悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里

文字の大きさ
69 / 88
第二章 アルメリアでの私の日々

切り札の使いどころ

しおりを挟む

「どうもヴィアリナ」

「あなたね……」

 その声に私が前を向くと、そこには疲れきった様子のヴィアリナ先生が立っていた。左右には戸棚があり、分厚い書物がぎっしり詰まっていて、見覚えのある部屋だ。

 どうやらギルバート殿下は理事長室に転移したらしい。

 ヴィアリナ先生は突然現れた私達に驚くことはなく、背もたれのある椅子に腰掛けたままだ。

「事故が起こったと聞きましたが」

「ええ、今ダンスホールは大惨事よ。怪我人も多い。幸い死者はまだ出てないけれど……」

「〝まだ〟というのは?」

 ギルバート殿下が指摘するとヴィアリナ先生はなんとも言えない表情をする。

「意識不明の重体生徒がいるの」

「……ああ」

 ギルバート殿下は声を落とした。私は彼に掴まりながら体が強ばっていくのを感じた。

(それって)

 あの場で一番その状態になる可能性が高い生徒に覚えがあった私は、冷や水を浴びせられたように急速に体が冷えていく。
 聞きたくない。けれど聞かなければ否定もできない。バクバクと心臓がうるさい。

「──マーガレット、王女ですか?」

「…………」

 ヴィアリナ先生は目を逸らす。沈黙はこの場合肯定だ。

「う、そですよね?」

「……嘘じゃないわ。アレクシス殿下が王宮に連れていったの。大方、王宮にいる侍医に診せるためでしょうね。学校の医務室は軽傷の生徒で溢れ返っていて、人手が足りないし」

(私が消えたから……だからマーレ様がっ)

 ──一人だけシャンデリアの下敷きに。

 そんなこと少しでも頭を働かせればわかったことなに。私は、私のことしか考えてなくて、自分が大怪我をしていないから彼女もそれほどではないだろうと。勝手に勘違いして。

 ──目の前が暗くなった。

「シア?」

 顔色を悪くし、真っ青になった私を心配そうにギルバート殿下が覗き込んだ。

「ヴィアリナ先生、私を彼女のところに連れて行ってくださいっ」

 幸いにして私には彼女を助けるすべがある。即死していないのなら、助けられる。

 私が治したことはあるのは手のかすり傷や切り傷程度だが、理論上は死んでなければ魔法は効くのだ。自分の限界は分からないけれど、出来るに決まっている。

「だけど……」

 ヴィアリナ先生は思案していた。こんなボロボロの小娘がどうやって危篤寸前の王女を助けられるのかと疑問を感じているのだろう。

「私からもお願いします。彼女は王女を助ける力がありますから」

 ギルバート殿下は私のしたい事に気づいたようで口添えしてくれた。

「殿下が仰るなら大丈夫なのでしょうけれど、王宮までは連れて行けても、そこから先──マーガレット王女殿下の元まで行けるかは約束できないわ」

「それでもいいです」

 するとヴィアリナ先生は魔法で何処かと連絡を取り始め、大きく頷いた。

「──話がついたわ。今から貴方たちを直で飛ばす」

 床に大きな陣が展開したと思ったら、次の瞬間にはまた転移していた。



◇◇◇



 アタナシアが消えたというジェラルドの発言に、アレクシスは腑に落ちる部分があった。

(彼女の指輪にかけられていた高度な魔法はこれか)

 おそらく、アタナシアの婚約者である王太子──ギルバートがかけた魔法。

 アレクシスは彼女に会った時から、指輪に何か魔法が施されているのは知っていた。ただ、どんな魔法なのかは見抜けなかった。けれど、学校生活で彼女が身につける宝飾品にはほぼ魔法がかけられていたので、彼女を守るものなのだと見当をつけていたのだ。

 だから気にはなるが、注意して見ることはしなかった。

(そうとう手馴れたお方だ)

 あれは素人では見抜けないほど巧妙に、隠すように施されていて。身に付けている彼女自身も気づいたような素振りはなかった。
 アレクシスが気づいたのは単に、魔具を普段から触っていて、その手の物に敏感だったからだ。

 他に勘づく者がいるとしたら、アレクシスと同じように普段から魔具を触っていたり、常日頃から魔法の研究していたり、特殊魔法である「鑑定」が使える人間だけだろう。

(危機を察知して転移魔法が展開するように仕掛けが施されてたのかな……?)

 となると問題は彼女がどこに飛ばされたのかだが、ギルバートの元が第一候補だと予想を立てた。

 婚約者にこんな魔法を仕込んで置くのだから、相当な過保護だ。危険があった時、目の届く場所で無事を確認したいに決まっている。
 もし、アレクシスがギルバートの立場でマーガレットが危険な目にあったら絶対にそうするから。

「アレクシス、アタナシア嬢を探しに行くか……? 王族の婚約者である彼女が行方不明なのは外交問題にも発展する。もしかしたら騒ぎに乗じての誘拐の線もなきしにもあらずだ」

 黙り込んでいたアレクシスに、ジェラルドが声をかける。

(そんな事を言っても妹のそばを離れたくないくせに)

 ちらちらとしきりに寝台の方を確認していて落ち着きがない。

「…………アタナシア嬢は多分平気だ。それよりもマーガレットの出血量が……」

 つい先程まで母であるローズマリーがマーガレットのそばにいたのだが、侍医から命の危険もあると宣告され、ショックのあまり倒れてしまった。そのため、今この部屋にいるのはアレクシスとジェラルドに予断を許さない彼女を診る侍医のみだ。

(私にはどうすることも出来ない)

 得意な魔具では人の怪我を治せない。アレクシスもまた、ジェラルドと同様に無力だった。ただただ焦燥が募るばかり。手持ち無沙汰なせいで、妹を失うかもしれないという恐怖だけが倍増していく。

(それにもし、命を取り留めたとしてもマーガレットはおそらく……)

 ──とそこで、魔法での通信が入る。アレクシスは大きく目を見開き、すぐさま了承する旨の返答をした。

 五分も経たないうちに部屋のドア付近に陣が展開された。何も聞かされていないジェラルドは驚き、アレクシスの方を見たが、アレクシスはその視線を無視した。

「このような形で殿下方の前に現れた無礼をお許しください」

 開口一番にそう言って陣の上に現れたのは、青年に抱えられ、至る所に傷があるアタナシアで。


「──私ならマーレ様を助けられます。チャンスを頂けませんか?」


 今一番欲しい言葉を彼女ははっきりと口にしたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約してました~

marumi
恋愛
大国、セレスティア帝国に生まれた皇女エリシアは、争いも悲しみも知らぬまま、穏やかな日々を送っていた。 しかしある日、帝都を揺るがす暗殺事件が起こる。 紅蓮に染まる夜、失われた家族。 “死んだ皇女”として歴史から名を消した少女は、 身分を隠し、名前を変え、生き延びることを選んだ。 彼女を支えるのは、代々皇族を護る宿命を背負う アルヴェイン公爵家の若き公子、ノアリウス・アルヴェイン。 そして、神を祀る隣国《エルダール》で出会った、 冷たい金の瞳をした神子。 ふたつの光のあいだで揺れながら、 エリシアは“誰かのための存在”ではなく、 “自分として生きる”ことの意味を知っていく。 これは、名前を捨てた少女が、 もう一度「名前」を取り戻すまでの物語。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。

殿下が好きなのは私だった

恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。 理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。 最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。 のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。 更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。 ※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。

【改稿版】夫が男色になってしまったので、愛人を探しに行ったら溺愛が待っていました

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
外観は赤髪で派手で美人なアーシュレイ。 同世代の女の子とはうまく接しられず、幼馴染のディートハルトとばかり遊んでいた。 おかげで男をたぶらかす悪女と言われてきた。しかし中身はただの魔道具オタク。 幼なじみの二人は親が決めた政略結婚。義両親からの圧力もあり、妊活をすることに。 しかしいざ夜に挑めばあの手この手で拒否する夫。そして『もう、女性を愛することは出来ない!』とベットの上で謝られる。 実家の援助をしてもらってる手前、離婚をこちらから申し込めないアーシュレイ。夫も誰かとは結婚してなきゃいけないなら、君がいいと訳の分からないことを言う。 それなら、愛人探しをすることに。そして、出会いの場の夜会にも何故か、毎回追いかけてきてつきまとってくる。いったいどういうつもりですか!?そして、男性のライバル出現!? やっぱり男色になっちゃたの!?

「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~

ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」 その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。 わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。 そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。 陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。 この物語は、その五年後のこと。 ※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

あなたの事は好きですが私が邪魔者なので諦めようと思ったのですが…様子がおかしいです

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のカナリアは、原因不明の高熱に襲われた事がきっかけで、前世の記憶を取り戻した。そしてここが、前世で亡くなる寸前まで読んでいた小説の世界で、ヒーローの婚約者に転生している事に気が付いたのだ。 その物語は、自分を含めた主要の登場人物が全員命を落とすという、まさにバッドエンドの世界! 物心ついた時からずっと自分の傍にいてくれた婚約者のアルトを、心から愛しているカナリアは、酷く動揺する。それでも愛するアルトの為、自分が身を引く事で、バッドエンドをハッピーエンドに変えようと動き出したのだが、なんだか様子がおかしくて… 全く違う物語に転生したと思い込み、迷走を続けるカナリアと、愛するカナリアを失うまいと翻弄するアルトの恋のお話しです。 展開が早く、ご都合主義全開ですが、よろしくお願いしますm(__)m

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

「出来損ないの妖精姫」と侮辱され続けた私。〜「一生お護りします」と誓った専属護衛騎士は、後悔する〜

高瀬船
恋愛
「出来損ないの妖精姫と、どうして俺は……」そんな悲痛な声が、部屋の中から聞こえた。 「愚かな過去の自分を呪いたい」そう呟くのは、自分の専属護衛騎士で、最も信頼し、最も愛していた人。 かつては愛おしげに細められていた目は、今は私を蔑むように細められ、かつては甘やかな声で私の名前を呼んでいてくれた声は、今は侮辱を込めて私の事を「妖精姫」と呼ぶ。 でも、かつては信頼し合い、契約を結んだ人だから。 私は、自分の専属護衛騎士を最後まで信じたい。 だけど、四年に一度開催される祭典の日。 その日、私は専属護衛騎士のフォスターに完全に見限られてしまう。 18歳にもなって、成長しない子供のような見た目、衰えていく魔力と魔法の腕。 もう、うんざりだ、と言われてフォスターは私の義妹、エルローディアの専属護衛騎士になりたい、と口にした。 絶望の淵に立たされた私に、幼馴染の彼が救いの手を伸ばしてくれた。 「ウェンディ・ホプリエル嬢。俺と専属護衛騎士の契約を結んで欲しい」 かつては、私を信頼し、私を愛してくれていた前専属護衛騎士。 その彼、フォスターは幼馴染と契約を結び直した私が起こす数々の奇跡に、深く後悔をしたのだった。

処理中です...