時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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「香恋ちゃん、資料配ってくれる? ここちゃん、コーヒーお願い」

4階会議室Bでお偉方々の役員会議があり、まりな先輩指揮の下、いそいそと準備をする。

うちの会社のお茶出しは、午前中はお茶、午後はコーヒーという暗黙の了解がある。

給湯室からポットとコーヒーメーカーをワゴンに乗せて、会議室まで運び込むと、
既にお偉方々が集まっており、CEOとCOOに挟まれて座る千晃くんの姿もあった。

千晃くんを見るだけで。
私の時間は簡単に止まる。

先日見かけた黒髪美人に向ける優しい眼差しを思い出し、
心臓を素手でつかまれたような痛みを覚えたけれど、
なけなしの気力を奮い立たせて見なかったふりをした。

ドリップしたばかりのコーヒーを順番に置いて回り、千晃くんにも後ろから差し出すと、

「ありがとう」

千晃くんは無邪気な笑みを向けて私を認め、

「…あれから大丈夫?」

内緒話をするように口元に手を当てて甘い声で囁きかけた。

その甘い声を聞くだけで。
私の心は簡単にとらわれる。

ぎくしゃくと首を縦に振るのが精いっぱいだった。

「よかった」

千晃くんが優しく笑う。
千晃くんまだ、この前のこと覚えててくれてるんだ。
胸の奥が熱くなる。

「ああ、佐倉さん。この前はどうもね」

CEOとCOOも声をかけてくれて、慌てて頭を下げながら退散した。

千晃くんが優しくて。笑顔でそこに居る。
私だけを見てるわけじゃないけど。

…充分幸せ。

自分に言い聞かせながら立ち歩いていたから、多分足元をよく見ていなかったんだと思う。

淹れたばかりのコーヒーを載せたトレイを持ったまま、何かにつまずいた。

あっ。

スローモーションのようにコーヒーカップが浮くのが見えた。

ような気がしたけど、
実際には何をすることも出来ない一瞬のうちに、
左手に激しい熱さのコーヒーがかかり、

「うお、…っ」

隣に居合わせた人の肩口にもコーヒーをぶちまけた挙句、床にカップを落として盛大に割ってしまった。

「すみませんっ‼」

蒼白になってひざまずくと、

「喜多見、片付け頼む」

肩口をコーヒーで濡らしたモノクロスーツが、まりな先輩を呼んで立ち上がり、私の手をつかんで会議室を出た。

「高野チーフ、…ごめんなさい‼ 申し訳ありません‼」

高野チーフは無言のまま給湯室にひた走り、シンクの蛇口をひねるとつかんだままの私の手に勢いよく冷水を浴びせかけた。

「チーフ、あの。…肩、…」

チーフの肩が気になるのに、チーフは私の手をつかんだまま、

「動くな。ちゃんと冷やさないと痕が残る」

硬い表情で頑として動かない。
どのくらい経ったのか、冷たさで手の感覚がなくなってきたころ、ようやくチーフが水を止めた。

「…痛むか?」

反対の手の人差し指で私の手にそっと触れながら、目を細めてチーフが痛そうな顔をした。

首を横に振ると、高野チーフはもう一度指でそっと私の手を撫でてから、つかんでいた手を離し、自身の上着を脱いだ。

「持ってろ。会議に戻るから」

脱いだ上着を丸めて私に押し付けると、

「もし痕が残ったら、…」

低い声で言い残して足早に給湯室を出て行った。

「俺が責任取ってやる」
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