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第二章 アルメリアでの私の日々
不可視の毒(2)
「……驚かせてすみません。マーレ、マーレは私を突き放すのですか」
「ええそうよ。だってこんな思いは私だけで十分だもの。お願い私の言った通りにしてくれる?」
懇願するように仰るマーガレット王女は形を変えた毒に犯されていた。
はい、わかりました。と了承するのは簡単だ。そうすれば全てかりそめだが収束する。でも私は──
「いいえ。致しません」
キッパリと否定した。
「どっどうして」
こうなるとは思ってなかったのだろう。顔には動揺が浮かんで消える。
「慣れるのは嫌ですけど……似てるようで似ていない状況下には過去にいたので……あのくらいなら慣れてますから」
陰気な顔はせず、少し軽く見えるように苦笑いを浮べながら答える。
ウソとホント。慣れるはずがない。あれは、途中から慣れたかのように自分自身が擬似錯覚させるのだ。心が壊れてしまわないよう、これ以上傷つきたく無い本当の心情をくみ取る自己防衛本能。
私はあの時、誰でもいいから味方が欲しかった。罵倒ではなくて、私の話を最後まで聞いてくれて、話を信じてくれる人が。
だけど本当に味方になってくれる人がいたらこの地獄に巻き込むことを躊躇し、突き放す選択肢を彼女みたいに取ると思う。誰であっても大切な人が、友人が、傷つくことを許せるわけが無いのだから。
マーガレット王女は私と違ってアレクシス殿下達がいらっしゃるが、こういうのは数の問題ではない。味方はいればいるほどいい。
「状況……って」
「秘密です。だから教えられませんが、私はマーレ様から離れたり致しませんよ? 仮に避けられたら地の底まで追いかける所存ですからお覚悟してくださいませ」
「地の底……まで?」
「はい」
藻掻いても、足掻いても、何をしても、気がついた時には地獄への道を歩み始めていて、抜け出せなかった過去の私。
エントランスにいた時に考えていたように、何度も何度も思い返しては気分を沈めて、恐怖に駆られる。
嫉妬、焦燥、そして──絶望。
ここに来たのは未来を変えたくて、同じ道は踏みたくなくて、小さくてもいいから希望を、チャンスを、笑って穏やかに過ごせる日々を────欲したから。
突き放されて生活したとしてそれは笑って過ごせる日々に繋がるのだろうか。答えは否だ。
悪意を向ける人は言わずもがな毒だが、傍観している者も時として同等の者になる。つまり毒。
形を変えて獲物の身体を蠢き、いちばん弱い所を襲う。
外傷ならば治る傷も、自我に関わる傷は治らない。抉って、膿んで、最悪の場合壊死して、なのに与えた者は何事も無かったのように生活する。
つらさを分かるのにもかかわらず、逆の立場になるなんて彼女が了承したとしても出来るはずがない。そんなの友人とは言えない。
「私は、アタナシア・ラスターは、僭越ながらマーガレット・アルメリアという1人の令嬢の友人ですから」
言葉も相手の取り方によって意味が変わってくる。私の言いたいことは伝わっただろうか。少し不安に思いながら、マーガレット王女の左手に向けていた視線を上にあげる。
「マーガレット」
「おにい……さま」
ここまで口を閉ざしていたアレクシス殿下が、マーガレット王女の耳元に何かを囁いた。すると翳っていた紅が透き通り、はっと開かれる瞳に、陶磁器のような肌にこぼれ落ちていく涙。
「あっ……ぅ……ふっ……」
震えた唇から出た声は毒に犯された声ではなくて、純粋な、いま彼女が感じている感情を吐露する声。吐息のようだが、その声色で間違った選択肢ではないと確信する。
「なので避けて、なんてもう言わないでくださいね?」
こくりと頭が縦に動くと同時にやわらかい風が舞い降りて、嫌なものも祓ってくれたような気がした。
「ええそうよ。だってこんな思いは私だけで十分だもの。お願い私の言った通りにしてくれる?」
懇願するように仰るマーガレット王女は形を変えた毒に犯されていた。
はい、わかりました。と了承するのは簡単だ。そうすれば全てかりそめだが収束する。でも私は──
「いいえ。致しません」
キッパリと否定した。
「どっどうして」
こうなるとは思ってなかったのだろう。顔には動揺が浮かんで消える。
「慣れるのは嫌ですけど……似てるようで似ていない状況下には過去にいたので……あのくらいなら慣れてますから」
陰気な顔はせず、少し軽く見えるように苦笑いを浮べながら答える。
ウソとホント。慣れるはずがない。あれは、途中から慣れたかのように自分自身が擬似錯覚させるのだ。心が壊れてしまわないよう、これ以上傷つきたく無い本当の心情をくみ取る自己防衛本能。
私はあの時、誰でもいいから味方が欲しかった。罵倒ではなくて、私の話を最後まで聞いてくれて、話を信じてくれる人が。
だけど本当に味方になってくれる人がいたらこの地獄に巻き込むことを躊躇し、突き放す選択肢を彼女みたいに取ると思う。誰であっても大切な人が、友人が、傷つくことを許せるわけが無いのだから。
マーガレット王女は私と違ってアレクシス殿下達がいらっしゃるが、こういうのは数の問題ではない。味方はいればいるほどいい。
「状況……って」
「秘密です。だから教えられませんが、私はマーレ様から離れたり致しませんよ? 仮に避けられたら地の底まで追いかける所存ですからお覚悟してくださいませ」
「地の底……まで?」
「はい」
藻掻いても、足掻いても、何をしても、気がついた時には地獄への道を歩み始めていて、抜け出せなかった過去の私。
エントランスにいた時に考えていたように、何度も何度も思い返しては気分を沈めて、恐怖に駆られる。
嫉妬、焦燥、そして──絶望。
ここに来たのは未来を変えたくて、同じ道は踏みたくなくて、小さくてもいいから希望を、チャンスを、笑って穏やかに過ごせる日々を────欲したから。
突き放されて生活したとしてそれは笑って過ごせる日々に繋がるのだろうか。答えは否だ。
悪意を向ける人は言わずもがな毒だが、傍観している者も時として同等の者になる。つまり毒。
形を変えて獲物の身体を蠢き、いちばん弱い所を襲う。
外傷ならば治る傷も、自我に関わる傷は治らない。抉って、膿んで、最悪の場合壊死して、なのに与えた者は何事も無かったのように生活する。
つらさを分かるのにもかかわらず、逆の立場になるなんて彼女が了承したとしても出来るはずがない。そんなの友人とは言えない。
「私は、アタナシア・ラスターは、僭越ながらマーガレット・アルメリアという1人の令嬢の友人ですから」
言葉も相手の取り方によって意味が変わってくる。私の言いたいことは伝わっただろうか。少し不安に思いながら、マーガレット王女の左手に向けていた視線を上にあげる。
「マーガレット」
「おにい……さま」
ここまで口を閉ざしていたアレクシス殿下が、マーガレット王女の耳元に何かを囁いた。すると翳っていた紅が透き通り、はっと開かれる瞳に、陶磁器のような肌にこぼれ落ちていく涙。
「あっ……ぅ……ふっ……」
震えた唇から出た声は毒に犯された声ではなくて、純粋な、いま彼女が感じている感情を吐露する声。吐息のようだが、その声色で間違った選択肢ではないと確信する。
「なので避けて、なんてもう言わないでくださいね?」
こくりと頭が縦に動くと同時にやわらかい風が舞い降りて、嫌なものも祓ってくれたような気がした。
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