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真実
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しおりを挟む「どうした、こんな所に座り込んで。」
ノックの音が微かに聞こえた気がしたけれど目が開くより先に開いた扉に背中を持っていかれてしまった。
「誰か来たのか?」
「いえ、どなたもいらしてません。」
俺の身体を支えながらクラウスが誰かと話している。
その声が慌てている様な気がするけれどこんな所でうたた寝してたら誰だって驚くかな。
でもクラウスを待つのには正解だった。少しだけどお風呂に浸かったせいでしっかりと睡魔に襲われていたから。ソファーやベッドにいたら目を開けた時は朝だったに違いない。
そのままクラウスにすくい上げられながら重たい瞼をを無理やり開いたら扉を開けた状態に保ってくれた紺色の騎士様と目が合ってしまった。驚いた顔で見られているけれど半分寝ぼけた頭のせいかその顔がなんだか面白かった。
半開きで見るクラウスはどうやら白い騎士服みたい。やっぱりお城だとお仕事なのかな。だったら嫌だな、それならこのままもう少し──
「おい、冬夜…熱はないな。髪も冷たい一体いつから……。」
姫抱っこしたまま額を確かめられ濡れた髪もあっという間に乾かされ、クラウスの心配する声に甘えてられなくなった。そして自分の取った行動が子供っぽ過ぎたかと恥ずかしくなる。
「クラウス。……ごめんなんでもないよ眠かっただけ。」
「だったらベッドに行けばよかっただろう。」
目を開けて謝ればきっちり髪を結い上げたクラウスが呆れた顔で俺を見下ろしていた。
「だって本当に寝ちゃったら困るんだクラウスとも話たいし。それでね、今更遅いのは判ってるんだけどお母さんとの約束忘れててごめんなさい。すっぽかしちゃったよね。」
「なんだ、そんな事心配してたのか。俺のいない間にまた何かあったのかと驚いただろう?」
クラウスは俺を姫抱っこしたままその場にため息をついてしゃがみこんでしまった。
なんだかいつも余裕そうに見えるクラウスがこんな姿を見せるのも新鮮だ。
『お城だから大丈夫』と言ったのに今日は色々ありすぎてクラウスも疲れてるのかな?それともたびたび俺が変なことに巻き込まれるせいでもあるのかな。眠いついでに甘えようとしたせいでこんな風に心配させてしまった
俺がしゃがんだまま動かないその脚の上で体の向きを変えても少しも揺らがない事に嫉妬しつつも膝から降りてその顔を覗き込んでみた。
「驚かせてごめんなさい。お風呂に入ったから眠っちゃいそうだったんだ。でも大事な人との大切な約束だったからどうなったのか確かめておきたくて。ソファーに座ったらそのまま朝まで眠っちゃいそうだと思って。」
あのふかふかのソファーに座ったらすぐに深く眠ってしまいそう。そうしたらきっとクラウスが起こさないようにベッドに運んでしまったよね。
「いや、いいんだ。俺もすっかり忘れててさっき騎士舎に戻った時にユリウスから『断わっておいた』と伝言が入ってた。」
「そうだったんだ。」
クラウスはなんだかバツの悪そうな顔で額を覆った指の間からその瞳を覗かせた。
「騎士隊長だから今日の俺達の予定を話してあったからな。悪い、ホッとしたらなんだか一気に気が抜けた。」
クラウスの返事に俺もホッとしたけどなかなか立ち上がろうとしてくれない。
「大丈夫?クラウスも疲れたよね。治癒魔法って疲れとか取れないのかな?どうしたらいいんだろう。あ、じゃあクラウスもお風呂入る?温かいお湯に入ったらほわぁ~ってなるよ。俺の入った後だけどちゃんと身体洗ってから入ったからだい、じょ……。」
「良かった。」
顔を見せてくれないままのクラウスが前のめりに倒れるように俺の肩に頭を預けてきた。
「クラウス?」
「──昨日から……ずっと不安だった。俺が冬夜と結婚したいと願ったばかりに悩ませて苦しませて。そのせいで教会へ行くことになってこれで冬夜が消えてしまったらどうしようかって気が気じゃなかった。」
クラウスの絞り出すような声が耳に届いた。
本当に俺は悪いやつだと思う。
昨日から散々自分の気持を押し付けて、泣いて、甘えて。それでも傍にいて相手が誰であれ俺を護ってくれる頼れる格好良いクラウスが俺の前で弱ってる。
それも俺が原因なのだけど嬉しいだなんて。
「へへっ。消えなかったね。」
預けられた頭をそっと撫でるとシャワーを浴びてきたからか石鹸の香りがした。
「散々泣いたくせに余裕だな。」
そう見えるなら全部クラウスのお陰なんだけどな。
「だって俺クラウスの『おおおじさん』だからね。こう見えて小さい子のお世話なら得意なんだ。」
そう言って中々動かないクラウスの形の良い耳を甘噛してみた。案の定すぐに顔を上げたクラウスにへへへっと笑うと真っ赤な顔で「別に泣いてない」って言って耳をゴシゴシと擦った。
それから立ち上がったクラウスは俺の手を引いてお父さんとお母さんの肖像画が真正面に見える位置のソファーまで連れて来るとそこにふたり並んで座った。
「……長い1日だったね。」
ソファーに深く背中を預け俺の肩を抱き寄せながら長く息を吐き出したクラウスにそう言ってみた。
「ああ……本当に。」
「俺が『皇子様』だなんてね。」
「そうだな冬夜が『皇子様』だなんてな。偉そうな事言ったけど俺もその事実を飲み込むには少し時間がかかりそうだ。だけどやっぱり似てるかな王妃様の笑顔が特に。」
「そ、そうかな?」
絵の中のお母さんは金髪のふわふわ髪で先々代の王妃様にはよく似ている様に思うけれど俺とは少しも似ているように思えない。でもクラウスがそう言ってくれるなら信じようかな。
「──欠片を探しても見つからないはずだよな。」
「3年間無駄にしちゃったね。」
「いや、全然無駄じゃなかったさ。冒険者生活で騎士では得られない経験を積んだ。それにあの3年が無かったらマデリンで冬夜と出逢うことも無かった。そして今この騎士服を着てこうして隣にいられるのも冬夜と出会ったお陰だからな。」
そう言ってクラウスはまた俺の左手の指輪を撫でた。
「まさか本物の『失われた皇子』を連れて戻って来るなんて夢にも思わなかった。こんな偶然があるなんて驚きだ。」
「偶然じゃないよ。」
「きっと、ううん絶対偶然じゃないよ。クラウスが教えてくれたでしょう?だから絶対偶然じゃない。クラウスが100年も経ったのに本気で俺の欠片を探してくれたから俺はあの日マデリンに来たんだよ。お父さんとお母さんがクラウスに逢わせてくれたんだよ。」
「そうかな。」
「そうだよ、少なくとも俺はそう信じる。」
「そうか、じゃあ冬夜のご両親に認めてもらったって自惚れてもいいのか?」
「ふふっきっとそうだよ。俺も早いうちにきちんと今日のやり直しがしたいな。」
そうしてふたりで顔を見合わせて笑った後も、俺とクラウスは話し続けた。
嘘みたいな夢みたいな今日の出来事を本当だよってお互いに言い聞かせるみたいに。
昨日の焦りも嘘の様にソファーでただ寄り添って手を繋いで時々キスをしてやがてそのままお互いのあくびに誘われて俺とクラウスのとても長かった一日がようやく終わった。
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