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前夜の出来事
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しおりを挟む賢人会議
フランディール王国に不穏とも思える教会の鐘が響き渡ったその日は名だたる大臣らが宰相へ向けて補佐官を使いに走らせるも何度訪ねても『追って知らせる』と追い返され、自身らも下からの問い合わせに同じ様に追い払う作業に追われ続けた。
そして翌朝になり、ようやく国王陛下の名の下大会議室への招集が掛けられた。
「まさか一晩待たされるとは思いませんでしたな。」
「まぁまぁ、果報は寝て待てと言うではないか。我々が昨夜帰宅できたと言うことは事変ではないと言うことでしょう。」
「そなたは呑気で良いな。私は帰宅したらしたで家内に同じことを繰り返す羽目になった。」
「仲睦まじくよろしいではありませんか。」
「そんな生易しいものではなかったわ。あのような音を初めて聞いたと荷物をまとめて実家へ帰る勢いだったよ。」
「右に同じだ。」
「うちもです。」
集まったのは20名程の国の行政を担う者たちだった。話題にしている鐘の音が昨日各地で混乱が起きたと知っている。だがその割には落ち着いていて軽口を交えたたわいもない会話を弾ませていた。
「しかしいったい何事でしょうか。我が家で一番年配の家令も聞いたことがない鐘の音だと言っておりました。」
「わしも同じよの。そなたはなにか聞いておらんのか。」
若い大臣の言葉に同意した立派な髭を貯えた最年長の大臣はざわざわとした部屋の中でひとり静かに過ごしていた男に声を掛けた。
「私も皆様と同じですよ。」
涼し気な微笑みで応える50代後半と思われるその男は辺境伯の目の届かない地域や敵意を持つ他国の動向などを常に気にかけている大国フランディールの国防大臣だ。
「ふむ、そなたが何も知らされてないのであればやはり有事ではないのだな。」
「しかし各地の教会で鳴り響いたのだから本当に慶事とあれば自ずと期待してしまいます。」
若い大臣の明るく放ったその言葉に一様に頷いていると紺色の王城騎士が観音開きの扉を全開にした。
「国王陛下の御成にございます。」
それを合図に一同席を立ち礼をして迎える中、国王陛下は宰相それから王国魔法士長と王都教会首席司祭を伴い現れた。
「皆の者待たせたな。今から昨日の件について説明致そう。そうだな事の始まりは100年前だから長い話になるぞ。」
ひと目で機嫌が良いと見て取れる国王の晴れやかな顔に大臣らの期待値も上がった。
それから数分後。大会議室は静まり返っていた。
「───異論があるなら今ここですべて申せ。気の済むまでそれに応える。」
国王が自らの口で語ったのは100年前行方知れずとなった今は亡き国の皇子が昨日見つかったとにわかには信じ難い話だった。
加えて先日内々に通達があり次の御用始めの儀でお披露目されると聞いていたフランディール最高位の治癒魔法を操る『治癒魔法士』と同一人物なのだと言う。
そして本来ならば他国の皇子である冬夜を賓客として迎え入れるべきだがガーデニアは滅亡し本来の立場を失ってしまっている。けれど先々代王妃の甥であり現国王の叔父であるのは確かでそれらを踏まえて今後は国王陛下自ら後ろ盾となりフランディールの国民としてのみならず、王族を輩出した家門に与えられる爵位である『公爵』の地位を与えると。
『気の済むまで』とは言うものの語られた事はすべて決定事項。この先意思を違う事は許さないと言っているのだ。聞きたい事があるもの聞き方を間違えれば国王陛下とガーデニア第一皇子に対する侮辱と捉えかねられない。
「───まるでお伽噺ですな。そんな眉唾話を我々に信じろと?」
大臣が顔を見合わせる中、口火を切ったのは先程の国防大臣だった。
「そうだ。」
「───では失礼ながら最近何かおかしな物をお食べになったり怪しげな所に出向いたりなさった事は?」
「我々が揃いも揃って『惑わされている』とでも言いたいのか。先程も説明したであろうトウヤ殿は手にしていた確かな証拠の価値も知らずご自身は『違う』と否定なされた程で我々の方からガーデニア第一皇子本人であると認定したのだ。」
本当に失礼がすぎる質問に国王の顔が険しくなり少し前までの和やかな雰囲気はどこにもなく大会議室の空気は張り詰めた。
「そうでしたね。しかし最高位の治癒魔法の使い手ならば国王陛下に惑わしの魔法を掛けることも簡単にできそうだと思いませんか?別の世界に転移されその上年齢も若くあられると言うその人物が紛れもなく本物の100年前に失われた『ガーデニア第一皇子』である証拠を我々の前に示して頂きたい。」
その質問を待っていたと言わんばかりに王国魔法士長ハインツと王都教会首席司祭サミュエラルが立ち上がった。
「皆様もご存知の通り人は教会で神にその血を捧げ洗礼を受けることで神の愛し子となりその恩恵を受けます。そしてその血に宿る情報は聖魔法の宿る水晶で読み取る事ができるようになります。こちらが皇子様が昨日洗礼を受けられた時に───」
「ちょっといいだろうか。」
「どうぞ何なりと。」
冬夜の個人情報の写されたガラスプレートを見せようとしたハインツが話しを遮る男に続きを促すとわざわざ立ち上がり口を開いた。
「昨日の鐘の音も聖なる光が赤く変わったという事も先代魔法士長が手を加えたから起きたものではありませんか?だったら読み取られたその情報そのものが誰かの手によって魔法の介入があったのでは?」
その問いをサミュエラル司祭がすぐに打ち消した。
「神の領域に手を加えることなど出来ません。この身に流れる血に刻まれた自身の行いはいかなる魔法を使ってもごまかせないからこそギルドの登録にも活用されているのはご存知でしょう。」
「先代のなされたのは知らせの魔法。たとえ欠片でも見落とさぬように講じた結果より遠方に聞こえるよう鐘の音を低く変化させ聖なる光が淡赤になったのもまた然り。そのような事ができるのならこれまでに『失われた皇子様』のひとりや二人おられた事でしょう。」
ハインツもありえないと冷ややかな目を向けた。
「言われて見ればそうですね。では今から見せていただける情報にはなんの手も加わってないと言う事で間違いありませんか?」
「左様、ですが魔力量やスキル等他人に知れると不利益になる情報は開示しません。」
「なるほど」と頷くもその男が着席する様子はない。けれどようやく途切れた質問の隙きに仕方なくその状態のまま皆の目の前にガラスプレートが示された。
浮かび上がる『トウヤ=サクラギ=ガーデニア』という名前に一同がどよめく。そして父母の名前、年齢。読み取る事が出来ない出身地は今はもう存在しない国だからかなのかそれとも異世界で育った為であるからなのかはサミュエラルにもわからないとしか言えなかった。
「この名前がガーデニア両陛下のお名前であるという事のわかるものはございますかな?」
立ったままの男はついに発言の許可を取りもせず問いだした。
「それならばこちらに。」
宰相が差し出しトレイの上には先々代王妃の遺品の中から探し出したガーデニア両陛下の名前の記した古びた手紙だった。それをひとりずつ見比べては隣に渡す。
「これも確かな証拠ですな。慎重になるのもそなたの仕事柄わからなくもないが疑うところはもうないのではないか?我々はそろそろこの慶事を喜びたいのだが。」
最後に手紙を手にした髭の大臣が質問を繰り返す男を諌めるが「まだだ」と首を振った。
「この御方が100年前に行方知れずになった皇子様であると言うことは私も皆様と同じく認めたいと思います。だからこそこの次は与えられる爵位についてお伺いしたいのですが確かに公爵の地位はお立場を考えれば妥当ではありますが貴族位としては王族に次ぐ最高位。これは貴族社会の新たな争いの火種になるとは思いませぬか?」
「いや、此度の叙爵はこの地に戻り日の浅いトウヤ殿を身分を持って保護する事が目的。従って公爵ではあるが名誉爵位と同じく当代限りとする。」
「なる程。」
きっぱりと答えた国王陛下の言葉を受け男はようやく満足したのか口元に笑みを浮かべると胸に手をあて深々と頭を垂れ礼を尽くした。
「不躾な質問に丁寧なご返答ありがとうございました。仕事柄疑いの芽はすべて潰しておかないと落ち着かない質でして皆様もお付き合いくださり感謝いたします。そして改めて此度の100年に及んだ先々代両陛下の悲願ガーデニア第一皇子様のご帰還おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。」
国防大臣の祝辞に国王の顔も晴れやかになりこの場に集った者たちもそれに続き次々と祝儀を述べた。
最後は和やかな空気の中会議は解散。今からは大臣等がそれぞれの部下へ通達をする役目を担う。王都の外の領主や貴族への通達は第一皇子アルフレッドに任せた為この件について国王の仕事は成功という結果を収めひとまず完了だ。
「いやはや、さすが国の中枢を担うお方たちだ理解が早くて助かります。うちの魔法士達も同じ様に聞き分けが良いといいのですが。」
ひと仕事終えた王国魔法士長ハインツも次は部下たちに話し理解させなくてはいけない。
「ありがとう、この成果はそなた達のおかげだ。魔法士の事も宜しく頼むぞサミュエラルも。」
「ありがたきお言葉。ですがトウヤ様の件についてのご心配は必要ありません。私達司祭は高位に成れば地方の教会を預かる身。あの鐘が鳴り響いた時点ですでに多くの者が何が起きたのかわかっております。ですが御本人と知ったらやはり驚くでしょう。」
ハインツとは違い司祭たちに明らかにすることを楽しみにしているようだった。けれどそのサミュエラルも思い出した様に眉をひそめた。
「それにしても先程質問を繰り返した御人は随分疑り深いお方の様ですね。お陰で他の方々にはすっかり納得して頂けたようだが当の本人はどうなのでしょう。不敵な笑みも浮かべておりましたし爵位の件についてもあの様な言及をなされるとはいささか心配になります。」
それを聞いて国王、宰相、ハインツが顔を見合わせた。
「司祭様はご存知ありませんでしたか。先程の者はフランディールの国防を担う者です。人一倍慎重になられるのも仕方ないのですがあの者の本当の目的は遠慮して質問をしない大臣達の疑いの芽を可能な限り潰し尚且公爵の地位に触れたのはトウヤ様に取り入ろうとする人間を上手く遠ざけたかったのですよ。」
宰相の言葉に苦笑いを零しながら「そうそう」と国王が続けた。
「1代限りと聞いて自分の娘や孫を近づける算段をした者は皆がっかりした事だろう。下の者達にも『無駄だ』と言って聞かせそうだ。そういう話はどうしても伝わりやすいからな。」
「真実が知れたら今日のことが茶番だったと周囲から責められそうですな。」
「ではあの御方は初めから疑ってなどいないと仰られるのですか?」
もともと冬夜はクラウスとの結婚の為に教会を訪れたのだから娘や孫を紹介されたとしても困るだろう。その件に関してのみならば結果的に良かったのかも知れないが『名ばかりの公爵で価値がない』とわざわざ知らしめたのと同じだ。それで冬夜が軽んじられる事になったりはしないのだろうかと心配になるけれど、何が面白いのかたまらず笑いだした国王と宰相を前にひとり事態が飲み込めないサミュエラルにハインツがようやくその男の正体を明かした。
「あの者はルーデンベルク侯爵です。お子様は3人いらしてあの場にいた第一皇子の護衛騎士と私の隣にいた不詳の弟子、それからトウヤ様のお相手と言えばおわかりか?」
「───なる程、確かに茶番ですな。」
種明かしをされればあの男の不敵な笑みにも納得がいった。道理で質問を繰り返す割に素直に納得した訳だ。事の顛末に王都教会首席司祭はしばらく開いた口が塞がらなかったという。
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