時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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「ここちゃん、大丈夫? 送ろうか?」
「佐倉、いつにも増して顔が悪いぞ?」

いや、そこはせめて「顔色が」と言ってくださいよ。

などと突っ込む気力は残っていなかった。

美術館で大泣きしてしまった私は、まりな先輩とシュート先輩に心配をかけてしまい、申し訳ないことに帰りの地下鉄でも2人に気を遣わせてしまった。

「全然大丈夫です。すみません、感極まり過ぎました」

千晃くんの愛情深さを思い知って、
千晃くんを失ってから積もり積もっていた悲しみが溶かされたような気がする。

「シュート先輩、美術館誘ってくれてありがとうございました」

千晃くんの絵を観れて良かった。

失くしたものを数えるだけじゃなくて。
もらったものを思い出せた。

「いやあ、ははは。佐倉に名画なんて、豚に真珠だって分かってたけどな」

…黙ってればいい先輩なのに。

「じゃあここで。お疲れさまでした」
「あれ、ここちゃんち、そっちだったっけ?」

先に電車から降りようとした私に、まりな先輩が怪訝そうな目を向ける。

「ちょっと訳がありまして、知人の家にお世話になってるんです」

知人の。白黒の。
クールで甘い。温かくて優しい。
パンダもどき。

「へえ、…そうなの」
「佐倉のことだから、光熱費滞納して電気止められた、とかだろ」

…ホント黙ってればいいのに。

「では、また明日」

「おう、気を付けて」
「…ふぅん」

ポケットの中に手を入れると、カードキーの冷たい感触が指先に伝わった。

安心する。
誰もいないってわかっているけれど、早く帰りたい。

駅の階段を急ぎ足で降りた。
バッグを握りしめて、チーフのマンションにつながる通りを小走りに駆け抜けた。

「お邪魔します…」

カードキーでドアを開けた。

暗くて誰もいない。
朝、出掛けた時のまま。
静けさの漂う広い空間。

なんとなく人目を気にしながら、そろそろと入った高野チーフのマンションは、ほんのりとチーフの匂いがした。

その香りに安心して、同時に緊張する。

昨日とか、その前来たときは、緊急避難的な感じだったし、
チーフと一緒だったし、何も考える余裕がなかったけど。

改めて足を踏み入れる、と、なんか。

私、ホントにお邪魔してていいのかな。
自分がいないときに勝手に家に入られるの、嫌じゃないのかな。

見られたくないものとか。
触られたくないものとか。

…ないのかな。

チーフって、いったい私のこと、何だと思ってるんだろう。

『お前、少し賢くなったな』

うん、まあ、…手のかかる2歳児。
で、間違いないでしょうな。

もはや開き直ってお風呂を借り、濡れた髪を拭いていると、
突然ドアチャイムが鳴って、飛び上がりそうなくらい驚いた。

足音を立てないようにそろりそろりとインターフォンに向かい、
テレビカメラの向こうをうかがい見ると、

マンションの入り口に髪の短いモデルさんのような女性が仁王立ちになっていた。
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