王子殿下の慕う人

夕香里

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番外編

ゆるゆる溶けて(2)

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「そうだよ。婚約者でも何でもないのに口を出さずにはいられなかったんだ」

 ちゅっと頬に軽いキスをした。

「ただ、反対に私の妻はこれほど美しくて可愛らしい女性なのだと周りに示したくもある。どちらも私の我儘だ。レーナに押し付けるつもりはないよ」

 優しく微笑みながら離れていく。

「花嫁姿のレーナは無条件で可愛い。どのドレスも見てみたいし、そんな君を妻に迎えられる私は世界でいちばんの幸せ者だよ」

 いいようにまとめられてしまった。

(そんなのずるい)

 最終的な決定権はエレーナに委ねるところ。本当に卑怯だと思う。

「……私はリーさまの我儘を叶えたいです」

 エレーナには「いいえ」の選択は元から存在しないのだ。

「あっでもこのフリルは譲れませんし、露出度が低いものを……と仰られましたが腕はまだしも、肩は出したいです」

 最近の流行であり、オフショルダーはエレーナの好きなデザインなのだ。

 勢いよく主張すればリチャードは微笑を浮かべ、耳元で囁いた。

「そうだね。私の使はフリルたっぷりの方が似合うよ」
「ひゃうっ」

 吐息がかかりこそばゆい。最近自覚したことなのだが、エレーナは耳が弱い。近くで囁かれるともれなく変な声が出てしまう。

 恥ずかしくて口元を押さえると、その手を取られてしまう。そうして左の薬指、嵌った婚約指輪に彼の唇が触れる。

 その仕草はとても優しくて。なのに、彼の目はエレーナをからかうように細められた。

「これだけで赤面するレーナは妻になったらどうなるんだろうね」
「……いじわるです……」

 多分ドキドキし過ぎて心臓が持たない。
 もうすぐ結婚式なのに、本当にどうしようか。対策は何も立てられていない。

「わたし……ばかり」

 拗ねたような声になってしまう。

 とはいえ、こんなことをリチャードにされても嫌ではないのだ。むしろ嬉しく感じてしまい、それが恥ずかしくもある。

 ふるふる震える睫毛は濡れて、金の瞳は潤む。

「嫌かな」
「……好きな人からのを嫌いだと?」
「なら、もっとしてもいい?」

 こくんと頷けば、リチャードはまぶたにも落とす。

「ひぅっ」

 初めての箇所にエレーナの体は過敏に反応した。力が抜けて座り込んでしまいそうなところを、リチャードが腰に手を回して支える。

 そうして今度は唇を奪われる。

「んっ」

 何度もくちびるが重なって思考がとろとろ溶けていく。取られていた左手が指を絡める繋ぎ方になり、よりいっそう距離が近づく。

 早鐘を打つ鼓動を気にする暇もなく、強引だけど甘やかな口づけに意識を全て持ってかれた。

 どのくらい経ったのだろうか。エレーナは息も絶え絶えに紡ぐ。

「リーさま……も……もう、……や」

 空いていた右手でぎゅうっと彼のシャツを握る。のぼせたように全身が熱く、上手く頭が回らない。

(酸欠でくらくらする……)

 そこでようやくずっと塞がれていた唇が解放された。荒い息を吐きながらエレーナは言う。

「……口づけはいやじゃないけど、いったんおわりに……して、ください」
「そんな表情反則だと思うが、元はと言えば私が悪いからね」
「ひゃっ」

 リチャードはエレーナを抱き抱え、ソファに優しく下ろした。

「しばらく休むといいよ。時間を置いて針子たちを呼んでくる」
「はり……こ? あっ」

 さあああっとエレーナは青ざめる。

(他の人がいたのに……!!! 私っ)

 途中からリチャードしか目に入ってなかった。

「ああ、安心して。最初の方で退出していたよ」

 でなければリチャードだってあそこまでしない。

 それでも、最初は見られていたのである。エレーナはソファに顔を埋め、耳を塞いで己の行動を恥じる。

(うぅむり)

 結局、エレーナは羞恥心から戻ってきた針子達の顔を最後まで見られなかった。
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