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第一章 私と殿下
晩餐会です(1)
コンコンとノックが響く
「お呼びでしょうかお嬢様」
「ええ。ルーナ中に入って」
一人侍女が許可を貰って中に入室する。
「おはようございます。アタナシアお嬢様」
「おはようルーナ。早速で悪いけど今日の予定を確認したいの」
「分かりました。お嬢様の今日のご予定ですが、午前中は何もございません。午後は、夕方に王宮での晩餐会に呼ばれていますので直ぐに支度に取り掛かって頂くことになります」
「分かったわ。服装の指定はあったかしら?」
「ございませんね。ですが、ギルバート殿下から髪飾りが贈られてきています。是非、晩餐会に付けて来て欲しいと言付けが」
「また……? 前回はネックレスだったわよね?」
「そのまたでございます。良いではないですか、お嬢様のことが好きだと言うことでございましょう。仲がよろしいのですね」
ルーナは冷やかすように優しげに笑う。
「茶化さないで。だってギルが好きなのは私じゃ……!」
言いかけた所でこの情報は未来のことであり、今の人達は知らない。突然言葉を呑み込んだ私を不思議に思ったのかルーナは首を傾げる。
「お嬢様……? 如何なさいましたか?」
「何でもないの大丈夫よ。ルーナ、それよりも今日の朝食は?」
「今日のメニューは小麦粉から作った白パンと自家製サラダ、ハムエッグです」
「美味しそうね! 早く食べたいわ」
ルンルンと軽くスキップしながら食堂へ向かう私の後ろでルーナは
「これでは殿下が可哀想ですね。お嬢様全く気づいていらっしゃいませんよ。こういう所にお嬢様は疎いから……」
「ん? ルーナ、何か言った?」
「いいえ。何も言っておりません」
「そう? ならいいけど」
今日の朝食のことで既に頭がいっぱいになっていた私は、ルーナが哀れな目でこちらを見ていることに気が付かなかった。
◇◇◇
「キツい……」
「我慢してくださいお嬢様。あと少しです」
「何か胃から出てきそう……キツい」
「やめてくださいこれで最後です」
キュッとリボンが擦れる音がして一気にコルセットが締まる。
「ウッがまんがまん。いける。頑張れ私」
「終わりましたよお嬢様。上に着るお召し物は何にしましょう?」
「そ……うね……貴方たちに任せるわ」
「了解しました。そこの淡いブルーのドレスを持ってきて。貴方は殿下から贈られた髪飾りを、貴方はネックレスとイヤリングを」
私が晩餐会のためにコルセットを付けてフラフラの中、ルーナはテキパキと指示を出している。
気づいた時には化粧も着替えも全て終わっていた。
「お嬢様、身支度が終わりました。奥さまはエントランスでお待ちです」
「分かったわお母様にすぐに行くと伝えて」
会釈をして侍女が出ていく。
鏡に映った私はまるで別人のようだ。肩に花の刺繍が施された透き通った淡いブルーのAラインドレス。くるりと回るとフワッとスカートの裾が広がる。頭には殿下から貰った白い花の髪飾り。よく見ると凄く細工が凝っているようだ。
「一体、どれくらいお金をかけたらこんなに凝るのかしら? もっとシンプルでいいわよね。それに記憶ではこんなの貰ってない気が……」
鏡とにらめっこしていたら下から私を呼ぶ声が聞こえて慌てて階段を降りると、階下にはお母様がこちらを見ながら待っていた。私に気づいたお母様はお日様のような微笑みを向ける。
「シアちゃんとっても綺麗よ。さすが私の子だわ」
「お母様言い過ぎです。それよりもお母様の方が綺麗です」
「ふふお世辞はいいのよ? もう私も若いとは言えない歳だし」
いや、お母様はとっても綺麗だ。お肌ピチピチで若作りしていないのに年齢よりもずっと年下に見える。
そして笑うと大輪の花が咲く。それは外を歩けば、男性はみんなお母様を二度見をするほど。
お父様はそれが気に食わなくて、お母様をあまり外に出したくないようだ。まあ外に出さないようにするとお母様、実家に帰ろうとするからあまり効果はないのだけれど。
「さあ、シアちゃん王宮に行きましょうか」
「ええお母様」
お父様とお兄様は仕事で王宮にいるのでお母様と二人で向かう。ガラガラと音を立てながら揺れる馬車の中で、出てくる料理のことを考えていたらいつの間にか到着していた。
私の家のシェフが作る料理も勿論美味しいけど、やっぱり王族専属シェフが作る料理は頬が落ちそうになるほど美味しいのだ。とっても楽しみである。
ガタンと馬車の扉が開き、お母様の後に続いて降りる。
正面に見えるエントランスの窓はステンドグラスになっていて周りの光を反射し、煌めいている。
細部まで細かく装飾が施されたこの国で一番豪華で美しい建物である王宮。
一瞬記憶がフラッシュバックして足がすくむが、私はゆっくりと足を踏み入れた。
「シアちゃんのエスコートはギルバート殿下よね? 多分お父様もそこにいるから一緒に行きましょう」
「はい」
お母様と並んで王宮内へと入っていくと、お母様の容姿に対してあちらこちらから聞こえてくる感嘆の声。私は聞こえてくる度に誇らしげになる。
お母様はとっても素敵な人なのよ! と。
晩餐会の会場手前の控え室の前にお父様とギルは居た。彼らは顔を顰めて何かを話しているようだ。
「アリーを見る目がダメだ。あいつら、後で凍らせてしまおう」
「公爵、それはダメですよ。あっシアを変な目で見ていた子息を凍らせるのには賛成しますけど」
「殿下も私と同じこと言ってるではないですか。しかも自分の手を使わずに排除しようとしてません? そんなお方にシアを任せられません。自分の手を汚してください」
「残念ですね。アタナシアは私の婚約者です。今の所は手放すつもりはありませんよ」
「……シアが婚約破棄したいと言ったら破棄させてもらうからな」
「うーん本当にそんな日が来たら困りますね」
ギルバートの余裕たっぷりの笑顔に、公爵がいっそここで凍らせてしまおうかと思っている時、アタナシアとアリアナが彼らの前に到着した。
「ギルバート殿下、お父様、お待たせして申し訳ございません。何をそんなに話し込んでいるのです?」
「ん? シアは知らなくていい事だよ。それよりも今日も綺麗だね」
「……そうですか? お父様また、殿下に何かしました?」
サラッと紡がれた褒め言葉。頬が上気するのを隠すように、お父様を軽く睨む。また何か殿下に突っかかって迷惑をかけたのかと。
「いや、逆だ逆。シア、よく聞いてくれギルバート殿下はな腹……うっ」
必死に「腹黒」だと伝えようとする公爵の足を、ギルバートは躊躇も無く踏みつける。
「お父様……? 腹、何です?」
「聞かなくていいことだよおいで。まだ晩餐会までには時間があるから控え室に入ろう。公爵夫妻もどうぞ」
そう言って何が何だか分かってないアタナシアの手を取り、何事も無かったかのように控え室にエスコートする。
「貴方……」
足を踏みつけられた公爵をアリアナは可哀想な目で見る。
「あのガキめ。陛下とは別の意味でめんどくさい。絶対に私の可愛いアタナシアをやらないからな……」
キッと扉を見つめ、不敬罪で捕らえられてもおかしくない発言をしている夫を哀れんだアリアナは、私達も早く入りましょうと公爵を中に促した。
◇◇◇
殿下は正式な王家の紋章が入っている正装だった。サラサラの青色の髪は、長くもなく短くもないところで切りそろえられている。当たり前だが、容姿もとても良い。笑えば、周りのご令嬢方を毎回失神させている。
私は慣れているのか失神したことは無いが、やはり褒め言葉を伝えられると赤くなってしまう。
だって! こんなに綺麗な顔で言われるのよ? 誰でもそうなるわ!
「どうかした?」
「っいいえ何でもないわ」
そんなことを考えていた最中に声をかけられたので、恥ずかしくて咄嗟に顔を背けてしまった。
「……シア、こっち向いて」
そう言って私の頬に手を置いて優しく顔を戻される。手袋から伝わる温もりが暖かい。ドキンと心臓がはね上がる。
「髪飾りつけてきてくれたんだね。ありがとう」
「婚約者から貰ったのに付けない方なんています? いません」
「そうじゃなくて、君がこういう公式行事に付けてくれたことが嬉しくて。本当に可愛いよ」
「別に、付けた方が良いかなって思っただけです! 他意はないですからね!」
「ハイハイ分かったよ」
慈しむように私を見つめる殿下。その手は優しく髪飾りに触れていた。
──何故そんな目で見るの?
殿下が私のことを好きだという愚かな勘違いをするからやめて欲しい。
記憶が戻ってこれまでのことを整理していたら気づいてしまった。前回のことはあまり覚えていないけど、今回の人生では絶対に「好き」という言葉を彼から貰ったことが無い。
それに殿下にはローズがいる。だから……彼からの熱を含んだ視線も瞞しだ。
「……シア?」
悲しくて俯いたのを不思議に思ったのか、殿下は声をかけてきたが、侍女が「お時間です」と告げに来た。
「それじゃあ行こうか。手を貸して」
「はいギル」
私は気持ちを切り替える。
落ち込んでいてはいけない。ここからは女の戦いだ。戦場なのだ。立派にやりすごして、殿下の評価に泥を塗るようなことを間違っても起こしてはいけない。
「今夜も頑張るわよ」
「また君は……」
会場に入る扉の前で、メラメラと燃える私を見て、ギルバート殿下は苦笑いをした。
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