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雨降り
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しおりを挟むクラウスだった。
驚く俺を気にもせず隣に腰を降ろし指についたクリームをペロリと舐めた。
「やっぱり俺には甘すぎるな。」
前髪を上げ首の後ろできっちり結んだ髪、でも赤い騎士服の替わりに黒のジャケットを羽織っていた。
「ど、どうして?」
───なんでここに?
「ブレスレットの反応があったから気になって休憩もらって抜けてきた。1人でギルド来るなって言ったろ?確かに俺も会いにいけなかったけど次来る時には俺と一緒に行くかセオにでもついてきて貰え。」
空の蒼色の瞳が俺の瞳の奥を覗き込むようにじっと視線を合わせてきた。つい昨日まで逢っていたような気さくさで俺に話しかけてくる。
…………だからと言ってなんでここにいるの?なんで変わらないの?
俺はクラウスに要らないって言ったし。俺の不誠実な態度に怒ったからお守りもバラバラになった。セオを介してだけど新しいブレスレットをくれたことで、それを許してくれてるのもわかってる。だけどやっぱりなんの責めも無しにあんな事を云ってしまった俺に大事な時間を使う程の価値はないんだよ。
申し訳なさにカップをもつ手が自分でもわかるくらい震えていた。
「トウヤはどうしてギルドに来たんだ?」
「……俺今日買いたい物があって…それでギルドにお金を下ろしに来たんだ。この後は手芸屋さんに行って14時には戻らないと……。」
「そうか、ここじゃ落ち着かないからとりあえず歩きながら話そう。トウヤもあまり時間が無いんだろう?」
確かに遅くなるとおやつの時間に間に合わなくなる。お姉さんに少し申し訳なく思いながらラテを一気に流し込んだけれど、ちらりと見たお姉さんはなぜかすっごい笑顔だった。
「場所は?」
「大通りの帰り道の途中にあるんだけど……。」
そう言った俺にクラウスがかばんからマントを出して俺に着せる。なんでかわからず素直に着せられるとニヤッと笑ったクラウスがフードを被せ俺を抱き上げた。
「え?待って俺自分で歩く!」
クラウスの腕の上に子供抱きされて慌てて足をバタバタさせて抵抗を試みる。
「この方が話しやすいから我慢しろ。」
それは確かにそうなんだろうけど───。
本当にクラウスはあの日の事はどう思っているんだろうか、もやもやしながらもどうせ逃げられないので抵抗はすぐにやめた。
泣いたりとか怖い思いをしたとかの理由もなくクラウスに抱きあげられるのが恥ずかしい。そう思いながらクラウスの歩く振動に揺られつつ、せっかくなので久し振りに間近で見る綺麗過ぎる顔をそっと観察すると左耳にピアスがあった。
「……ピアス開けたの?」
思った事がそのまま口をついて出てしまった。逢わないうちに起きた変化がなんだか歯痒い。あんな事行っておきながらつくづく自分勝手だ。
クラウスは俺を抱かえて歩いてるくせに自分の片手を自由にして耳のピアスを触った。
セオに7才のレインより軽いと云われた時より少し減った気がして恥ずかしくなる。
「ああ、トウヤのブレスレットと対になってる。」
「───え?」
少し立ち止まり、ピアスを触った手で俺の頭を撫でるとそのまま引き寄せられおでことおでこがコツンと合わさった。
「前のブレスレット壊して悪かった、自分に腹が立ってたんだ。代わりも準備してたから翌日俺から直接渡すつもりだった。」
ゆっくりとした口調で俺が聞き漏らさないように言い聞かせるように話し目の前で笑うクラウスの優しい瞳に胸が熱くなる。
「全部俺が悪いのになんでクラウスが謝るの?。」
「云ったろ?お前じゃなくて自分に腹が立ったんだよ。」
それにしたって俺が悪い所は沢山ある。
「……兄貴が来たのか?」
「あ…うんお見掛けしたよ、エレノア様の護衛でいらしてた。その時にようやく俺クラウスがエレノア様のお孫さんだって知ってそれで……俺がエレノア様やクラウスのしてくれた事メチャクチャにしたって分かって……。」
「誰かにそう言われたのか?」
慌てて首を横に振った。
「ううん。院長先生とエレノア様の話を聞いててそうだって気がついた。それなのに俺1人ではしゃいで……ごめんなさい。」
「なら別にトウヤは悪くないだろ?俺が勝手に動いてただけだ。そんな事しなくてもトウヤは自分の力で『桜の庭』の仕事を手に入れた。マデリンでもそうだったのに俺がお前を侮ってただけだ。」
「そんなことない。」
「いやトウヤは悪くない。他には?あんな事言ったの理由はそれだけじゃないだろ?」
覗き込むようにしてくるクラウスの瞳に俺の心の底まで透けてしまいそうだ。
「……クラウスは侯爵様なんでしょう?俺じゃ釣り合わないよ。」
「それも誰かに云われたのか?」
ふるふると首を横に振る。言われて無いけどそれは紛れもない事実だ、だってそのきれいな金色の髪も吸い込まれそうな空の蒼の瞳も俺には繋げないのだから。
「俺は三男だから最初から持ってないのと同じだ、だから言わなかった。それとも『貴族』でなくなるとトウヤから見た俺の価値は下がるのか?」
「それはっ絶対にないっ。」
「ならいい。俺も同じだ。お前が何処の誰でも、何を言おうと俺の気持ちは変わらない。それにそのブレスレットを付けてくれてるのがお前の気持ちだと思ってる。違うか?」
違わない、違わないよ。
俺の大好きな空の蒼色の瞳が優しく笑って俺を見つめる。その笑顔に涙がこぼれそうになった俺の鼻をクラウスがきゅっとつまんできた。
「だめだ、泣いたら帰してやれない。」
ニッと笑って再びクラウスは歩き出した。
違わない。でも俺の気持ちを言う前にクラウスに謝らなくちゃいけないことがまだいっぱいあるんだよ。
時間がないことがこんなにもつらい。でも口を開いたら涙がこぼれてしまう。帰らなきゃいけないのに一緒にいたい気持ちも湧き上がる。やっぱり俺はクラウスの事好きな気持ちを押し込められない。
「じゃあ確認するけど、この前トウヤが俺に言ったのナシでいいよな。」
自分に自信がなくてクラウスの立場に怯んでクラウスを傷付けたあの日のことをなかったことにしてくれるの?
クラウスがそう言ってくれるなら俺はうなずくだけだ。
「討伐遠征のことセオから聞いたか?俺も参加する。またひと月逢えないけど帰ったらその後10日間休みが貰える、だからトウヤも時間をもらってくれ。半分とは云わないでも3日、いや2日でいい。ゆっくりトウヤと話がしたい駄目か?」
「……頑張る。」
「言ったな、約束だ。俺も精々向こうでセオに恩売ってトウヤに休みが貰えるように頑張って来るよ。」
ニヤリと笑ったクラウスの足がまた止まった。
「───手芸屋ってここか?」
唇を固く結んでいるせいでろくに話せないまま目的地についてしまった。こくんと頷くと手芸屋さんと隣のお店の間の通路に入って俺を降ろした。
「こんな状態で帰したくないな。」
自分では唇をきつく結んで泣くのを我慢してるつもりなのにクラウスの大きな手がいつの間にか溢れていた俺の頬の涙をそっと拭う。
「まだ俺の事『好き』って言わない?」
まだ言えない。なんであんな事言ったのか全部をちゃんと知って欲しい。こんなに俺を大事にしてくれる人に俺の本当のことも伝えたい。それでも『好き』と言ってくれるなら俺もちゃんと云うから……だから…………
「もう…少し、待って。お休み、絶対貰うから。」
もう一度こんな事言ったら呆れるだろうか。もういいって怒るだろうか。
だけどやっぱりクラウスは優しい瞳で笑ってくれた。
「わかった。」
そう言うとおでことまぶたに、それから『桜の庭』まで送ってくれたあの時みたいに俺の唇のすぐ横にキスをされた。
少し顔をずらしてしまえばお互いの唇が重なってしまいそうなその距離が俺の心を切なくさせる。
前よりも長く長く口付けられて俺は呼吸ができず、心臓もその長さに耐えられず口から飛び出そうになって、苦しくてクラウスの腕にしがみついた。
やっと離れて目を開けるともう一度、今度は頬にあの時みたいに『チュッ』っと音を立てて直ぐに離れた。
ようやく開けた口で空気を肺に送り込んでるとクラウスは俺をぎゅうっと抱き締めて、離れると同時にマントを外された。
「じゃあな、気をつけて帰れよ。ひと月後の約束絶対だからな。」
最後に俺の左手の『お守り』に口づけて名残を残した背中を見送った。
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