けていく。
(終わって……しまったわ)
繋いでいた手が離れていく。温もりが無くなった自分の手は急速に冷えていった。
「いいひとときをありがとうございました。エレーナ嬢」
「こちら……こそありがとう……ございました。リチャード殿下」
視線を合わせず、うつむき加減に礼をしてリチャードが立ち去るのを待つ。だが、視線の先にある彼の靴はいつまで経ってもその場を動くことがない。
「殿……下?」
不思議に思ってこの日、初めてまともに彼の顔を見た。
「レーナ」
そこにあるのは優しい穏やかな瞳ではなくて、何か陰が蠢き、奥に鷹のような鋭さを持った紺碧。
信じられなくて瞬きをすれば、違和感は消えていつものリチャードだった。
(見間違いかしら?)
目が離すことも、この場を立ち去ることも忘れて、そのままリチャードを見つめていると、彼の顔が近づいてくる。そしてエレーナの横で止まった。
「僕は手放すつもりがないから。ごめんね」
少し動けば唇が当たりそうなほど、耳元の近くで囁かれた言葉は冷ややかで、耳にこびりつく。
なに……を? と口を開く間もなくリチャードはエレーナを置いて立ち去った。
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