迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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クラウスの話 護衛日誌④



帰還の報告をするとすぐに第一皇子様の執務室へ呼び出された。

日付が変わるまでまだ1刻を残しているとはいえ未だ正装のままフランディール王国第一皇子アルフレッド様が座るソファーの向かい側に宰相首席補佐官のリシュリュー、それに王国魔法士である次兄のルシウスが掛けている。そして近衛騎士隊隊長であり第一皇子様護衛騎士の長兄ユリウスも当然控えていた。

「…………光っているな。本当に戻ってきて良かったのか?」

アルフレッド様に指摘された左耳のピアスを撫でながら半刻前に別れた冬夜の姿を思い出した。

「そう望まれたので問題ありません。」

冬夜が子供達を優先するのは仕方ない。だけど己の小さな虚栄心を満たすために聞き分けの良い恋人を演じ淋しがる顔が見たいと思うなんて我ながらひどい男だと思う。

「ならいいが……トウヤはどうだ、その後変わりはなかったか?」

「はい、注意深く見ていましたがフラついたり頭痛を訴える事様な事もなく普段の様子をご存知の院長からも普段通りで特別気になる事はないとの事でした。」

「そうか、しかし本当に何もかも驚かせてくれるな。規格外の魔法を見せてくれたかと思えば魔力枯渇で子供の症状を引き起こすとは。」

「ふふ、見た目通りで可愛いじゃありませんか。」

アルフレッド様の言葉にルシウスが紅茶を飲みながら笑った。

「そうだな可愛さに免じて許してやりたいところだがこんなに疲れた御用始めは成人して以来だ、リシュリューもそうだろう?」

「そうですね。トウヤ様への謁見申込みは日を追うごとに増えていますし叶わないと言われ侍従を抱き込もうとする者やお部屋に押しかけて配備していた扉前の王城騎士が手荒く取り押さえねばならなかった者もいましたから体調が原因とはいえトウヤ様が早めに『桜の庭』に戻られたのは良い結果になりました。」

そこまでとは思っていなくてもしも王城にいたらと考え思わず顔を歪めるとユリウスもバツの悪そうな顔をした。

「仕方ないだろう、偽装している所にそれ以上の警備は置けない。」

一般参賀の後の昼食会も今夜まで連日行われた新年の祝賀パーティも『治癒魔法士ガーデニア公爵様』は桜の花を挨拶に代えた。欠席は初めから決まっていたけれどそれは未だ疑う者の多い中において冬夜にいらぬ心労を与えないためだった。その懸念は冬夜が自らの手で一掃してみせたが王都中の桜を咲かせたおとぎ話の美しい皇子様は今や時の人だ。

「クラウスが想像する以上にこちらは大変だったんだぞ、なんせこの私にまで声を掛ける奴がいたくらいだからな。それで『桜の庭』の方はどうだった?」

「普段より人を見かけましたが桜まつりの時期と考えれば『変わらず』と言って良いでしょう。」

「中を覗く者はいなかったか?」

「はい、例年桜の開花時期は外周に認識阻害魔法を巡らせるそうでそれを作動したと院長が言ってました。」

「さすがノートン先生。防犯対策に抜かりない。」

「王城より『桜の庭』のほうが安全だとは情けないがな。」

「王城がそれではまつりごとが行えませんので仕方ありません。」

首席補佐官の言う様に王城の防御魔法にはこうして護衛騎士がつく事でわかるようにわざと粗が作ってあるけれど『桜の庭』には悪心を抱く者は敷地の中にいられない特殊な魔法までかかっているらしい。
子供達の安全を確固たるモノにするため防御魔法を重ねがけした結果作用したもので院長自身も何がどう作用しているのかわからないと言っていた。

おかげで働き手が長く続かない弊害があるけれど結果的にどこよりも安全で護衛騎士がいなくても平気なのだ。

「それに貴族階級の人間もそうでしたが市井の者の多くがトウヤ様は『知らせの鐘』の際に現れたと理解している者が大半を占めているのでしょう。加えてとても献身的にお勤めになっていたので私的な外出も殆どなく関わりのあった者もごく一部ですその者達も子供達同様以前から『桜の庭』におみえになったトウヤ様と同一人物だとは考えないかも知れません。」

その報告を聞きざわりとした感覚に襲われ首筋を撫でた。そこまでの報告をした覚えはなくきっと派遣された侍従が報告したのだろう。冬夜の立場なら仕方ない事だとはいえ俺自身未だ慣れない。

「ですがやはり油断は出来ませんので外出をしばらく控えていただかなくてはなりません。」

「どのくらいだ?」

「宰相様はできれば桜が散るまでとも言ってましたが最低でもこれより10日間は控えた方が良いでしょう。そのくらいには流石に桜も見慣れ各地でも咲き始めることでしょうから、という判断です。」

「そうか、だが────一体いつまで咲くんだこの桜は。」

「さぁ?」

アルフレッド様はこちらに視線を投げると次に首席補佐官、そしてルシウスに止め自分に聞かれたと認識したルシウスは両手を開き軽く持ち上げた。

「次期王国魔法士長ともあろうお方がお粗末な答えですね。」

「現役の魔法士長がわからない物を私がわかるわけないよ。小鳥ちゃんの魔法は私達と全然違うんだ、研究しようにもサンプルも取れないし仕方なく浮かび上がらせた魔法をそれぞれの桜の木から描き起こすくらいしか出来ないしそれを真似てももちろん何も発動もしないからすっかりお手上げだ。爺様は『せめて意味が分かれば良いかも』って言ってる。ただでさえ普通に咲いてないからいつまで咲くかなんて分からない、この先小鳥ちゃんがいる間ずっと咲いているかも知れないし明日消えてなくなるかも知れない。それに……。」

「それに?」

「小鳥ちゃんて実際は二代前の王族になるわけでしょ?その上父親は名高い『刻の魔法士』だからもしかしたら私より魔力が多いんじゃないかなって思ったり?まあ発動しない理由がこれだったらいいなってだけの話。実際は魔法の根本が違うんじゃないかな。そもそも私にはただの刺繍糸を編んで魔法を付与するなんて出来ないから。今わかっているのはこのくらいですよ。そちらこそ『願い姫』に関する情報はないんですか?」

嫌味を言った首席補佐官にそう答えると今度はルシウスがアルフレッド様に視線を返した。こういう姿を見ると次期魔法士長の立場はどれほど高いのかと思い知る。

「ない。『願い姫』というのもトウヤの魔法を知って勝手に結びつけただけであって国王陛下から伝え聞いた時は互いに単に次女であるゆえの甘え上手でそう呼ばれていたと思っていたのだ。」

「重要だから伝えられていたのではないのですか?」

「そうではない、魔法書に伝えられているガーデニア王と違ってそれぐらいしか妹姫に関しては伝える情報がなかったんだ。魔獣に踏み込まれたガーデニアの城内は多くの魔素に汚染され長く留まる事が出来ずお前たちが見た肖像画は浄化魔法を用いて唯一持ち帰った物だそうだ。先々代王妃もガーデニア王妃も今は亡き小国の王女だった、残っているものはこの城にあるわずかばかりだ。」

何も情報がないと言う結果にそれぞれがため息と共にソファーに背をもたせ掛けた。

「まぁわからないならこれ以上話しても無駄だな。クラウスはトウヤに外出しないよう伝えてくれ院長には私の名前で手紙を出しておく。明日には賓客も全て帰るから城内も落ち着くだろう、腰を落ち着けての会議はそれからだ。皆ご苦労だった。」

アルフレッド様がタイを緩めるのを合図に立ち上がった首席補佐官、ルシウスと共に俺も執務室を出た。

それぞれ無言で歩きながら俺が考えるのはやはり冬夜の事だった。

100年という時間は長い。この国で生まれたとしても大切に保管しなければ簡単に風化する。あの時、庭園でまだ蕾もつけていない桜におでこを寄せて冬夜は確かに願っていた。

『この桜ガーデニアのお父さんとお母さんも見たのかなって。』

長い間自分にはいないと思っていた両親のわずかばかりの面影を見つけて淋しそうにも嬉しそうにも見える顔で笑った。

『もしもそうならこの桜が咲いたの早くみたいな。』

冬夜がアルフレッド様に呼ばれ俺に背を向けた直後、頭上から風もないのに葉擦れが聞こえ不思議に思い見上げた空を薄紅の花びらが埋め尽くしていた。

あの光景は一生忘れられない。アルフレッド様はこじつけの様に言われたけれど『願い姫』の名はやはり冬夜に相応しい。

「では私はここで、本日もお疲れさまでした。」

階段を降りきると首席補佐官が丁寧な挨拶をした。

「今夜も泊まり?」

「あなたにそのままお返しいたします。」

ひと睨みして去っていく背中に笑いながらルシウスがヒラヒラと手を振った。本当に自分こそ何日も帰宅してないだろうにどの口が言うのか。

「では俺もここで。」

「随分と長いこと光っていたね。消えたということは小鳥ちゃんも眠ったって事かな?クラウスも今夜はもう眠るだけだろう?」

この魔道具の製作者なのだからいちいち聞かなくてもわかっている筈なのに踵を返そうとした俺を逃すまいと肩を掴み自分の左耳を指し示しながらニタリと笑った。

「じゃあ行こうか。」

悪い予感がしながらも頷いた俺はこの笑顔の兄に逆らってはいけないことは嫌という程知っていた。




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