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iiyori.02

02.

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「え、いやでも、遊んできていいよ?」

廊下にびっしり揃って並ぶ皆さんの目が怖い。
射殺されそうに鋭い視線の数々におののき、一歩下がって穂月と距離をとり、物分かりの良い母さんのようなセリフを吐いてみた。が、穂月は全く頓着せずに易々と距離を詰め、

「お前がいないところで遊んでも仕方がないだろう?」

私の頭に手をのせると、目線を合わせて覗き込んできた。

ぐっはぁあああ、…
なんすか、兄さん。天然たらしか。

「きゃいやあああ、…っ」「ぎゃああああ、…っ」
「どぃやああああああ、…―――っっ」

押し殺したような悲鳴が保健室前に響く。
いや分かる。分かるよ、皆さん、…

「ああ、まあねっ!!小さい子がいるからねっ!! うんうんそうそう。助かるわあああ~~~」

必要以上に大声を張り上げる私を穂月が怪訝そうに見る。私は一体誰に何の言い訳をしているんだろうか、と思っていると、

「…マキちゃん、ベッドありがと」

坂下さんが現実の槍を持った一兵卒のような果敢さで、騒々しさをかき分けて保健室を出て行こうとしていた。

「…静養していたのだな。騒がしくしてすまぬ」

すぐに穂月がスッと道を開け、いたわるような視線を向ける。

「別に、…」

坂下さんは穂月を見ず、クールに立ち去って行ったけど、

「あれ、惚れたね」「あれはクるわ」

傍から見ても、無自覚たらしサムライにやられたのは明白だった。
ていうか、穂月の思慮深さよ。それに比べて私の騒がしさよ。保健室の前で何を大騒ぎしとるんじゃ。

とほほ、と地味に落ち込んでいたら、

「ちちうえ、ははうえ、かえりまするか?」

卯月にシャツの裾をつかまれた。

「「「父上、母上ぇえええ―――――っ!?!?」」」

それを耳ざとく聞きつけた廊下の面々が、静寂を必要とする保健室前で不謹慎極まりない絶叫を上げたので、

「…ああ、卯月は俺たちの、…」
「外国帰りの小さい子ってとにかくやたらとそう呼びたがるよね~~~~???」

余計なことを口走ろうとする穂月の口を押さえて卯月を抱き上げ、またしてもよく分からない言い訳を叫びながらダッシュで走り去るという、おおよそ教師失格な退場をせざるを得なくなった。

あああ、どうして私はこうも挙動不審、…

「…なえはどうも、落ち着きがないな?」

…全部あんたのせいだよね??
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