悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里

文字の大きさ
7 / 88
第一章 私と殿下

晩餐会です(3)

しおりを挟む

 料理のコースも終盤に差し掛かり、周りでは商談の会話が飛び交っている。お父様も他の方と熱心に話し込んでいて、お母様は婦人会の皆さんと今年の流行について楽しそうに話している。 

 私にも話し相手となる友達はいるが、〝王太子の婚約者〟という肩書きに吸い寄せられて、利益のために近づいてくる者が後を絶たない。
 適当にあしらってはいるが、たまにあしらいきれない人もいる。でも何故かそういう人は、気付いた時にはあたかも元々いなかったかのように形跡が無くなる。

 好奇心旺盛なので理由を知りたいが、知ってはいけない気がしてならない。野生の勘? という物が働いている。知ったら危険だと。

 そんな中、親友であるマリーは熱を出して不参加らしい。  

 私にはマリー以外に気軽に話せる友達がいない。いや、いるにはいるのだが彼女が一番意気投合できるのだ。
 だから彼女が居ないだけですることが無くなり、退屈する。

 全ての料理を食べ終わった私はそっと周りに聞こえないくらい、微かに溜息を漏らす。

 本当に暇だ。話す人もいなければ、この時間に帰ることも出来ないし……かと言って何かすることがある訳でもない。
 ふと、殿下はどうしているのだろうといるはずのテーブルを見ると人だかりが出来ていた。

 凄い。未亡人から幼女まで幅が広い。

「人気だなぁ。私には異性なんか誰も近寄ってこないからな……」

 少しだけ羨ましい。まぁあの中にいるはずの殿下は多分、面倒臭い、だから公式行事は嫌いなんだ。と思っているだろうけれど。

「何? シアは他の子息たちからチヤホヤされたいの? やめておいた方がいいよ。相手が誰であっても消されるから」

「ロンお兄様!? いつからそこに」

 独り言のつもりが、返答が返ってきたので驚いて後ろを振り向くとお兄様が立っていた。「心臓に悪いわお兄様」と心の中で呟く。

「いまさっきだよ。シア、笑顔が消えててボケーっとしてたから言った方がいいかなって」

「はっ笑顔消えてました? ありがとうございます。お兄様、教えてくれて」

 なんと私としたことが、笑顔が消えていたのは悪い。つまらなさそうな顔をしてはいけないのに!

 慌てて天使(だと思われる)笑顔を作る。

「あーシア。ダメ、それ。三人陥落した」

 周りを見ていたロンお兄様が言う

「何がダメなのです?」

「んー。笑顔は百点満点なんだけど、周りに見せる笑顔としてはマイナス百点なんだよ。分かる?」

「マイナス百点……じゃあどうすれば……」

「もうちょっと笑顔度下げて」

「笑顔度? こうですか?」

 全くお兄様が言ってる意味が分からないが、少しだけ笑みを優しくした。

「ダメ、さっきよりダメ。五人堕ちた。うっわ殿下のオーラが真っ黒だ。堕ちた奴ロックオンされたから終わったな……ご愁傷さま」

 続けてお兄様は「あーあ、これは後始末で僕の仕事が……」と苦笑いしながら頭に手を当てている。

 後始末とは何だろう? そんなに悪い事をした方がいたのかしら?

「お兄様、殿下は黒いオーラ? という物を出していませんわ」

 不吉なことを聞いたので殿下の方を見るが、何もオーラは出ていない。

「殿下、シアが見ているの察知して隠したんだよ。怖すぎだね。いいかい? もう少し笑顔じゃなくていつもの淑女の仮面くらいでいいんだ。張り切らなくていい」

「よく分からないけど……分かったわお兄様」

 そう言ってもう一回笑みを作る。

「うーん及第点かな? それよりも上手い笑顔は作っちゃダメだよ」

 そう言ってお兄様は私の頭を優しく撫でる。

「ところでお兄様、お兄様は他の方と話してこなくてよろしいのですか?」

「うん。もう話してきたからね。この後のダンス、シアと踊ろうかなって」

 本来晩餐会ではダンスを躍ることは無い。食事を楽しみ、他の貴族との交流を図るためのものだから。
 だが、王宮で開かれるこの晩餐会だけは食事の後にダンスフロアが解放され、紳士淑女は皆一度は踊ることになっている。

「……ダンスは踊りたくないです」

 私はダンスが苦手なのだ。だからあまり踊りたくない。

「そんな事言わないで、多分殿下は御令嬢方に囲まれてて逃亡出来ないから僕と踊ろう?」

「ええ。他に踊る方いらっしゃいませんし。よろしくお願いします」

 ゆったりとしたワルツの曲が流れ始めた。皆、思い思いに踊っている。

 ここでは無礼講として爵位に関係なく、ダンスを誘うことが出来る。
 だから皆、意中の相手と踊るために獲物を狙う目になり少し……いや、結構怖いわね。

「皆さんの目が本気です……殿下、逃げ切れるかしら」

 一応、私という婚約者はいるけれどそれでもギルバート殿下に擦り寄る人は後を絶たない。中には愛人として囲ってくれと言ってくる者もいるらしい。

「うーん。難しいと思うよ。何人か相手するんじゃないかな?」

「そうですか……仕方ないですね」

 しょうがない事だと知っているが、やはり美しい女性達と殿下が踊っている姿は見たくない。それなら私と踊って欲しい。

 破棄までの残り三年くらいは自分が彼に一番近い女性でいたいから。

「シア、落ち込まないで。ほら手を貸して? 僕達も踊ろう」

「そうですね、踊るならゆったりとしたテンポの曲がいいですから。今がチャンスですね!」 

 私とお兄様は手を取り合ってホールで踊り始める。くるりくるりと回る度にドレスの裾がフワリと靡く。
 私自身ダンスは苦手だが、踊れなければ何を言われるか分からないので、人並みには踊れるよう練習をしている。
 逆にお兄様はとても上手い。今も私がつっかえそうになると支えて、踊りやすいようにしてくれている。

「お兄様は本当にダンスが上手いですね。羨ましいです」

「そうだろう? シアも上達したね。まだ転びそうになっているけどこれくらいならバレないと思うよ」

「それなら良かったです。未だに人前で踊るのは緊張してしまって」

 ほっと安堵する。お兄様はこういうことには身内贔屓をしない。だからちゃんと他の人から見ても上達しているのだろう。

 おかけで周りを見渡す余裕が出来たので周りを見る。天井にある、宝石をふんだんに使ったシャンデリアはキラキラと光を反射し、とても眩しい。
 周りから聞こえる楽しそうな会話、笑い声がホールに響く。本物の笑顔の人もいれば、愛想笑いの人、不機嫌な人、何かを企む人など様々な人がいる。

 本来、夜会や晩餐会は貴族達の腹の探り合いだ。今日は陛下と王妃様がいるので抑えられて表には出てないが、会話の中に混ざる思惑・恋慕・策略が溢れ返っている。
 本当の事を話している人などほんの少数だ。ほとんどの人は自分が有利になるように話を掏り替え、騙そうとしている。

 それの見極めが出来なければこの社交界では生きていけない。

「貴族は疲れるわね」

「何? シア、疲れたの?」

 独り言のつもりで呟いた言葉がまたお兄様に聞き取られたようだ。

「まあ……腹の探り合いばっかりしていたら疲れます」

「これくらいで音を上げていたら王妃になんてなれないよ?」

 この時点で私が殿下の隣に立って、王妃となる未来に微塵も疑いを持っていないお兄様の発言。思わず笑いが込み上げそうになる。

──このままずっと幸せな時間が続いてくれればどれほどいいか。

「私は王妃にから大丈夫ですよ。お兄様」

 自嘲めきそうになるのを最小限に抑えてにっこりと笑い、これ以上の追求を許さないことを伝える。これ以上は何も話さないと。

「シア……何故……」

 お兄様は困惑しているようだ。仲は良好であるはずなのに、彼のところに嫁がない。と殿下のことを慕っているはずの私が言っているから。

 心の中でひっそりつぶやく。

(お兄様、あの記憶は現実で起こったことなの。このままいけばは牢獄行きなの。だから、私は彼の所に嫁がないんですよ)

──嫁ぐ代わりに待っているのは冷たい牢獄なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【改稿版】夫が男色になってしまったので、愛人を探しに行ったら溺愛が待っていました

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
外観は赤髪で派手で美人なアーシュレイ。 同世代の女の子とはうまく接しられず、幼馴染のディートハルトとばかり遊んでいた。 おかげで男をたぶらかす悪女と言われてきた。しかし中身はただの魔道具オタク。 幼なじみの二人は親が決めた政略結婚。義両親からの圧力もあり、妊活をすることに。 しかしいざ夜に挑めばあの手この手で拒否する夫。そして『もう、女性を愛することは出来ない!』とベットの上で謝られる。 実家の援助をしてもらってる手前、離婚をこちらから申し込めないアーシュレイ。夫も誰かとは結婚してなきゃいけないなら、君がいいと訳の分からないことを言う。 それなら、愛人探しをすることに。そして、出会いの場の夜会にも何故か、毎回追いかけてきてつきまとってくる。いったいどういうつもりですか!?そして、男性のライバル出現!? やっぱり男色になっちゃたの!?

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約してました~

marumi
恋愛
大国、セレスティア帝国に生まれた皇女エリシアは、争いも悲しみも知らぬまま、穏やかな日々を送っていた。 しかしある日、帝都を揺るがす暗殺事件が起こる。 紅蓮に染まる夜、失われた家族。 “死んだ皇女”として歴史から名を消した少女は、 身分を隠し、名前を変え、生き延びることを選んだ。 彼女を支えるのは、代々皇族を護る宿命を背負う アルヴェイン公爵家の若き公子、ノアリウス・アルヴェイン。 そして、神を祀る隣国《エルダール》で出会った、 冷たい金の瞳をした神子。 ふたつの光のあいだで揺れながら、 エリシアは“誰かのための存在”ではなく、 “自分として生きる”ことの意味を知っていく。 これは、名前を捨てた少女が、 もう一度「名前」を取り戻すまでの物語。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。

【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!

As-me.com
恋愛
 完結しました。 説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。  気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。  原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。  えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!  腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!  私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!  眼鏡は顔の一部です! ※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。 基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。 途中まで恋愛タグは迷子です。

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

殿下が婚約破棄してくれたおかげで泥船から脱出できました。さて、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

水上
恋愛
「エリーゼ・フォン・アークライト! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」  そう言ってどんどん話を進めてく殿下に、私はとあるものを見せました。  「これは?」 「精算書でございます」 「は?」  私はファイルを丁寧に開き、一番上の書類を殿下の目の前に掲げました。 「こちらが、過去一〇年間にわたり、私が次期王妃教育のために費やした教育費、教師への謝礼金、および公務のために新調した衣装代、装飾品代の総額です。すべて領収書を添付しております」  会場がざわめき始めました。  私はさらにページをめくります。 「次に、こちらが殿下の公務補佐として私が代行した業務の労働対価。王宮の書記官の平均時給をベースに、深夜割増と休日出勤手当を加算しております」 「な、何を言って……」 「そして最後に、こちらが一方的な婚約破棄に対する精神的苦痛への慰謝料。これは判例に基づき、王族間の婚約破棄における最高額を設定させていただきました」  私はニッコリと微笑みました。 「締めて、金貨三億五千万枚。なお、支払いが遅れる場合は、年利一五パーセントの遅延損害金が発生いたします。複利計算で算出しておりますので、お早めのお支払いをお勧めいたしますわ」  大広間が完全なる静寂に包まれました。  三億五千万枚。  それは小国の国家予算にも匹敵する金額です。 「き、貴様……。金の話など、卑しいとは思わんのか!?」  震える声で殿下が叫びました。  私は首を傾げます。 「卑しい? とんでもない。これは、契約の不履行に対する正当な対価請求ですわ。殿下、ご存知ですか? 愛はプライスレスかもしれませんが、結婚は契約、生活はコストなのです」  私は殿下の胸ポケットに、その請求書を優しく差し込みました。  そうして泥舟から脱出できる喜びを感じていましたが、私がいなくなったあと、そちらは大丈夫なのでしょうか?

冤罪で処刑された悪女ですが、死に戻ったらループ前の記憶を持つ王太子殿下が必死に機嫌を取ってきます。もう遅いですが?

六角
恋愛
公爵令嬢ヴィオレッタは、聖女を害したという無実の罪を着せられ、婚約者である王太子アレクサンダーによって断罪された。 「お前のような性悪女、愛したことなど一度もない!」 彼が吐き捨てた言葉と共に、ギロチンが落下し――ヴィオレッタの人生は終わったはずだった。 しかし、目を覚ますとそこは断罪される一年前。 処刑の記憶と痛みを持ったまま、時間が巻き戻っていたのだ。 (またあの苦しみを味わうの? 冗談じゃないわ。今度はさっさと婚約破棄して、王都から逃げ出そう) そう決意して登城したヴィオレッタだったが、事態は思わぬ方向へ。 なんと、再会したアレクサンダーがいきなり涙を流して抱きついてきたのだ。 「すまなかった! 俺が間違っていた、やり直させてくれ!」 どうやら彼も「ヴィオレッタを処刑した後、冤罪だったと知って絶望し、時間を巻き戻した記憶」を持っているらしい。 心を入れ替え、情熱的に愛を囁く王太子。しかし、ヴィオレッタの心は氷点下だった。 (何を必死になっているのかしら? 私の首を落としたその手で、よく触れられるわね) そんなある日、ヴィオレッタは王宮の隅で、周囲から「死神」と忌み嫌われる葬儀卿・シルヴィオ公爵と出会う。 王太子の眩しすぎる愛に疲弊していたヴィオレッタに、シルヴィオは静かに告げた。 「美しい。君の瞳は、まるで極上の遺体のようだ」 これは、かつての愛を取り戻そうと暴走する「太陽」のような王太子と、 傷ついた心を「静寂」で包み込む「夜」のような葬儀卿との間で揺れる……ことは全くなく、 全力で死神公爵との「平穏な余生(スローデス)」を目指す元悪女の、温度差MAXのラブストーリー。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...