時間を止めて ~忘れられない元カレは完璧な容姿と天性の才能を持つ世界一残酷な人でした 【完結】

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「あっつ~、片付けほとんど終わったよ~?」
「おっしょば、おっしょば~」

予想最高気温が35度を超える真夏の猛暑日。
朝から強い日差しが降り注ぐ、晴れ渡った青空の下。

独り暮らしのアパートからチーフのマンションに引っ越した。

茉由子さんとるうちゃんがお手伝いに来てくれて、

「引っ越しはそばでしょ!」

と、チーフが職人さんみたいにそばを打たされている。

「お疲れ。こっちは生地が出来たとこ。見よう見まねだから、どうかな」

エプロン姿のチーフが、キッチンでタブレットの動画を見ながら、その長い指でリズミカルに生地をこねていく。

あの魔法の指はヤバい。
もはやそば粉もうっとりとなすがまま。

「…ここ? どうした?」

そば同様、あの指にいいように躍らされている毎昼夜を反芻してじわりと体温が上がり始めたところ、

「うわあっ」

額にチーフの熱を感じて、のけぞったら後ろにひっくり返りそうになり、

「…お前。ホント危なっかしいな」

チーフの長い腕に抱き留められた。

近い。近い。ヤバい。

まろやかなそば粉のかすかな香りと、チーフのいい匂いに包まれて、体温が急上昇する。

こんなに近いと頭の中が透けて見られそうでヤバい。

煩悩を振り払うべくきつく目をつむると、瞼に優しい唇のぬくもりを感じた。

「休んでろ」

チーフは私を片腕で軽々と持ち上げてソファに運び、唇に軽くキスすると優しく頭を撫でた。

「…弟が外国人に見える件について」
「うらやましいねっ、ママ」
「見通すな、娘よ。…甘恋時代に戻りた~いっ」

落ち着け、落ち着け、私。

ソファに収まって、無駄に火照った身体を冷ます。

別に休んでなきゃいけないようなことは何もないんだけど、
チーフがやたらと色気を振りまいてくるから腰が立たない。

妙に艶のある低い声とか。
ポロシャツの襟元からのぞく首筋とか。
肘から手首にかけてのきれいなラインとか。
広い背中とか。足の長さが際立つ後ろ姿、とかとかっ

チーフの唇が触れた唇にそっと指を押し当てた。

…甘い。

あの顔であの指であの身体であの声で。
全てで私を甘やかしてくれるから、もう。
身体が緩んで潤んで立っていられない。

…溺れる。

「うん。そんな感じ。頑張れ、るう」
「うりゃああ~~」

写経でも始めた方がいいかもしれない。

と思いながら、キッチンの方を見ると、
チーフがるうちゃんの後ろから手を添えて、そば生地を延していた。

穏やかですごく優しい表情のチーフ。
はしゃいで歓声を上げる子ども。

…なんか。

未来が垣間見えた。
みたいな気がして。

胸がいっぱいになった。

ここで。今。この場所から。この瞬間から。

未来が始まる。

胸の奥がそっとうずくような痛みも。
雨の音だけが聞こえる静かな夜の寂しさも。
悲しみも切なさも苦しみも迷いも。

きっと。乗り越えて。

「ここ? 一緒にやる?」

チーフが私の視線に気づいて、斜めに顔を傾けて尋ねる。
込み上げる想いを抱きしめて頷いた。

この人がいれば、未来が見える。
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