時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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「…ここ!」

人ごみに紛れて見えなくなる前に。
凛と伸びた背筋を探して追いかける。

「高野チーフっ」

声が喉の奥に絡みたいて、全然届かない。
チーフが交差点の向こうに消えてしまう。

焦って、通りに飛び出したら、走ってきた車にクラクションを鳴らされた。
急いで歩道に渡って、車に頭を下げてから走る。

「待って!!」

モノクロスーツの。
意地悪で優しい背中が消えてしまう。

「チーフっ!」

交差点からずいぶん離れた歩道でやっと、広い背中に追いついた。

つんのめりながらしがみついたら、
衝撃で少したたらを踏んだチーフが、足を止めてくれた。

「バカか、お前。なんで追いかけてくるんだ」

チーフは呆れたような表情で、

「せっかくあいつが、…」

私に振り向いて、言葉を飲んだ。
薄いヘーゼルの瞳が私を映して揺れる。

「…なんで泣いてんだ」

だって。

「だっ、…」

息が切れて声が出ない。
頭の中が混乱していて、何が言いたいのかわからない。
何が悲しくて、何の涙かわからない。

チーフが全然打ち合わせから戻ってこなくて。
香恋ちゃんと仲良く行っちゃって。
今日はオムライスに「あい」って書こうと思ったのに。
緑川さんにつかまって。
買った材料全部ぶちまけちゃって。

そして。
千晃くんが、キスしてくれた。

意味のないキスを。

「だっ、…抱いて寝るって言ったくせに―――っ!!」

飛び出した言葉は思いのほか夜の街に響いて、通りかかった人々がいぶかしげに私たちを振り返った。

「おっ、…まえ…っ!」

チーフが慌てたように片腕で私の頭を抱く。
初めて、うろたえているチーフの姿を見た。

「…ホント、バカだな」

チーフは小声でつぶやくと私の頭を抱えたまま、

「まあ、恋人の痴話げんかね」
「若いわね~」

好奇の視線を不機嫌にくぐり抜け、大通りに出てタクシーを拾った。

「…あいつに着いて行く流れだぞ? いいのか?」

乗り込む前に、チーフが私に目線を合わせた。

頷いて、チーフと一緒にタクシーに乗り込んだ。

「…あれは、人助けです」

なんだかいい匂いのするチーフのスーツを、
また涙で汚してしまった。

「ストーカーみたいな人がいて、逃げてたところを彼氏のフリして助けてくれたんです」

自分の中で混乱を極めている心にも言い聞かせているみたいになった。

千晃くんは優しい。

でも。

千晃くんは悲しい。

「…優しい人なんです」

高野チーフはちょっと黙ってから、

「運転手さん。行き先変更して下さい。警察寄って」

緑川さんのことを警察に届ける指示をした。
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