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第一章 私と殿下
晩餐会です(3)
しおりを挟む料理のコースも終盤に差し掛かり、周りでは商談の会話が飛び交っている。お父様も他の方と熱心に話し込んでいて、お母様は婦人会の皆さんと今年の流行について楽しそうに話している。
私にも話し相手となる友達はいるが、〝王太子の婚約者〟という肩書きに吸い寄せられて、利益のために近づいてくる者が後を絶たない。
適当にあしらってはいるが、たまにあしらいきれない人もいる。でも何故かそういう人は、気付いた時にはあたかも元々いなかったかのように形跡が無くなる。
好奇心旺盛なので理由を知りたいが、知ってはいけない気がしてならない。野生の勘? という物が働いている。知ったら危険だと。
そんな中、親友であるマリーは熱を出して不参加らしい。
私にはマリー以外に気軽に話せる友達がいない。いや、いるにはいるのだが彼女が一番意気投合できるのだ。
だから彼女が居ないだけですることが無くなり、退屈する。
全ての料理を食べ終わった私はそっと周りに聞こえないくらい、微かに溜息を漏らす。
本当に暇だ。話す人もいなければ、この時間に帰ることも出来ないし……かと言って何かすることがある訳でもない。
ふと、殿下はどうしているのだろうといるはずのテーブルを見ると人だかりが出来ていた。
凄い。未亡人から幼女まで幅が広い。
「人気だなぁ。私には異性なんか誰も近寄ってこないからな……」
少しだけ羨ましい。まぁあの中にいるはずの殿下は多分、面倒臭い、だから公式行事は嫌いなんだ。と思っているだろうけれど。
「何? シアは他の子息たちからチヤホヤされたいの? やめておいた方がいいよ。相手が誰であっても消されるから」
「ロンお兄様!? いつからそこに」
独り言のつもりが、返答が返ってきたので驚いて後ろを振り向くとお兄様が立っていた。「心臓に悪いわお兄様」と心の中で呟く。
「いまさっきだよ。シア、笑顔が消えててボケーっとしてたから言った方がいいかなって」
「はっ笑顔消えてました? ありがとうございます。お兄様、教えてくれて」
なんと私としたことが、笑顔が消えていたのは悪い。つまらなさそうな顔をしてはいけないのに!
慌てて天使(だと思われる)笑顔を作る。
「あーシア。ダメ、それ。三人陥落した」
周りを見ていたロンお兄様が言う
「何がダメなのです?」
「んー。笑顔は百点満点なんだけど、周りに見せる笑顔としてはマイナス百点なんだよ。分かる?」
「マイナス百点……じゃあどうすれば……」
「もうちょっと笑顔度下げて」
「笑顔度? こうですか?」
全くお兄様が言ってる意味が分からないが、少しだけ笑みを優しくした。
「ダメ、さっきよりダメ。五人堕ちた。うっわ殿下のオーラが真っ黒だ。堕ちた奴ロックオンされたから終わったな……ご愁傷さま」
続けてお兄様は「あーあ、これは後始末で僕の仕事が……」と苦笑いしながら頭に手を当てている。
後始末とは何だろう? そんなに悪い事をした方がいたのかしら?
「お兄様、殿下は黒いオーラ? という物を出していませんわ」
不吉なことを聞いたので殿下の方を見るが、何もオーラは出ていない。
「殿下、シアが見ているの察知して隠したんだよ。怖すぎだね。いいかい? もう少し笑顔じゃなくていつもの淑女の仮面くらいでいいんだ。張り切らなくていい」
「よく分からないけど……分かったわお兄様」
そう言ってもう一回笑みを作る。
「うーん及第点かな? それよりも上手い笑顔は作っちゃダメだよ」
そう言ってお兄様は私の頭を優しく撫でる。
「ところでお兄様、お兄様は他の方と話してこなくてよろしいのですか?」
「うん。もう話してきたからね。この後のダンス、シアと踊ろうかなって」
本来晩餐会ではダンスを躍ることは無い。食事を楽しみ、他の貴族との交流を図るためのものだから。
だが、王宮で開かれるこの晩餐会だけは食事の後にダンスフロアが解放され、紳士淑女は皆一度は踊ることになっている。
「……ダンスは踊りたくないです」
私はダンスが苦手なのだ。だからあまり踊りたくない。
「そんな事言わないで、多分殿下は御令嬢方に囲まれてて逃亡出来ないから僕と踊ろう?」
「ええ。他に踊る方いらっしゃいませんし。よろしくお願いします」
ゆったりとしたワルツの曲が流れ始めた。皆、思い思いに踊っている。
ここでは無礼講として爵位に関係なく、ダンスを誘うことが出来る。
だから皆、意中の相手と踊るために獲物を狙う目になり少し……いや、結構怖いわね。
「皆さんの目が本気です……殿下、逃げ切れるかしら」
一応、私という婚約者はいるけれどそれでもギルバート殿下に擦り寄る人は後を絶たない。中には愛人として囲ってくれと言ってくる者もいるらしい。
「うーん。難しいと思うよ。何人か相手するんじゃないかな?」
「そうですか……仕方ないですね」
しょうがない事だと知っているが、やはり美しい女性達と殿下が踊っている姿は見たくない。それなら私と踊って欲しい。
破棄までの残り三年くらいは自分が彼に一番近い女性でいたいから。
「シア、落ち込まないで。ほら手を貸して? 僕達も踊ろう」
「そうですね、踊るならゆったりとしたテンポの曲がいいですから。今がチャンスですね!」
私とお兄様は手を取り合ってホールで踊り始める。くるりくるりと回る度にドレスの裾がフワリと靡く。
私自身ダンスは苦手だが、踊れなければ何を言われるか分からないので、人並みには踊れるよう練習をしている。
逆にお兄様はとても上手い。今も私がつっかえそうになると支えて、踊りやすいようにしてくれている。
「お兄様は本当にダンスが上手いですね。羨ましいです」
「そうだろう? シアも上達したね。まだ転びそうになっているけどこれくらいならバレないと思うよ」
「それなら良かったです。未だに人前で踊るのは緊張してしまって」
ほっと安堵する。お兄様はこういうことには身内贔屓をしない。だからちゃんと他の人から見ても上達しているのだろう。
おかけで周りを見渡す余裕が出来たので周りを見る。天井にある、宝石をふんだんに使ったシャンデリアはキラキラと光を反射し、とても眩しい。
周りから聞こえる楽しそうな会話、笑い声がホールに響く。本物の笑顔の人もいれば、愛想笑いの人、不機嫌な人、何かを企む人など様々な人がいる。
本来、夜会や晩餐会は貴族達の腹の探り合いだ。今日は陛下と王妃様がいるので抑えられて表には出てないが、会話の中に混ざる思惑・恋慕・策略が溢れ返っている。
本当の事を話している人などほんの少数だ。ほとんどの人は自分が有利になるように話を掏り替え、騙そうとしている。
それの見極めが出来なければこの社交界では生きていけない。
「貴族は疲れるわね」
「何? シア、疲れたの?」
独り言のつもりで呟いた言葉がまたお兄様に聞き取られたようだ。
「まあ……腹の探り合いばっかりしていたら疲れます」
「これくらいで音を上げていたら王妃になんてなれないよ?」
この時点で私が殿下の隣に立って、王妃となる未来に微塵も疑いを持っていないお兄様の発言。思わず笑いが込み上げそうになる。
──このままずっと幸せな時間が続いてくれればどれほどいいか。
「私は王妃になれませんから大丈夫ですよ。お兄様」
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お兄様は困惑しているようだ。仲は良好であるはずなのに、彼のところに嫁がない。と殿下のことを慕っているはずの私が言っているから。
心の中でひっそりつぶやく。
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──嫁ぐ代わりに待っているのは冷たい牢獄なのだから。
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