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皇子様のお披露目式
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しおりを挟む謁見室の壇上にはさっきの近衛騎士の着任式では一つしかなかった玉座の隣に立派な椅子がもう一つ用意されていた。
それからもう4つ。
更にその後ろ、少し奥まった場所にもう一つ。これが出番を待つ俺の為の椅子だった。
誰よりも先にそこに俺を座らせると王様が俺の肩にそっと触れて王妃様が頬にキスをして玉座に向かった。
アルフ様は髪にキスを、エリオット様はニコリと笑って俺の前を空ける様に並んだ椅子の両端に座った。空けた分は今ここにいない皇子様の分かな。
そしてクラウスは俺のすぐ隣。
俺の場所からは椅子の背もあり謁見室の全体を見ることは出来ずかろうじて演台の横に立つ宰相様の顔が見えた。同じ様に向こうからも見えていないのだろう。
「これより御用始めの儀を執り行う。まずは宰相、そなたには引き続き私の片腕となってもらおう。」
「謹んで承ります。これまで以上に国王陛下の信頼に応えられる様尽力致します。」
王様の始まりの言葉と同時に宰相様が指名された。宰相様は胸に手をあて恭しく礼をすると半歩ずれて演台の前に立つ。
「これより国王陛下に宰相の拝命を受けた私と共に国政に携わりフランディール王国を支える同士を指名致します。まずは国務大臣───、続いて法務大臣───。」
王様から任命を受け演台に着いた宰相様から次々と大臣の名前が呼ばれていく。近衛騎士の着任式の時とは違い控えめな返事が聞こえてくる。途中からなんとなく指を折り数えてみたけど思ったよりも多くて両手を過ぎたところで止めてしまった。国を治める人たちなんだから当たり前だ。
「国王陛下承認をお願い申し上げます。」
「すべての者を承認致そう。」
互いを称えるような拍手の音は王様が立ち上がると同時に消えた。
「我がフランディール王国が大国の歴史を歩み始め99年目を迎える今年、新たなる年の始まりを最も信頼するそなたらと共に穏やかに迎えられたこと心から嬉しく思う。建国100年に向けて益々我が国をもりたててくれると期待しているぞ。それから現在外交で他国に迎えられている第二、第三皇子同様成人を迎えた末の第四皇子エリオットにも本年より少しずつ王族としての役目を果たしてもらうつもりだ。私同様皆の助けが必要だ、よろしく頼む。エリオット。」
「私は兄上様方のようにいずれ国王陛下の名代を任せていただける様になりたいと思っています。どうか厳しい指導を頼みます。」
名を呼ばれ姿勢良く立ち上がり挨拶をしたエリオット様の横から一際大きな拍手が向けられた。さすが元生徒会長、やっぱりちゃんとしてる。
その背中に小さく拍手を送りながら自分の事が心配になってきた。
「さてと、せっかく例年に習い褒めては見たが何やら皆ソワソワして落ち着かぬな、今年はもう少し長めに話そうか。」
途端に小さなざわめきが起こった。
「ははっこれは逆効果でありましたな。陛下、皆期待しておりますゆえ仕方ありません。」
「そうだな、余り勿体つけると後でなにやら仕返しをされるやも知れぬ。では第一皇子頼んだぞ。」
「ハッ。」
王様がアルフ様を呼んだから次はいよいよ俺の番。平気だと思っていた自分が震えているのに気付いたのは膝で握り込んでいた手にクラウスが大きな手を重ねてくれた時だった。
そうなんだなんとか色々誤魔化していたけど結局俺は怖い。だって自分に自信がない。俺が物語の中の皇子様で間違いないと王様達は言ってくれたけど他の人はどうなのだろうかと考えると足が竦む。受け入れられないかもと考えたら体が震える。そんな俺を見た周りの人のがっかりした顔を想像すると逃げ出したくて仕方がない。
でも指先から伝うクラウスのその温もりと優しく微笑む俺の大好きな空の蒼色の瞳がその怖さを和らげて震えが止まった。
「大丈夫だ、ちゃんと見ている。」
「私もついてる少しは信用しろ。」
クラウスに背中を押され差し出されたアルフ様の手に自分の手を重ねた。
壇上の中央では王妃様も立ち上がって王様と共に柔らかな笑顔で俺が近づくのを待っている。
エリオット様もまた笑顔でいてくれた。
手を引かれるまま中央までなんとかたどり着いて促されるままに前を向いた。
明るい広間のさっき近衛騎士が並んでいた場所には貴族だとわかる立派な服を着た紳士がずらりと並んでいてその人達がひとり残らず俺を見ている。
『始業式』になんて置き換えなきゃ良かった。クラウスを盗み見た景色を参考にしたけれど逆さまから見た景色も注目される自分も想像していない。
「ようやくそなたらに披露することができる。このお方こそ先々代の両陛下から今日まで我らが探し求めた亡国ガーデニアの第一皇子。トウヤ=サクラギ=ガーデニア皇子殿下である。」
耳が痛いほど静まり返る中誰かの息を飲む音が聞えた気がした。深々と一礼され再び向けられた視線にまた足が震えそうだ。
「此度のご帰還に当たり王家の親族であられるトウヤ=サクラギ=ガーデニア様には公爵位をお受けして頂きますがこれはあくまで形式上のものであり実際のお立場は王族と同等で有ることを含めおく事を各々周知願いたい。」
王様に変わり宰相様が話しを続けた。
「それに加えてガーデニア公爵様は類稀な治癒魔法の使い手でありまた新たな魔道具の制作を大いに期待できる御方でもあります。よって我がフランディール王国唯一の『治癒魔法士』の称号をお持ち頂き王国名誉魔法士、王国名誉治癒士として在位頂きたく存じます。これはこちらにいる王国魔法士長ハインツ殿と王都教会首席治癒士テレシア殿からの切望でもあります。」
宰相様に並んでハインツさんとテレシアさんがこちらに向かって頭を下げた。見知った顔がある事に少しホッとした。でも積み上げられる肩書がとても重い。治癒はなんとなく使えるけれどそれ以外はさっぱり分からないのにそんなの俺に務まるのかな。
着てるものばかり立派な今の俺みたいだ。
「笑顔で頷いてやれ、どちらも最後までウチに欲しいと譲らなくてな。とりあえず名前だけだ、そう気負う必要はない。」
欲しい?本当に?
「自覚がないのは本当に困りものだな。トウヤにはお前の思う以上に価値がある。自信を持て、クラウスを見くびられるのは嫌なのだろう?なら尚更だ。」
せっかくアルフ様が小声で囁いているのにその言葉に思わず顔を見てしまった。
「その為にはどうすればいいか教えてやる。さぁ前を向け、そう背筋を伸ばして胸を張り顔を上げていろ。トウヤなら出来るだろう?誰がなんと言おうがお前はガーデニア第一皇子、この国で最上級の治癒の力を持ち国王陛下が頭を垂れる尊い存在だ。堂々と真っ直ぐ正面を向いて立て。」
優しく笑ったアルフ様の手がゆっくりと背中を撫でる。それは大きくて温かくてクラウスがしてくれるみたいだ。その手に従い顔上げると正面の奥にユリウス様が立っていた。
髪を結んでいるせいで一瞬クラウスかと思ったけれどそれが間違いだとわかったのはその隣にクラウスが並んだから。そして一緒に並んでこちらに手を振るのはルシウスさん。
「どうだ、ちゃんとみつけたか?気質ならすでにある、足りない所は私達が補ってやる。だから我らが願い姫よ、さぁ笑って。」
ああ、ダメだ。
言われた通りに笑わなくちゃと思うのだけどどうしても上手く出来ない。少し前まで得意だったのに、今までの俺はそれしか出来なかったのに。
ついさっき無敵だと思ったくせに相変わらずひとりで立っているつもりになっていた。
でもそれは俺のいつもの悪い癖。
今の俺には何度も大丈夫だと囁いて支えてくれるクラウスがいる。在り方を教えてくれるアルフ様がいる。兄だと言って見守ってくれるユリウス様とルシウスさんがいる。柔らかな微笑みを向けてくれる王様達にマリーとレインの髪飾り。
ちゃんと考えれば立派な服を着せて貰ったことも今日のためにリシュリューさんが侍従さんを派遣してくれたことも笑顔で送り出してくれたノートンさんに子供達も。今ここに立つ自分が沢山の人に支えられていると気付いたら嬉しくて幸せで胸がいっぱいで営業スマイルなんて出来ないや。
見守ってくれているクラウスにこの気持ちを伝えたくてその思いのまま笑ったら誰かの大きく張り上げた声が聞えた。
「国王陛下!100年の長きに渡る悲願、ガーデニア第一皇子様のご帰還今一度お祝い申し上げます!」
その声に続いてあちこちから沸き起こったお祝いの言葉と拍手はすぐに止むことはなくしばらくの間俺は「やりすぎだ」と言って微笑んだ王妃様に抱きしめられながらそのあたたかな音に包まれていた。
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