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番外編
婚約期間が短い理由(2)
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「レーナちゃんは何ヶ国語話せるかしら」
「スタンレー、ルルクレッツェ、大陸公用語──と最近二か国語習っているので……五ヶ国語だと……」
指を折りながら数えてみるとよく覚えたなぁとしみじみ思う。いちばん最初に習ったのは大陸公用語。
(確か、お母様にリチャード殿下と一緒に居たいなら覚えないとダメよって言われてがむしゃらに覚えたなぁ)
小さかった自分には難しくて難しくて。大泣きしながらそれでも、頑張って無理やり詰め込んだのだ。
あの頃の自分はリチャードの傍にいることが何より大切で。そのためには努力を惜しまなかったのだ。
「では、この国の貴族の者達の名前は?」
「一応……うろ覚えの箇所もありますが。あの、それが何か?」
どうしてそんなことを聞いてくるのだろうか。
「ごめんなさいね。私、いや、私達レーナちゃんを逃すつもりなくって」
「はい?」
(どういうこと?)
話の行き着く先が見えてこない。
罪を懺悔するかのようにリチャードがその先を続ける。
「…………レーナの淑女教育は貴族が受ける本来のレベルよりも高いんだ」
「と言うと?」
「妃になる者が受けるはずの教育が織り込まれていた。だからもうレーナは受ける必要が無いんだよ。終わってるから」
驚愕の事実に口をぽかんと開けてしまう。
「え、でも、え!? 私、よく家庭教師の方に叱られてましたが……」
エレーナに付いた家庭教師は白髪混じりの年配の女性だった。とはいえ、受け答えははっきりとしており、背骨も曲がっておらず、シャキッとしている若々しい人だ。
とても厳しい先生で、授業中ほんの少し気を緩めると課題が倍増するので戦々恐々としていた覚えがある。
「貴女は怒られてない方よ。私の方が酷かった」
過去の記憶を遡っていたのかミュリエルが身震いする。
「しかもレーナちゃんのこと褒めていたわよ。本来よりも厳しい内容なのに泣き言も言わず、必死についてきていたって」
(そうなんだ。ちょっと嬉し……待って)
これ、このまま受け入れてしまって良いのだろうか。
引っかかったが、エレーナだってリチャードの元に嫁ぎたかったし、もし嫁がない道があったとしても知識は覚えていて損はないので良いはず……と納得させる。
それに両親も本当にやばいものなら断っていただろう。エレーナの気持ちは早々に知られていたから、両親も了承したのだ。
「というわけでレーナちゃんはどこに嫁いでも文句なし! の令嬢なのよ。何だが誘導したみたいで申し訳ないけど」
◇◇◇
「リー様」
「ごめん」
打ち合わせが終わり、会うのは久しぶりだからとリチャードと二人にしてもらったエレーナは、彼を見下ろしていた。
一度は納得したものの、その後怒りがふつふつと湧き上がってきたのだ。
「あのような手の込んだことをするならば、告白してくだされば良かったのでは?」
「……その通りだよ」
こればかりは全面的にリチャードが悪いので謝罪以外の選択肢が存在しない。いつもなら上に立つものとして威厳を持たないといけないリチャードも、膝の上に両手を置いて大人しくしていた。
「婚約期間が短くなるのは嬉しいことですが、そもそも告白してくだされば片想い期間が短くなりますし、今頃もう夫婦だったかもしれませんよ?」
自分も告白しなかったことを棚に上げ、エレーナはリチャードを追い詰めていく。
「手放す気はないくせに、告白するのは尻込みしていた私に幻滅した?」
(どうなんだろう)
幻滅はしっくり来ない。かと言って、マイナスな感情を抱いてないとも言いきれない。
エレーナは手を伸ばしてリチャードの頬に触れた。
美しい紺碧の瞳は自分の表情を窺っており、小刻みに揺れている。
珍しく彼の弱い部分を見たかのようで、エレーナはふふっと笑う。
「私はリー様に弱いので。本当に嫌なこと以外何でも許してしまいますし、幻滅なんてしていませんよ」
そのまま右頬にくちびるを寄せた。
「そのやり方はずるいよ。許してもらえたと錯覚してしまう」
ぐいっと引っ張られたエレーナはリチャードの腕の中に閉じ込められる。彼の吐息が頬を掠めるほど近距離で、ドキドキしてしまう。
赤くなる顔を隠し、悠然と微笑む。
「あら、無視して許さない方がよろしいですか?」
「揶揄わないでくれ。私はレーナのすること全部が弱点で、君には何も敵わないんだ。無視された暁には死んでしまう」
「それは困ってしまいます。花婿がいない結婚式など、私に寂しい思いをさせるのですか?」
「まさか。一人になんてさせないよ」
そうして今度はリチャードからの口づけをエレーナは受け入れるのだった。
「スタンレー、ルルクレッツェ、大陸公用語──と最近二か国語習っているので……五ヶ国語だと……」
指を折りながら数えてみるとよく覚えたなぁとしみじみ思う。いちばん最初に習ったのは大陸公用語。
(確か、お母様にリチャード殿下と一緒に居たいなら覚えないとダメよって言われてがむしゃらに覚えたなぁ)
小さかった自分には難しくて難しくて。大泣きしながらそれでも、頑張って無理やり詰め込んだのだ。
あの頃の自分はリチャードの傍にいることが何より大切で。そのためには努力を惜しまなかったのだ。
「では、この国の貴族の者達の名前は?」
「一応……うろ覚えの箇所もありますが。あの、それが何か?」
どうしてそんなことを聞いてくるのだろうか。
「ごめんなさいね。私、いや、私達レーナちゃんを逃すつもりなくって」
「はい?」
(どういうこと?)
話の行き着く先が見えてこない。
罪を懺悔するかのようにリチャードがその先を続ける。
「…………レーナの淑女教育は貴族が受ける本来のレベルよりも高いんだ」
「と言うと?」
「妃になる者が受けるはずの教育が織り込まれていた。だからもうレーナは受ける必要が無いんだよ。終わってるから」
驚愕の事実に口をぽかんと開けてしまう。
「え、でも、え!? 私、よく家庭教師の方に叱られてましたが……」
エレーナに付いた家庭教師は白髪混じりの年配の女性だった。とはいえ、受け答えははっきりとしており、背骨も曲がっておらず、シャキッとしている若々しい人だ。
とても厳しい先生で、授業中ほんの少し気を緩めると課題が倍増するので戦々恐々としていた覚えがある。
「貴女は怒られてない方よ。私の方が酷かった」
過去の記憶を遡っていたのかミュリエルが身震いする。
「しかもレーナちゃんのこと褒めていたわよ。本来よりも厳しい内容なのに泣き言も言わず、必死についてきていたって」
(そうなんだ。ちょっと嬉し……待って)
これ、このまま受け入れてしまって良いのだろうか。
引っかかったが、エレーナだってリチャードの元に嫁ぎたかったし、もし嫁がない道があったとしても知識は覚えていて損はないので良いはず……と納得させる。
それに両親も本当にやばいものなら断っていただろう。エレーナの気持ちは早々に知られていたから、両親も了承したのだ。
「というわけでレーナちゃんはどこに嫁いでも文句なし! の令嬢なのよ。何だが誘導したみたいで申し訳ないけど」
◇◇◇
「リー様」
「ごめん」
打ち合わせが終わり、会うのは久しぶりだからとリチャードと二人にしてもらったエレーナは、彼を見下ろしていた。
一度は納得したものの、その後怒りがふつふつと湧き上がってきたのだ。
「あのような手の込んだことをするならば、告白してくだされば良かったのでは?」
「……その通りだよ」
こればかりは全面的にリチャードが悪いので謝罪以外の選択肢が存在しない。いつもなら上に立つものとして威厳を持たないといけないリチャードも、膝の上に両手を置いて大人しくしていた。
「婚約期間が短くなるのは嬉しいことですが、そもそも告白してくだされば片想い期間が短くなりますし、今頃もう夫婦だったかもしれませんよ?」
自分も告白しなかったことを棚に上げ、エレーナはリチャードを追い詰めていく。
「手放す気はないくせに、告白するのは尻込みしていた私に幻滅した?」
(どうなんだろう)
幻滅はしっくり来ない。かと言って、マイナスな感情を抱いてないとも言いきれない。
エレーナは手を伸ばしてリチャードの頬に触れた。
美しい紺碧の瞳は自分の表情を窺っており、小刻みに揺れている。
珍しく彼の弱い部分を見たかのようで、エレーナはふふっと笑う。
「私はリー様に弱いので。本当に嫌なこと以外何でも許してしまいますし、幻滅なんてしていませんよ」
そのまま右頬にくちびるを寄せた。
「そのやり方はずるいよ。許してもらえたと錯覚してしまう」
ぐいっと引っ張られたエレーナはリチャードの腕の中に閉じ込められる。彼の吐息が頬を掠めるほど近距離で、ドキドキしてしまう。
赤くなる顔を隠し、悠然と微笑む。
「あら、無視して許さない方がよろしいですか?」
「揶揄わないでくれ。私はレーナのすること全部が弱点で、君には何も敵わないんだ。無視された暁には死んでしまう」
「それは困ってしまいます。花婿がいない結婚式など、私に寂しい思いをさせるのですか?」
「まさか。一人になんてさせないよ」
そうして今度はリチャードからの口づけをエレーナは受け入れるのだった。
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