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iiyori.04

04.

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「『あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る』

…ってさ。やっぱりイイ女には余裕が必要なんだね?? 今カレの前で元カレをいじる余裕。いい年こいて自分のことだけでいっぱいいっぱいな女なんて、…そう、だから私は子守り枠、…」

穂月の行方が分からないまま、子守り採用が決定した私は、今日も朝から、仕事に励む。坊や、お母ちゃんは頑張るからね~~~。

「いや、頑張ってないし」
「なんかえらいいじけてるけど」
「額田王に張り合おうってのがそもそも図々しいじゃん」

しかしどうにも、気もそぞろ。考察力にも欠けている。

「うんうん、はいはい。トイレは静かに行ってきて」

「考察力どころか思考力ゼロじゃん」
「ダメだ、なえちゃん、完全に腐ってる」

「誰よお、今、腐ってるって言った人ぉおおお~~~~」

「あ、地雷踏んだ、…」

額田王の余裕はなんなんだろう。
今カレだか今夫だかの前で、元カレだか元夫だかとの匂わせ満載な歌を詠みあうなんて、世の中は恋愛上級者は一晩寝たとか寝ないとかで大騒ぎしたりしないんだろうか、…

教卓に突っ伏してさめざめと落ち込んでいると、クラス中が何とも言えない憐みの視線に満ちているのを感じた。いかん、私情を挟み過ぎている。

「先生はちょっと額田王に今後の人生相談をしに行ってきます、…」

「「「どうぞごゆっくり、…」」」

クラスの皆さんの生ぬるい声援に送られて教室を出た。
…うちの受け持ちクラスはええ子しかおらんわ。

廊下の窓から外を眺める。
春の眩しい日差しが泳ぐ校庭で、どこかのクラスが体育をやっている。けれど、そこに穂月の姿はない。生徒たちのジャージ姿がぼんやり曇る。

どこ行っちゃったんだろうなあ。
やっぱり私の何かがダメだったのかなあ、…

「…そりゃ簡単に許すとこっしょ」

外を見ながらため息をつくと、まさかの回答が返ってきてビビって覚醒した。

「わっ!? …っちょ!? …鷹峰たかみねくん!? ねえ、お願いだから普通に登場して」

そこには心臓に悪い生徒ナンバーワンのエスパー鷹峰が立っていた。

「だってなえちゃん、頭ん中、穂月でいっぱいなんだもん~~~」

鷹峰くんに指で頭をつんつん突かれ、揺れた頭がホヅキホヅキと鳴る。いや、んな、あほな。

「いやいや、先生の頭は額田王でいっぱいでして、…」

「どしたの? 寝たら、穂月いなくなっちった?」

「なっ、…!?!?」

なんで分かるの!? マジでエスパー?? エスパーなの!?

「ふぅん、…」

鷹峰くんに頬をつつかれて我に返る。
否定っっっ!!! せねば。

「いやいや、まさか。なにもないよ!? 私たちは至って健全なばばあと甥の清い関係、…」

「だから俺にしとけってのに」

鷹峰くんがつついていた頬を手のひらで包んだ。
いや待て、話聞けこら。
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