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2章.なりゆきリレーション

06.

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「あれぇ、どうしたの? 一人? 泣いてるの?」

とぼとぼ歩いていたら隣に車が停まって、中に乗っている男性2人に声をかけられた。

「ねぇねぇ、お兄さんたちが話聞いてあげようか? なんか飲む? 乗りなよ。あったかいところに行こう?」

ナンパ、なのか。こんな私にも、声をかけてくれる人がいるんだ。

「そそる格好してんじゃん」
「ねぇ、嫌なこと全部忘れさせてあげるよ」

助手席から降りてきた人が私の肩に腕を回し、運転席の人と目を見合わせて意味深な笑いを浮かべる。

この人たちについて行って初めてを捨てたら、少しは創くんを慰められるようになるだろうか。

涙が喉に詰まる。

どうせ私には何の価値もない。

黙っていたら無言の了承と受け取ったらしく、男性が回した腕に力を入れて、開いた後部座席に乗せかけた。

触れられた手が、気持ち悪く感じて身震いした。ダメだ。気持ち悪い。気持ち悪くて吐きそう。

「あ、…待てっ」

急いで身を引いて車から離れようとしたら、男性に思い切り肩を掴まれた。

「今更逃げるなよ、なあ? 俺ら傷ついちゃうだろお?」

見上げた目は笑っていない。肩に食い込むように掴まれている指が痛い。
急速におぞましさと恐怖が込み上げてきた。

何やってるの、私…っ

「や、…っ‼︎」

渾身の力を振り絞って男性を押し退け逃げ出そうとした時、

「…つぼみっ‼」

間に割り込んだ力強い腕に抱えられ、男性から引き離された。

「なっ、…なんだ、お前っ‼」

この声。この匂い。この温もり。
見なくても分かる。一番近くにいて。一番安心をくれる人。

「…ご迷惑おかけしました。もう大丈夫ですのでお引き取り下さい」

ななせが私を後ろ手に抱えて、男性との間に割って入った。背の高いななせに遮られて男性の姿が見えなくなった。

「…なんだとぉ?」
「おい、もう行こうぜ」
「…チッ‼」

不穏な空気が立ち込めるも、ななせが一歩も引かずに立ちはだかると、男性たちは捨て台詞を残して車を発進させ、盛大に排気ガスを撒き散らしながら去っていった。

「ななせ、…」

力が抜けて地面にへたり込んだ私をななせが引き上げる。

「…帰るぞ」

ななせは少し怒ってるみたいに表情を硬くしていたけれど、差し伸べられた手は強くて優しい。

「なんで、…」
「創くんが連絡くれた」

迷惑しかかけられない自分が嫌になる。
どこまでも過保護な創くんの優しさが痛い。

みんな、ちゃんと大人になって上手にスムーズに生きているのに、いつまでもバカで子どもで、片想いすらちゃんと終わらせられない自分が心底嫌になる。

ななせは何も言わないけれど、きっと全部分かってる。
あんなに意気揚々と出かけたのに、創くんに拒まれてやけになって得体の知れない人たちに付いていこうとしたこと。いい加減、私にうんざりしてるんじゃないかと思う。

「…ななせ」

引き上げてくれたななせの力強くて滑らかな腕をつかむ。

「…めちゃくちゃにして」
「は?」

ななせが私を見つめたまま動きを止めた。

こんなのただの八つ当たりだ。みっともなくて図々しくてどうしようもない。

「創くん、初めてはもらえないって。だから、…」

ずるい涙が転がり落ちた。泣き過ぎて頬がヒリヒリする。
痛くて。寒くて。苦しくて。

「ななせに、めちゃくちゃにしてほしい」

もう。どうしたらいいのか分からない。

「…いいよ」

涙の膜の向こうでななせの綺麗な顔が揺れて見えた。澄んだ瞳がゆらゆら揺れている。

「後悔するなよ」

どうしようもない私をななせがすくい上げてくれた。
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